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第一章
ゆらりふわりとお仕事ですよ(その二)
しおりを挟む今朝もまた、戦場みたいで美味しくて楽しいまかない朝ごはんを食べ終わった。
ヤナギは、まかない後のお皿洗いをしているサイベルのところへ、今日もきれいにからっぽになった食器を運ぶ。まかないの時にお皿を洗うのは、たいていはサイベルの担当だ。
サイベルはヤナギに、低い声で不器用に礼と、棚のどこそこに試作品のマカロン菓子やギモーヴ菓子があるので後でマレインとでも食べるようにと言ってくれる。
イヴ奥さまでなくても、サイベルを天の御使いみたいだと讃えて抱き付きたいところであるが、やめておく。奥さまに抱き付かれて嬉しい男はこの世界にはおびただしいほどに数多くいるだろうが、ヤナギに抱き付かれて嬉しい男はこの世界ではごく少数になるだろうから。
皿を片付けたら、マレインと服や髪、それと顔にうっかりさっきの食べかすでもついていないかなどを確認し合う。
あとはちょっとした店内会議と言うか、今日の気候はこうなのでこのメニューをすすめるのがいいとか、今日はどんなお茶がはいったいるかとか、スコーンのジャムはどんなのがあるか、とか、そういう情報の共有をする。
そういった大小さまざまの準備がすべて済むと、イヴ奥さまは喫茶「のばら」店舗正面の内鍵をかちゃかちゃと解錠し、ドアを開ける。
「喫茶「のばら」開店です。ようこそいらっしゃいませ、お客様」
奥さまのいつもの、お客の来店を歓迎する声が、店内に軽やかに響く。
午前中のおやつの時刻より少し前に開店する「のばら」は、朝食を食べにくる客こそあまりいないが、朝から結構お客が入る。
そんなお客を席へ案内し、メニューなどを渡し、注文をとり、今日はどんなものがおすすめなのかを話したり。
すいている時間帯であれば、お客とちょっとした雑談をすることもある。
サフィロの住人たちの、ささやかでありふれた日常――たとえばうちの息子がどうの、娘がどうの、うちの犬や猫がどうのこうの、今度庭に植えようと思っている花の種類はあれにしようかこれにしようか、仕事で親方に褒められた、こっちは怒られた――そんな話もあれば、旅人が旅先でみた珍しいものや現象や体験について話し、この街の近くにあるサフィーリ山とサフィーラ湖の美しさにどれだけ胸打たれたかということを語ったりもする。
……そういえばこの前来てたお客は、マレインと同郷みたいだったな。
この店、というかマレインを気に入り、息子か孫の嫁に迎える。ということを目当てに通い、ずいぶんと出発を遅らせてまで粘っていたが、ようやく先日諦めたようでやっと街を出た、南の方から来たらしい商人の夫婦。彼らはごくごくありふれた旅装をしていたが、あの物腰、話し方、そして話している内容からすると、かなりの羽振りの良さを感じさせていた、もしかするとお忍びで夫婦二人きりの旅行でもしていた南方の大富豪かなにかではないかと、ヤナギは推測している。……そういえば、また来るのでよろしく、とマレインに言っていたような気がする。と、いうことは……どうやら彼らはマレインお嫁さんお迎え計画を、諦めていないようだ。
ヤナギはくるくると店内を回り、時々足を止めてお客さんと話す。
お昼になるまえに、二回か三回ぐらいは今日のドレスのコーディネートや髪形を褒めてもらえた。ついでにその褒めてくれた相手に、この髪はイヴ奥さまに結ってもらった事を話すと、今度は大いに羨ましがられたりもした。
そうしているうちに、午前中のおやつの時刻も終わりそうだ。
「ヤナギさん。ちょっと早いけれど、お昼休憩に入ってくださいな」
「はい、奥さま。いつもありがとうございます」
お昼休憩の時間は日によってまちまちだが、順番はだいたい決まっているようで、接客担当の中ではいつもヤナギがいちばん最初にお昼休憩に入ることになっていた。どうやら、食べ盛りの「男子」に午後のお茶ぐらいの時間までお昼ご飯無しと言うのは辛いだろうという配慮らしい。
お昼のまかないごはんを貰うため、厨房の扉をくぐる。
