14 / 22
第一章
ランチの時間です(そのニ)
しおりを挟むそして、今日もサフィロの街のお役所にありがたい昼食の時間がやってきた。
書類仕事に熱中していたリセウスもいつもと同じように先輩に声を掛けてもらって、いつもと同じように庁舎の外へと出る。
行く先は今日も、喫茶「のばら」と決めてある。
正直言って「のばら」は、他の料理店や食べ物を出す屋台などに比べると、価格設定がぐっと高いことは否めない。
かつてのような木っ端平役人を脱出し、今ではちょっとした人数のグループをまとめるお役目を任されているリセウスにとっても、いまだにそれは高額であることには変わりがない。
リセウスの場合は「のばら」の支払いで、安くても銀貨一枚と銅貨が何枚かは必ず財布から出ていくし、うっかり調子に乗って良いものを注文をすると銀貨二枚は財布からいなくなってしまう。
このあたりではまだまた珍しい存在である紅茶に、そこらの屋台では食べられないような美味い食事、それらを合わせた対価であるので、ごくごく正当でまっとうでむしろ安いぐらいだ。
とはいえ、リセウスの給金では「のばら」通いは本当は贅沢なことである。
「といってもなぁ、ボクは特にこれと言った趣味もないし。ま、いいよねこのぐらいの楽しみは。本当はもうちょい貯めないといけないんだろうけどさ」
そんな独り言を言いながら、なんでもない平凡な通りを早足で、しかし今日は目的地をうっかり通り過ぎることないように行く。
やがて見えてくる白い壁に青い屋根の建物、喫茶「のばら」だ。
たてかけられた黒板に「開店中です」とあるのをみて、両開き扉を開けようと
したところで、黒板に何か他にも書いてあるのが見えたので、ちゃんと文字を見直してみる。
喫茶「のばら」 開店中です。
明日は、誠に勝手ながら臨時休業とさせていただきます。ご容赦ください。
「……明日はお休みなのかぁ」
明日の昼食はどうしよう。他の店に行くか、弁当こしらえるか、今日のうちから考えとかないとな。
そんな風に、いつもよりちょっとだけしおれつつも、扉の右側を開けて入り、今日も今日とてリセウスは「のばら」の客となった。
店内は、明日に臨時休業を控えているせいなのか、それともたまたまそうなったのか、昨日より人が多いぐらいだ。
今日はカウンター席がタイミングよく空いているような幸運も無かったため、「のばら」の奥さんに相席などでも構わないから早めに座れるようにしてほしいとお願いして、店内で待つ。
暇つぶしに頭の中で数を数えていたら、三百になるすこし前ぐらいにカウンター席に案内されることになった。
あともう少しで大台だったんだけどなぁ、なんてことを考えつつ、メニューの紙を受け取る。
混み合っているし、今日は早目に注文を決めてしまうことにしよう。それも、手早く出せてもらえそうで、急いで食べられるようなのがよさそうだ、と常連きどりで店にも他の客にも配慮してみることにする。
リセウスはざっくりと今日黒板に書かれいるメニューに目を通す。
――チーズのサンドイッチ(ブルーチーズ)
という箇所で目を止める。
ブルーチーズは、この街の近くにある酪農が盛んな村でつくられているもの、らしかった。
そこの村のチーズは以前食べたことがあるが、リセウスには好みだった。ついでにいうと、ブルーチーズが苦手でもなく、むしろ好きな分類。
価格設定から判断して盛り付けられている量は少ないだろうが、今日は下宿先のおかみさんが朝食を豪快なメニューにしてくれたおかげで、リセウスは今の時間でもそれほどの空腹感はない。ちょうどいいだろう。
よし、これだ。となると、ブルーチーズに合いそうなのは紅茶はなんだろうか、とドリンクのメニューに目を落とす。
ブルーチーズ、くせの強いチーズ……ここは紅茶の優等生的なテンプールベルか、ニュートラルで尖った個性のないアズラク……いや、違う。ここはあえて、この方向性は潰していく!
