『異界酒場 ルーナ』

みぎみみ

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第4巻

第7話 東京の夢

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八月の終わり。

夜明け前、客が全員帰った後。

ルーカスはカウンターの前に座って、一人でグラスを持った。

今夜は梅酒がない。この世界に梅酒はない。

でも、蜂蜜酒がある。

一口飲んで、目を閉じた。

東京のことを考えた。

高橋夫妻は今夜もルーナを開けているだろうか。

清子がカウンターに立って、グラスを磨いている。高橋が静かに人の話を聞いている。

佐野が来て、海のカクテルを頼む。

梶原が来て、オーケストラの話をする。

晴樹が来て、昼間に行けた場所の話をする。

篠田先生が来て、本棚の本を一冊手に取る。

礼奈が来て、白ワインのカクテルを飲みながら、言葉の話をする。

水月が来て、次の本の話をする。

香月が来て、ブランデーを一杯飲んで、何も言わずに帰る。

——全員が、今夜もいる。

そう思った。

距離がある。世界が違う。でも、あの地下室の空気は消えていない。香月が言った通りだった。

染み込んだものは消えない。

「……お元気ですか、みなさん」

誰にも届かない声を、この世界の夜に向けて言った。

届かない。

でも、言いたかった。

グラスを飲み干して、立ち上がった。

カウンターを拭いた。

椅子を整えた。

金木犀の鉢植えはこの世界にはないが、代わりに窓際にこの世界の小さな花を置いていた。月草という花。夜に咲いて、朝には閉じる。

今夜も咲いていた。

「おやすみなさい」

花に言った。

誰かに言いたい言葉を、花に言うのは——東京でもしていたことだった。
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