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序章
第六節 焚き火の前で
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夜が深くなった。
焚き火は安定した燃え方をしていた。ユナが途中で一度薪を足した以外は、ほぼ放っておいても燃え続けている。火の周囲だけが明るく、その外側はほぼ完全な暗闇だ。木々の輪郭がかろうじて見えるくらいで、その先は黒だった。
「聞いてもいいか」と真は言った。
「内容による」とユナは答えた。
「この世界のことを教えてもらえないか。全部は一晩では無理だと思うけど、基本的なことだけでも」
「全部はさすがに無理」とユナは言い、少し考えてから続けた。「どこから話せばいい?」
「さっきの、言霊のことから」
ユナが少し目を細めた。同意の目つきだった。
「あなたのさっきの言葉について。あれは言霊に近いものだった、と思う」
「言霊というのがこの世界にもあるのか」
「ある。言葉に力が宿る現象のことを言霊と呼ぶ。ただし一般的な言霊は、特定の訓練を積んだ人間が特定の呪文や歌を使ったときに発動するものだ。誰でも使えるわけじゃない。しかもそれなりの準備が必要で、咄嗟には出せない」
「俺のは違ったのか」
「全然違った」とユナは言い、火の向こうからまっすぐ真を見た。「あなたは準備なしに、普通の言葉を叫んだだけだった。それで三人の武装した男を追い払った。そういうことは通常は起きない」
「なぜ起きたんだ」
「分からない。でも心当たりはある」
「何だ」
「あなたの話した「日本語」という言語のこと」とユナは言い、少し間を置いた。「この世界に古代語という言語の記録が残っている。三万年以上前に使われていた言語で、今は誰も話せない。書かれた文字の形だけが残っているが、読める人間もいない。その古代語で書かれたアイテムや石板を調べると、強大な力が込められていることが分かっている。神話級と呼ばれるランクのものだ」
「神話級」
「アイテムのランクの最高位。世界でも数えるほどしか存在しない。その神話級アイテムに使われている文字が、あなたの言う日本語の文字と形が似ているという話を聞いたことがある」
真は少し考えた。「日本語が古代語だということか」
「かもしれない。確かめてはいないし、私も伝聞でしか知らない。ただ、あなたの言葉があの効果を持ったとしたら、その説明になる気がする。失われた言語は、この世界の干渉を受けていない。だから言葉に込められた力が、純粋に宿りやすい」
「俺が日本語を話せることが、力の源になっているかもしれない」
「そうかもしれない。ただし確かめるには鑑定が必要だ。ギルドの支部に行けば、スキルの鑑定ができる。あなたが何を持っているのか、そこで分かる」
「スキルというのは」
「この世界の人間が持つ能力の形のことを言う。生まれつき持っているものもあるし、鍛えることで獲得するものもある。戦闘系、生産系、魔法系、生活系と種類は様々で、ランクもある。白、緑、青、銀、金、その上に超レアとユニークがある」
「ユニークというのが一番上か」
「そう。世界にそのスキルを持つ者が一人しかいないという意味になる。あなたの言霊が本当に古代語に関わるものだとしたら、ユニークになる可能性がある。古代語を話せる人間がこの世界にはいないから」
真は右手を見た。指先のしびれはもう消えていた。しかしあの感触の記憶は残っていた。腹の底から声が出て、電流が走って、空気に何かが弾けた、あの感触。
「レベルというのもあるのか」
「ある。スキルはLv.1から始まって、使い込むことで上がっていく。上限は基本的にLv.10だ。レベルが上がれば、できることが変わる」
「上がるにはどうすればいい」
「使い続けること。意識的に使い、力の感覚を覚えること。あなたの場合は、言葉に感情を込めて発することが起点になる気がする。さっきも、ただ叫んだのではなく、何かを思って叫んでいたんじゃないの?」
真は正直に答えた。「お前が危ないと思った。それだけだ」
ユナが少し黙った。
「そういうことだと思う」とやがてユナは言った。「感情が言葉に乗ると、力が出る。理屈より感情が先にある」
「それは訓練で変えられるのか」
「上位になれば、冷静なままでも出せるようになるかもしれない。でも今の段階では、感情に乗せる方が確実だと思う」
真はその話を聞きながら、不思議な気持ちになっていた。
コンビニで五年間、言葉を感情と切り離して使ってきた。「いらっしゃいませ」に感情を込めても意味がない。感情を込めると疲れる。だから切り離した。言葉を、ただの音の組み合わせとして扱ってきた。しかしこの世界では、言葉に感情を乗せることが力の源になる。自分が五年間かけて除いてきたものが、ここでは一番大事なものになる。
皮肉だ、と思った。しかし同時に、何か合点のいく感じもあった。言葉を感情から切り離した生活が、どれほど自分を薄くしていたか。声を出しても誰にも届かない感覚が、五年間積み重なっていたか。それが今、初めて何かに届いた。
「この世界に来たのは、偶然じゃないかもしれない」と真は言った。声に出して、初めてそう思った。
「そうかもしれない」とユナは言い、少し考えてから付け加えた。「でも理由は来てからじゃないと分からない」
「そうだな」
「焦っても仕方ない」
「焦ってない。ただ、整理がついてきた気がする」
ユナが真を見た。「どんな整理?」
「日本にいたとき、どこへ向かっているか分からなかった。毎日同じ場所に立って、同じことをして、それがどこかに繋がっている感じがしなかった。でも今は、少なくとも明日向かう場所がある。ギルドに行く。鑑定を受ける。それだけだが、それだけあれば動ける」
「それで十分だと思う」
「俺もそう思う」
火が少し小さくなった。ユナが無言で薪を足した。炎が大きくなり、また二人の顔を照らした。
「ユナは」と真は言った。「この先、何をしようとしているんだ」
少し間があった。
「今は言えない」とユナは答えた。「言いたくないんじゃなくて、言える状況じゃない。ごめん」
「謝らなくていい。事情があるんだろう」
「ある」
「いつか話せるなら、そのときでいい」
ユナが真を見た。その目に、さっきとは少し違う色があった。疑うような色ではない。確かめるような色でもない。何か柔らかいものが入ってきた目だった。
「あなたって、変な人ね」
「よく言われる」
「でも悪い意味じゃない」
「なら別にいい」と真は言った。
しばらく沈黙があった。虫の声が続いた。遠くで何かが鳴いた。人の声ではない動物の声だったが、脅威を感じる種類の音ではなかった。ユナも特に反応しなかったので、問題のないものだと判断した。
「明日、ギルドに着いたら」と真は言った。「どういう手順で動けばいい。ギルドというのは初めての人間でも入れるのか」
「入れる。受付に行って登録を申し込む。名前を言えば手続きしてくれる。生まれた場所を聞かれるけど、遠い場所からと言えば大抵は問題ない。転移者はたまにいるから、特別扱いされることはある」
「特別扱い」
「珍しいから。黒い髪と黒い目はこの世界では本当に珍しい。見た目で気づかれることもある。嫌だったら隠す手もあるけど」
「隠す手はないな。今更どうしようもない」と真は言い、自分の手を見た。「これはこれだ」
「そう。これはこれ」とユナは繰り返した。少し笑っているような声だった。
「料理の話に戻るが」と真は言った。
「うん」
「食材を見てみないと何も作れないが、この世界に来たからには、この世界の食材で何か作りたいと思う。コンビニで売っている弁当じゃなく、素材から、時間をかけて作るやつ。それが俺の、今のところの一番やりたいことだ」
「スローライフ的な?」
「スローライフ的な、そうだな」と真は言い、少し可笑しくなった。「異世界転移してスローライフをしたい、なんて言ったらおかしいか」
「おかしくはない」とユナは言い、真っ直ぐな口調で答えた。「あなたが何をしたいかは、あなたが決める。戦いたいと思う人もいれば、そうじゃない人もいる。どちらが正しいとかはない」
「お前は戦うことが嫌いじゃないだろう」
「好きでもない」
「でも今日みたいなときは動ける」
「動けるということと、好きかどうかは別の話」とユナは言い、少し間を置いた。「まこと、あなたも同じじゃないの。今日、考えるより先に動いていたでしょ」
真は少し考えた。「そうだな。怖いとか、どうしようとか、考える前に走っていた」
「それが本当にしたいことに近いと思う。考えたらしないことでも、考える前に体が動くことがある。それが自分の本当のところだと私は思ってる」
「哲学的だな」
「そう?」
「十二か十三の子が言う言葉じゃないと思う」
「失礼ね」とユナは言い、今度ははっきりと声に笑いが混じった。「私はそんなに若くない」
「何歳なんだ」
「秘密」
「なぜ」
「言いたくないから」
真は笑いを堪えた。「了解した。聞かない」
「正解」とユナは言い、また空を見た。
夜空が広かった。星の数が多くて、どこまでが空でどこからが地上なのか、少し分からなくなるくらいだった。
真は空を見上げながら、今日の出来事を頭の中でもう一度なぞった。深夜のコンビニを出て、光に飲み込まれて、森で目覚めて、少女を助けて、焚き火の前にいる。一日のうちに起きたこととしては、量が多すぎる。しかしパニックにはなっていない。整理する力は残っている。
明日になれば村に着く。ギルドに行く。自分の力の正体を鑑定してもらう。それが分かれば、次の一手が見えるかもしれない。
スローライフへの道は、まだ遠そうだった。しかしコンビニのバックヤードで「どこか遠くへ行きたい」と思っていたあの感覚は、今夜この焚き火の前にはなかった。遠くへ行きたい、という気持ちは、もうここにいる自分には必要なかった。
すでに遠くに来ていた。
「まこと」とユナが言った。
「何」
「明日、早く出るから。寝ておいて」
「お前は寝ないのか」
「先に寝ていい。私は少し後で」
「見張りをするつもりか」
「習慣だから」
「一人旅が長かったんだな」
ユナが少し黙った。「そうね」と言った。それだけだった。
「交代で見張りをしようか」と真は言った。「今夜から、少しずつ役に立てることをしたい」
ユナが真を見た。少しの間、何かを考えていた。
「じゃあ、夜中の二時間だけ。私が先に寝て、あなたが起こして」
「了解した」
「何かおかしな気配がしたら遠慮なく起こして。一人で判断しようとしなくていい」
「分かった」
「じゃあ少し寝る」
ユナが外套を体に巻いて横になった。真は焚き火の前に座り直した。炎を見た。火を見ながら番をする。日本ではしたことのない行為だ。コンビニで深夜に一人でいるのとは、根本的に違う種類の「起きていること」だ。
どちらの方が、生きている感じがするかといえば、今の方だった。
真は空を見た。星が多かった。
「いつか、ちゃんとしたご飯を作ってやる」と真は小声で言った。ユナはもう眠っているかもしれないが、構わなかった。「日本のやつ。材料が手に入ればの話だけど」
火の向こうで、ユナの外套がわずかに動いた。寝返りを打ったのか、それとも聞こえていたのか。
どちらでもよかった。
いつか作る。その「いつか」が、今夜初めて生まれた気がした。コンビニで五年間、「いつか」は何も生まれなかった。しかし今夜、一つ生まれた。それだけで、今日という日は悪くない日になった。
炎が揺れた。影が動いた。森の声が続いた。
木下真の、この世界での最初の夜が、静かに深まっていった。
焚き火は安定した燃え方をしていた。ユナが途中で一度薪を足した以外は、ほぼ放っておいても燃え続けている。火の周囲だけが明るく、その外側はほぼ完全な暗闇だ。木々の輪郭がかろうじて見えるくらいで、その先は黒だった。
「聞いてもいいか」と真は言った。
「内容による」とユナは答えた。
「この世界のことを教えてもらえないか。全部は一晩では無理だと思うけど、基本的なことだけでも」
「全部はさすがに無理」とユナは言い、少し考えてから続けた。「どこから話せばいい?」
「さっきの、言霊のことから」
ユナが少し目を細めた。同意の目つきだった。
「あなたのさっきの言葉について。あれは言霊に近いものだった、と思う」
「言霊というのがこの世界にもあるのか」
「ある。言葉に力が宿る現象のことを言霊と呼ぶ。ただし一般的な言霊は、特定の訓練を積んだ人間が特定の呪文や歌を使ったときに発動するものだ。誰でも使えるわけじゃない。しかもそれなりの準備が必要で、咄嗟には出せない」
「俺のは違ったのか」
「全然違った」とユナは言い、火の向こうからまっすぐ真を見た。「あなたは準備なしに、普通の言葉を叫んだだけだった。それで三人の武装した男を追い払った。そういうことは通常は起きない」
「なぜ起きたんだ」
「分からない。でも心当たりはある」
「何だ」
「あなたの話した「日本語」という言語のこと」とユナは言い、少し間を置いた。「この世界に古代語という言語の記録が残っている。三万年以上前に使われていた言語で、今は誰も話せない。書かれた文字の形だけが残っているが、読める人間もいない。その古代語で書かれたアイテムや石板を調べると、強大な力が込められていることが分かっている。神話級と呼ばれるランクのものだ」
「神話級」
「アイテムのランクの最高位。世界でも数えるほどしか存在しない。その神話級アイテムに使われている文字が、あなたの言う日本語の文字と形が似ているという話を聞いたことがある」
真は少し考えた。「日本語が古代語だということか」
「かもしれない。確かめてはいないし、私も伝聞でしか知らない。ただ、あなたの言葉があの効果を持ったとしたら、その説明になる気がする。失われた言語は、この世界の干渉を受けていない。だから言葉に込められた力が、純粋に宿りやすい」
「俺が日本語を話せることが、力の源になっているかもしれない」
「そうかもしれない。ただし確かめるには鑑定が必要だ。ギルドの支部に行けば、スキルの鑑定ができる。あなたが何を持っているのか、そこで分かる」