産地別の紅茶の名前と価格が書かれた箇所から視線を移動、フレーバーティーやスパイスブレンドティーの名前が並んだ箇所へ。
……この際だ、とことん個性には個性をぶつけにいこう。
フレーバーティー……林檎にレモンに苺、それに桃、オレンジ、違う、これらではなく、そう、これだ、これがいい。
「店主さん、注文大丈夫かな?」
「おや、今日は決めるのが早いね。いつでもどうぞ」
「ブルーチーズのサンドイッチ。それに、ベルガモットのフレーバーティー、これは少しだけ温度を下げてお願いします」
「そう来たか。ご注文、承ったよ」
店主のアルフは口元だけでにやりと笑ってみせた。手元では紅茶を淹れながらである。まったく、器用なひとだ。
注文を終えて、ほっとひといきつく。
ふと、リセウスは店の壁を見る。そこには絵が飾られていた。
この店に飾られているちゃんとした絵の具をつかって描かれているものとは明らかに違う、木炭筆かなにかで羊皮紙に描かれているらしい、黒と白だけのその絵。
芸術は無縁だし、絵心もないリセウスではあるが、この絵はいいと思っている。
この絵、というか……この絵に描かれている、若い女性がリセウスの好みだった。
リセウスは心の中で、描かれている女性を「肖像画の君」と呼んでいた。絵の中にしか存在しない、リセウスの理想を描きあらわしたかのような女性。あまりにもそのまますぎる名付けのセンスだが、こういうロマンティックな方向の才能などはないためにこれが限界だったというわけだ。
あまりじろじろとそれをみるのも恥ずかしいな、という考えのもと、その絵だけをじろじろ見たりはしない。ちらり、とほかのテーブルを眺めたり、他の絵もみたり、そういった動きも交えながらだった。
……店主には、そんなのとっくにばれていそうな気もするが。
「はい、お待ちどうさま。ブルーチーズのサンドイッチにベルガモットフレーバーティー、ちゃんとチーズに合う温度に下げておいたから」
そんな声とともに、カウンターの向こうから差し出されるサンドイッチの皿と、紅茶の入ったカップ。
「……おっ、と。ありがとうございます。いただきます」
早速、サンドイッチを手にする。使われているパンはサフィーリの万年雪のような白さで、指がどこまでも沈み込んでいきそうなしっとりとした柔らかさだ。中には、ブルーチーズにバターかなにかを混ぜ込んだらしいものが、贅沢にも分厚く塗られている。
そのままぱくり、と一口。
パンの甘さに覆われた、ブルーチーズの鋭い香りと濃厚な旨み。独特のざらついた舌触り。
人によってはワインが欲しくなるような味だろう。だが、下戸のリセウスには紅茶のほうがいい。
というわけで、チーズの旨みが口の中に残っているうちに、ベルガモットフレーバーティーを流し込んでやる。あらかじめ温度が少し下げられているので、ぐいっと飲めてしまう。
「……!」
個性と個性のぶつかり合い、これって、良いんじゃないか……?
いや、これは全然有りだ。
うん。有り。
百点満点で言うなら八十八点ぐらい、いや、もしかしたらこれは……九十点にも届く勢い。
「ベルガモットフレーバーはミルク無しだけじゃなくミルク入りのも、ブルーチーズに合うよ」
何気なくかけられた店主の声に、なるほど、そういうのもあるのかと、うなづきながら、リセウスはどんどんサンドイッチを平らげていったのだった。
喫茶「のばら」から庁舎へ戻る間、明日の昼食をどうしようかと考える。
気が進まないが、自分で簡単なものでいいから弁当をつくろう。買い置きの食材を使えば節約にもなりそうだし。うん、簡単なものでいい。自分で作ろう。うん。
そう、言い聞かせながら。
次の日。
「はい、昼食の時間ですよ、リセウス君」
「え……あー……うん、来ちゃいましたか、この時間……」
いつものように先輩に背後から軽く肩を叩かれるとともに声をかけられた。
「なんだいなんだい、元気ないねぇ今日は。せっかくのありがたいありたがい昼食のお時間だというのに」
「ありがたくないんですよ、今日は。今日に限っては。ボク、今日は弁当持参なんですが」
「リセウス君、以前料理は苦手だと言ってなかったかな?」
「その通りです……しかも、その、自作するような朝の時間もとれなくて」
リセウスは、大きさだけが取り柄のような布かばんから、麻布の包みを取り出す。
広げると、そこには、切ってすらいないパンが鎮座していた。
そう、パン“だけ”が。
「……お弁当?」
「おべんと、う……」
なぜかかわいらしく首をかしげたポーズで先輩が聞いてきたので、リセウスも同じように首をかしげて、言葉を返す。なんとか返せたが、最後の「う」は殆ど消え入りそうな声量である。
「リセウス君」
いつになく、真剣な、先輩の声と瞳。
「な、何、ですか」
「今から庁舎に残っている弁当族を回ってきておかずを集めるよ。なぁに、ひとりからはちょっとずつでも、数が集まればそれなりの量になるだろう」
というわけで、先輩のおかげで、リセウスの今日の昼食はかなりグレードアップしてしまった。
恐れを知らぬ先輩は、上司たちにまでおかずをせびっていたので普段食べれないような上等な食材をつかったおかずまである。
今食べている肉は、とっくに冷たくなっているというのにふっくらと柔らかく噛んでいるといつまでも肉汁があふれ……
「あ、それ代官さまからのだね。さすが、ここのトップというか正確にはトップ代行だけど、まぁそうなるとお人が違うねぇ、いちばんいいおかずくれたんだよ」
……なにそれあとがすごいこわいんですが。
とにかく、こうしてリセウスは今日の昼食も終えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!
翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。
侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。
そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。
私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。
この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。
それでは次の結婚は望めない。
その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。
冷遇された聖女の結末
菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。
本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。
カクヨムにも同じ作品を投稿しています。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる