今度こそ幸せに

朝凪ちなつ

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幸せな夜

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部屋に戻った私達は愕然とした。
男は変わらず絵を描いていたが、床じゅうに緑色の宝石が散りばめられていたのだ。
「ちょっと先輩、これ片付けてくださいよ!」
さっきも部屋にいた短髪の女性が男に向かって叱っているものの本人は聞こえていないのか全くの無反応だった。
「ねえ舞、これどうしたの?」
舞と呼ばれたその女性はこちらを見るなり、すこし驚いた様子だったが、すぐにもとの表情に戻ると早足で私たちの元へきた。
「ついさっきインスピレーションがどうとかっていって持ってきた袋ひっくり返してこの状況。その後はうんともすんとも言わないし、先輩ってほんと子供だよね」
怒りながら男を見る舞さんはまるでやんちゃな息子を持つ母親のようだった。
私は美術に詳しくないのでなんとも言えないけれど、インスピレーションのために宝石を撒き散らしたりするのは日常茶飯事なのだろうか。
美月さんも最初聞いたっきり、大して大事とも思っていない様子に私は唖然とした。
ちらりと舞さんの方を見ると、バチッと目があってしまった。
「あ、舞。私が連れてきたの。泊まってもいいよって」
「美月、また勝手なことして。私達が泊まるのはコンクールの作品のためって分かってる?お泊り会じゃないんだからね」
今度は本当に母親のようだった。美月さんは「は~い」と生返事をするが、いつもの事なのか舞さんは気にしていない様子で私に向き直った。
「自己紹介遅れちゃってごめんね、私は浦瀬舞。ここの絵画学科二年で美月とは幼なじみ。よろしく」
ハキハキとした言い方に彼女の性格が現れている気がする。
「町田瑠璃です。あの…私、お邪魔じゃないですか?」
「そうね、気にはなるけど邪魔じゃないから大丈夫。それに美月がいいって言ったんなら私は文句ないよ、この子人を見る目だけはあるからさ」
「え?」
美月さんが素っ頓狂な声をあげると私たちは顔を見合わせてぷっと吹き出してた。 
ほんわかした美月さんとハキハキしている舞さんは一見対極のようだが絶妙に相性がよく、二人の間にはとても心地よい空気が流れていた。
そこへいきなり私達が今来たドアから端正な顔をした好青年がはいってきた。
「美月ちゃん、舞ちゃん、お久しぶり。あれ、君は初めましてかな?見学?」 
にこりと笑ったその人はコートを脱ぐと私に手を差し出してきた。
「よろしくね、僕は柴崎椿。あそこで絵を描いてる人の友達」
柴崎さんは男を指さした。
「町田瑠璃です、よろしくお願いします」
慌てて私も差し出された手を握り返して軽く頭を下げた。
「瑠璃ちゃんは舞ちゃんたちのお友達?」
「いえ、私が突然お邪魔して、夜遅いからって泊めてもらうことになりました」
一瞬柴崎さんは警戒した視線をよこしたが、美月さんが私のすぐそばに立っているのを見て、舞さんと同じように考えたのか「そういうことなら仕方ないよね」と言って、元の笑顔に戻った。
それから柴崎さんは手に持っていたコンビニのレジ袋を絵の具が飛び散った机に次々と広げ始めた。
「じゃあ瑠璃ちゃんも一緒に夜ご飯食べる?ちょうど今買い出し行ってきたところだったんだ」
中にはカップラーメンとゼリーやヨーグルトなど食べやすいものがいくつか入っており、飲み物は各自の好きなものにあわせたのか人数分違うのが入っていた。
「瑠璃、私のでよかったら飲んでいいよ」
舞さんが気遣ってくれたのか自分の分の缶コーヒーを差し出してきたが、申し訳なくて断ると「じゃあ紅茶があったと思うのでそれ出しますね」と美月さんがどこからかティーバッグを取り出して机の上にあるポットでお湯を沸かし始めた。
「夜ご飯買ってきたぞ~」
準備をし終えた柴崎さんが男を呼ぶが相変わらず反応が無く、仕方が無いので4人で先に食べることにした。
美月さんは男を気にしている様子だったけど、結局根負けして私の向かいの椅子に腰掛けた。
「だいぶ散らかしてるみたいだけど、また突発性のインスピレーション?今度は何描いてるんだっけ?」
「それが教えてくれないんですよね。今回のは特に力入れてるみたいですけど」
「でも先輩コンクールには出さないって言ってましたよ」
「なんかさっき見せてもらおうとしたら邪魔だからどけって言われちゃいました」
3人の話を聞きながら、貰ったサンドウィッチを食べていると、突然柴崎さんがふっと視線を私によこした。
「瑠璃ちゃんはさ、あいつの絵のこと知ってる?」
試すような口ぶりに何を求められているのか分からず、正直にフルフルと首を横に振った。
「あいつの絵いろんな所から評価もらっててさ、過去には海外からのオファーで30億で買い取りたいって人もいたんだよね」
「え!?30億ですか?」
私の驚きっぷりが面白かったのか舞さんと美月さんはケラケラ笑いだした。
「驚くよね、私も最初はびっくりしちゃった。でも先輩ほんとに凄いんだよ」
「だいぶ変わってるけどさ、仲良くしてたら絵貰えるかもよ」
ちらりと男の方をみたが、そんな凄そうな人には見えなかった。
「まあ仲良くしてやってよ」
柴崎さんの優しい笑顔は部屋を明るくした気がした。
久々に楽しい食卓を終えると、柴崎さんは画材を取りに行ってくると家に戻り、美月さんと舞さんは仮眠をとると言っていたので私も一緒にさせてもらうことにした。
2人に譲られて敷布団が敷かれた教壇が私の寝る場所となった。
ベッドに比べるとたしかに少し硬かったが、私はこれまでで一番穏やかな気持ちで眠りについた。
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