厨房では、ガルトとサイベルが忙しそうにそれぞれの分野の仕込みをしているが、ダーナは今からの昼食のようだった。
「今日のヤナギちゃんのはコレ。今日はサイベルの試作品ケーキつきだから、あとで感想いってやってよ」
厨房の紅一点、ダーナは女性としてはすこし背が高い、というのが特徴と言えば特徴だ。白に近い銀の髪も目立つのだが、仕事中はそれは白い帽子のなかにまとめて押し込まれている。
「ヤナギちゃんは今日のお茶、何にする?」
ダーナは薬草や香草にも詳しく、お茶を淹れるのもうまい。彼女とお昼のまかないが一緒になれば、美味しいお茶を淹れてもらえてお得だ。
「んー……っと」
ヤナギは今日のまかないとサイベルの作った試作品であるケーキを前に、ほんの少しの間だけ考える。
ダーナにお茶を淹れてもらうなら、断然紅茶よりも香草茶だ。問題はどんな香草にするか、そしてシングルティーにするかブレンドティーにするか、ブレンドの場合はその割合も考えなくてはいけない。ごはんも一緒に食べるのだから、甘さや酸味があるものよりもさっぱりとした味のものがいい。
「ジャスミンとローズ半々ぐらいにしたのをお願いできるかな」
「はいよ。私も同じのにするか」
ジャスミンとローズのブレンドでは花の香りが強すぎるところもあるのだが、ヤナギはそういうのも嫌いじゃなかった。味そのものはさっぱりとしているし、外してはいないだろう。
お昼のまかないと、サイベルの試作ケーキ(この近くの村で作られているチーズを使ったケーキにベリー系の果物を複数合わせたものだった)をきれいに平らげて、ほんの少しの間だけ、ジャスミンとローズのお茶をのんでダーナと話をしてから、そろそろお昼ご飯の時刻、つまり「のばら」が忙しくなるピークのひとつを迎えそうだという事で、ヤナギは仕事に戻ることにする。
「ごちそうさま、今日も美味しかったです」
「どういたしまして、って言いたくなっちゃうよね。そうだ、サイベルに試作ケーキの感想言ってやってよ」
「そうだったね、忘れないうちに」
感想が気になってしょうがないのかどうなのかこちらを落ち着かなく見ていたサイベルのところまで、てこてこと寄って行って感想を提出する。
「あのねサイベル、今日のケーキね」
「……うん」
「ケーキ自体は僕はよかったと思うよ。酸味もちょうど良くて、甘さも満足感があるけれどしつこくなくて。でも合わせてあるベリーの砂糖漬けがね」
「…………うん」
「砂糖の量はもうちょっと抑えたほうがね、あのケーキには合うんじゃないかと思うよ。でも、砂糖漬けで食べるなら、あれでちょうどいい感じだった」
「……そう、か」
「こんな感じで、いいかな?」
「……あ、ありがと、う」
「また試作品ができたら、食べさせて下さいね? じゃあ、仕事に戻るからね」
「奥さま、もどりました」
「あぁ、お帰りなさいヤナギさん。今日のおひるのまかないは何でした?」
「ええと、グリル野菜をアンチョビでマリネしたものと、キャベツとベーコン肉のキッシュと、ベーグルのサンドイッチで中身はたしか……」
と、会話を聞いていたらしいカウンター席の客が唾をのむ音が聞こえた。そして彼らはこんなことを言い始める。
「おおい、そっちもうまそうじゃないか、それを出してくれよ!」
「そうよ、従業員さんだけおいしいまかないたべてずるいわ」
「そうだそうだー、客にもまかないを食べる権利はある」
「無いですから」
どうすればいいのかとおろおろしているイヴ奥さまに代わり、ヤナギが客たちの妙な主張をばっさりばさばさ勢いよく切って捨てる。
「お客様たちはちゃんとメニューに載っている当店自慢のお料理やお菓子をお楽しみくださいですよ?」
「くっ……だが俺はあきらめないぞ! いつか……まかないを食べるんだ……」
「ありません、無いですから、当店「のばら」はしばらく従業員が増えたり減ったりする予定はございません。多分、きっと、おそらく」
「ヤナギちゃん……そこを何とか」
「無いったら無いです」
「ヤナギちゃんによる切り捨て入りましたー!」
「ヤナギちゃん様の切り捨て最高!」
「ヤナギちゃん、もっと私たちを切り捨てて!」
