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新しい世界
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段々とまぶたの裏が明るくなってきて、遠くから声が聞こえ始めた。
起こさないで欲しい、そう願う私とは裏腹に声は徐々に大きくなっていき、ついには鮮明に聞こえる程目覚めてしまった。
「先輩、この人知り合いですか?」
「あ?知らねぇ」
聞き馴染みのない声が聞こえて私は飛び起きた。
近くにいた女性は短い悲鳴をあげると、別の女性の後ろに隠れ込む。
見ると知らない男女が三人、私の前にいた。
「先輩、起きましたよ」
手前にいた女性二人のうち、落ち着いた方の人が奥にいる男を呼ぶ。
“先輩”と呼ばれた男は呼ばれてもしばらく動かず、目の前のキャンバスに向かっていた。
そのことに違和感を覚えてはっと当たりを見渡すと、やはり私の部屋ではなくなっていた。
白い壁と床にところどころ飛び散った絵の具。
高校時代の美術室を思いだすようなその部屋のソファに私は寝そべっていた。
「だ、誰ですか?」
「こっちのセリフだ。誰だお前、ここは俺の作業場だ」
男はぶっきらぼうに言い放つとゆっくりとこちらに歩いてきた。
座っていたときもそうだったが、やはり男は背が高く、加えて三白眼だったため近くで見ると異常な威圧感があった。
「お前、ここに何か用か」
警戒されてるのがびしびしと肌で感じられた。
「私は、部屋で寝てただけで...、あなたこそ誰なんですか」
「質問に答えろ」
振り絞って出した勇気も一瞬で折られ、突然の出来事と不安で手が震え始めた。
「私も本当に分からなくて…でも、自分の意思で来た訳じゃ……いえ、もうでて行きます。脅かしてしまってすいませんでした」
説明したところで信じて貰えないだろうと思い、私は足早にその部屋を後にした。
後ろから誰かが呼ぶ声がしたけど、それを振り切るようにぐんぐんスピードをあげ、奥に進んで行った。
しかしすぐに迷ってしまって行き場をなくした私は消化器の横に座り込むと声を殺して泣いた。
言葉が上手く出てこずに、悔しさで涙が零れ落ちた。
「あの、すいません」
しばらくすると上から女性の声がした。
「私、さっきの部屋にいた林美月って言います。いきなりとは言え叫んじゃってすいませんでした。もしかしたら迷ってるんじゃないかって思って追いかけてきたんですけど…あの、大丈夫ですか?」
見上げると長い黒髪に色白の綺麗な女の人がそこに立っていた。
「あんまり気にしないでください、先輩いつもあんな感じなんです。多分戻っても大丈夫だと思うんですけど、どうしますか?帰るなら私が校門まで送ります」
いきなり現れた見ず知らずの私にもこんなに親切にしてくれて、きっとすごく優しい子なのだと思った。
でもどうしてもさっきの男に会う気にはなれず、結局美月さんに校門まで送って貰うことにした。
慌てていた時は気づかなかったが外はすっかり夜だった。
いつも使っているからなのか案内してくれた廊下は全部あかりが付けられていて、美月さんは迷いなくさくさくと非常口前まで案内してくれた。
「本当は使っちゃダメなんですけどね、ここが1番裏門に近いんです。あ、使ったことは内緒ですよ」
そう言うと、美月さんは幼い笑顔を浮かべてドアを開けた。
すると突然凍えるような冷気が廊下に流れ込んできて、初めて暖房がつけられていたことを理解した。
驚いて外を見ると、そこには本来あるはずの無い光景が一面に広がっていた。
吐いた息がまるで絵でも描けそうなほど白く染まり、昨夜半袖を選んだ自分を後悔した。
「わ~、雪ですね。全然気づきませんでした」
美月さんは頬をピンクに染めてふわりと笑った。
「雪なんて、どうして…」
季節が全くの正反対だ。
しかし彼女は全然気にしていない様子だった。
「美月さん、ここってどこですか?」
「どこって、東京ですよ」
当たり前だと言わんばかりに即答される。
「とうきょう…?」
美月さんは不思議そうな顔をした。
しかしそんなことは問題ではない、私の家から東京に行くには電車を乗り継いで行ったとして最低でも3時間はかかる。
趣味の悪い冗談かと思ったが、美月さんがそんなことを言う人には見えなかった。なによりそんな嘘をつくメリットが彼女にはない。
だったら私はどうやって一晩でここまで来たのだろうか。
そしてなぜ雪が降っているのか。
「もう少しで校門着きますけど、体調が良くないみたいですしタクシー呼びましょうか?家、どこですか?」
「……いえ、大丈夫です。私も正直どうしてこんなとこにいるのか分からなくて混乱してるので今日はそこらへんのホテルで泊まります」
「ここら辺って物価高いし、夜は危ないですよ」
そして美月さんは1つ間を置いて考えるような仕草を見せたあと何か思いついたのかいたずらっ子のように笑った。
「じゃあここに泊まりませんか?」
「え?」
「いえ、私達コンクール前は泊まり込みで描くんです。学校からも許可が降りてるので怒られる心配もないですし、水道、ソファ、暖房使い放題!どうですか?」
まるで友達とお泊まり会でもするかのようにワクワクした顔で私の方をむく。
「そんな、悪いですよ…」
「でもお金ないですよね?」
待っていたと言わんばかりに美月さんは私を指さした。ぐるっと腰や肩を確認すると、たしかに私はカバンすら持っていない。
急に寒くなってくしゃみをすると美月さんはころころと笑って「じゃあ行きますか」と嬉しそうに私を連れていった。
戻るのは気乗りしなかったが美月さんを見ているとそんなことを言うわけにもいかず、ほとんどひっぱられるような形であっという間に元の部屋に戻されてしまった。
起こさないで欲しい、そう願う私とは裏腹に声は徐々に大きくなっていき、ついには鮮明に聞こえる程目覚めてしまった。
「先輩、この人知り合いですか?」
「あ?知らねぇ」
聞き馴染みのない声が聞こえて私は飛び起きた。
近くにいた女性は短い悲鳴をあげると、別の女性の後ろに隠れ込む。
見ると知らない男女が三人、私の前にいた。
「先輩、起きましたよ」
手前にいた女性二人のうち、落ち着いた方の人が奥にいる男を呼ぶ。
“先輩”と呼ばれた男は呼ばれてもしばらく動かず、目の前のキャンバスに向かっていた。
そのことに違和感を覚えてはっと当たりを見渡すと、やはり私の部屋ではなくなっていた。
白い壁と床にところどころ飛び散った絵の具。
高校時代の美術室を思いだすようなその部屋のソファに私は寝そべっていた。
「だ、誰ですか?」
「こっちのセリフだ。誰だお前、ここは俺の作業場だ」
男はぶっきらぼうに言い放つとゆっくりとこちらに歩いてきた。
座っていたときもそうだったが、やはり男は背が高く、加えて三白眼だったため近くで見ると異常な威圧感があった。
「お前、ここに何か用か」
警戒されてるのがびしびしと肌で感じられた。
「私は、部屋で寝てただけで...、あなたこそ誰なんですか」
「質問に答えろ」
振り絞って出した勇気も一瞬で折られ、突然の出来事と不安で手が震え始めた。
「私も本当に分からなくて…でも、自分の意思で来た訳じゃ……いえ、もうでて行きます。脅かしてしまってすいませんでした」
説明したところで信じて貰えないだろうと思い、私は足早にその部屋を後にした。
後ろから誰かが呼ぶ声がしたけど、それを振り切るようにぐんぐんスピードをあげ、奥に進んで行った。
しかしすぐに迷ってしまって行き場をなくした私は消化器の横に座り込むと声を殺して泣いた。
言葉が上手く出てこずに、悔しさで涙が零れ落ちた。
「あの、すいません」
しばらくすると上から女性の声がした。
「私、さっきの部屋にいた林美月って言います。いきなりとは言え叫んじゃってすいませんでした。もしかしたら迷ってるんじゃないかって思って追いかけてきたんですけど…あの、大丈夫ですか?」
見上げると長い黒髪に色白の綺麗な女の人がそこに立っていた。
「あんまり気にしないでください、先輩いつもあんな感じなんです。多分戻っても大丈夫だと思うんですけど、どうしますか?帰るなら私が校門まで送ります」
いきなり現れた見ず知らずの私にもこんなに親切にしてくれて、きっとすごく優しい子なのだと思った。
でもどうしてもさっきの男に会う気にはなれず、結局美月さんに校門まで送って貰うことにした。
慌てていた時は気づかなかったが外はすっかり夜だった。
いつも使っているからなのか案内してくれた廊下は全部あかりが付けられていて、美月さんは迷いなくさくさくと非常口前まで案内してくれた。
「本当は使っちゃダメなんですけどね、ここが1番裏門に近いんです。あ、使ったことは内緒ですよ」
そう言うと、美月さんは幼い笑顔を浮かべてドアを開けた。
すると突然凍えるような冷気が廊下に流れ込んできて、初めて暖房がつけられていたことを理解した。
驚いて外を見ると、そこには本来あるはずの無い光景が一面に広がっていた。
吐いた息がまるで絵でも描けそうなほど白く染まり、昨夜半袖を選んだ自分を後悔した。
「わ~、雪ですね。全然気づきませんでした」
美月さんは頬をピンクに染めてふわりと笑った。
「雪なんて、どうして…」
季節が全くの正反対だ。
しかし彼女は全然気にしていない様子だった。
「美月さん、ここってどこですか?」
「どこって、東京ですよ」
当たり前だと言わんばかりに即答される。
「とうきょう…?」
美月さんは不思議そうな顔をした。
しかしそんなことは問題ではない、私の家から東京に行くには電車を乗り継いで行ったとして最低でも3時間はかかる。
趣味の悪い冗談かと思ったが、美月さんがそんなことを言う人には見えなかった。なによりそんな嘘をつくメリットが彼女にはない。
だったら私はどうやって一晩でここまで来たのだろうか。
そしてなぜ雪が降っているのか。
「もう少しで校門着きますけど、体調が良くないみたいですしタクシー呼びましょうか?家、どこですか?」
「……いえ、大丈夫です。私も正直どうしてこんなとこにいるのか分からなくて混乱してるので今日はそこらへんのホテルで泊まります」
「ここら辺って物価高いし、夜は危ないですよ」
そして美月さんは1つ間を置いて考えるような仕草を見せたあと何か思いついたのかいたずらっ子のように笑った。
「じゃあここに泊まりませんか?」
「え?」
「いえ、私達コンクール前は泊まり込みで描くんです。学校からも許可が降りてるので怒られる心配もないですし、水道、ソファ、暖房使い放題!どうですか?」
まるで友達とお泊まり会でもするかのようにワクワクした顔で私の方をむく。
「そんな、悪いですよ…」
「でもお金ないですよね?」
待っていたと言わんばかりに美月さんは私を指さした。ぐるっと腰や肩を確認すると、たしかに私はカバンすら持っていない。
急に寒くなってくしゃみをすると美月さんはころころと笑って「じゃあ行きますか」と嬉しそうに私を連れていった。
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