……しまった、一部妙な人たちまで出てきてしまった。
というか、おいそこのマレインさんよ。あなた笑ってるのがあからさまなんだけど、隠そうとしてるのかわざとそうして見せているのか、肩がすごい震えてるんですけど。
そんなこんなでお昼のピーク時間も過ぎたころ、最近よく通ってくれている自称貧乏画家のカルダーが来店した。
「いらっしゃいませ、ルリエラさんは今日はまだですよ」
ドアを開けた姿勢で店内を見回すカルダーに、ヤナギはそう声をかける。
「ああ、ありがとう」
「カウンター席でいいですよね? ご案内しますよ」
カルダーを席に案内してすこし後に、また来店があった。
その顔を見て、ヤナギは心の中でちょっぴりだけ驚く。
それはルリエラ、ともうひとり。役人のリセウスだったからだ。道中で偶然出会って、目的地が同じだし話でもしながら行きましょうということになったらしかった。果たしてそれが本当に「偶然」だったのかヤナギにはちょっと判断が難しいところなのだが。
ともかく、その二人もカウンター席へに案内する。
「こ、こんにちは、ルリエラさん……と、リセウスさん」
「こんにちはカルダーさん、今日もよろしくお願いしますね」
「ごきげんようだね、こんにちはカルダーさん」
この三人組はカウンター席ではいつも、リセウス・ルリエラ・カルダーの順で座ることになっているらしい。
カルダーとリセウスがそれぞれルリエラを想っていることはまず間違いないのだが、ルリエラの気持ちがどちらを向いているのか、あるいはどちらにも向いていないのかは「のばら」の常連客も従業員も誰も予測がつかなかった。もしかすると、ルリエラは友人のミリィという少女にならそのあたりを話しているのかもしれないが、話が漏れることはまずありえないだろう。
そうして午後のお茶の時刻も過ぎ、太陽がだいぶ傾いて沈みきる前には、喫茶「のばら」は閉店となる。
有名な店だったり大きな店などなら、贅沢に明かりをともしたり、あるいは魔法の明かりを使うのかもしれないが「のばら」はこのぐらいで閉店ということになっていた。これ以上遅くなると、お茶よりもお酒がふさわしい時刻になってしまう、という理由もある。
閉店後に、夕食であるまかないごはんを皆でおなかいっぱい食べて、店主アルフの淹れた紅茶をゆっくりと飲んで、皿洗いやら店内の掃除をすると、今日の「お仕事」は終わりだった。
ヤナギはルームシェアをしているマレインやダーナと一緒に、サイベルを送り届けてから帰るのが日課のようなものだった。
サイベルは体は大きいが、絶対に誰かを傷つけたりはできない性格だった。たとえ自分が襲われたとしても、抵抗できない、そんなひとだ。
そういうわけで彼に夜道を歩かせるのは危ないから、とダーナがはじめたことだったが、今はマレインとヤナギも一緒している。
もしも危ない人が襲ってきても、ダーナやマレインが格好良くサイベルとヤナギを守ってくれるだろう……あれ?これもしかして、いろいろと逆なってる?……うん、逆だね。でもしょうがないよ、ダーナとマレイン強いもの。特にダーナ。
そんなことを考えながら、サイベルの隣を歩く。
サイベルとヤナギではだいぶ身長が違うが、サイベルはゆっくり歩き、ヤナギはせわしなく足を動かすので、二人の歩くペースはほぼ同じだった。
「……ヤナギ、あれ」
「ん……あぁ、今日は満月なんだね。きれいだね」
綺麗な月だった。今日は月女神の御機嫌がよいようだ。それは煌々と、夜の空に輝いている。
「明日も楽しく美味しくみんなでお仕事できますように」
普段はあまり神様へ祈らないヤナギだが、せっかくの綺麗な月なので、ちょっとお願い事をしてみる。……サイベルも、それに倣って大きな手を合わせて、なにかお祈りをしていた。
「サイベルー! ヤナギ―! なにやってるのー? おいてっちまうよー?」
「はいはい、今追いつくよ。……いこう、サイベル」
「……あぁ」
月が、そして星が静かに見守っていた。
これはそんな春待つ日の、一ページ。
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