「スキルというのは」
「この世界の人間が持つ能力の形のことを言う。生まれつき持っているものもあるし、鍛えることで獲得するものもある。戦闘系、生産系、魔法系、生活系と種類は様々で、ランクもある。白、緑、青、銀、金、その上に超レアとユニークがある」
「ユニークというのが一番上か」
「そう。世界にそのスキルを持つ者が一人しかいないという意味になる。あなたの言霊が本当に古代語に関わるものだとしたら、ユニークになる可能性がある。古代語を話せる人間がこの世界にはいないから」
真は右手を見た。指先のしびれはもう消えていた。しかしあの感触の記憶は残っていた。腹の底から声が出て、電流が走って、空気に何かが弾けた、あの感触。
「レベルというのもあるのか」
「ある。スキルはLv.1から始まって、使い込むことで上がっていく。上限は基本的にLv.10だ。レベルが上がれば、できることが変わる」
「上がるにはどうすればいい」
「使い続けること。意識的に使い、力の感覚を覚えること。あなたの場合は、言葉に感情を込めて発することが起点になる気がする。さっきも、ただ叫んだのではなく、何かを思って叫んでいたんじゃないの?」
真は正直に答えた。「お前が危ないと思った。それだけだ」
ユナが少し黙った。
「そういうことだと思う」とやがてユナは言った。「感情が言葉に乗ると、力が出る。理屈より感情が先にある」
「それは訓練で変えられるのか」
「上位になれば、冷静なままでも出せるようになるかもしれない。でも今の段階では、感情に乗せる方が確実だと思う」
真はその話を聞きながら、不思議な気持ちになっていた。
コンビニで五年間、言葉を感情と切り離して使ってきた。「いらっしゃいませ」に感情を込めても意味がない。感情を込めると疲れる。だから切り離した。言葉を、ただの音の組み合わせとして扱ってきた。しかしこの世界では、言葉に感情を乗せることが力の源になる。自分が五年間かけて除いてきたものが、ここでは一番大事なものになる。
皮肉だ、と思った。しかし同時に、何か合点のいく感じもあった。言葉を感情から切り離した生活が、どれほど自分を薄くしていたか。声を出しても誰にも届かない感覚が、五年間積み重なっていたか。それが今、初めて何かに届いた。
「この世界に来たのは、偶然じゃないかもしれない」と真は言った。声に出して、初めてそう思った。
「そうかもしれない」とユナは言い、少し考えてから付け加えた。「でも理由は来てからじゃないと分からない」
「そうだな」
「焦っても仕方ない」
「焦ってない。ただ、整理がついてきた気がする」
ユナが真を見た。「どんな整理?」
「日本にいたとき、どこへ向かっているか分からなかった。毎日同じ場所に立って、同じことをして、それがどこかに繋がっている感じがしなかった。でも今は、少なくとも明日向かう場所がある。ギルドに行く。鑑定を受ける。それだけだが、それだけあれば動ける」
「それで十分だと思う」
「俺もそう思う」
火が少し小さくなった。ユナが無言で薪を足した。炎が大きくなり、また二人の顔を照らした。
「ユナは」と真は言った。「この先、何をしようとしているんだ」
少し間があった。
「今は言えない」とユナは答えた。「言いたくないんじゃなくて、言える状況じゃない。ごめん」
「謝らなくていい。事情があるんだろう」
「ある」
「いつか話せるなら、そのときでいい」
ユナが真を見た。その目に、さっきとは少し違う色があった。疑うような色ではない。確かめるような色でもない。何か柔らかいものが入ってきた目だった。
「あなたって、変な人ね」
「よく言われる」
「でも悪い意味じゃない」
「なら別にいい」と真は言った。
しばらく沈黙があった。虫の声が続いた。遠くで何かが鳴いた。人の声ではない動物の声だったが、脅威を感じる種類の音ではなかった。ユナも特に反応しなかったので、問題のないものだと判断した。
「明日、ギルドに着いたら」と真は言った。「どういう手順で動けばいい。ギルドというのは初めての人間でも入れるのか」
「入れる。受付に行って登録を申し込む。名前を言えば手続きしてくれる。生まれた場所を聞かれるけど、遠い場所からと言えば大抵は問題ない。転移者はたまにいるから、特別扱いされることはある」
「特別扱い」
「珍しいから。黒い髪と黒い目はこの世界では本当に珍しい。見た目で気づかれることもある。嫌だったら隠す手もあるけど」
「隠す手はないな。今更どうしようもない」と真は言い、自分の手を見た。「これはこれだ」
「そう。これはこれ」とユナは繰り返した。少し笑っているような声だった。
「料理の話に戻るが」と真は言った。
「うん」
「食材を見てみないと何も作れないが、この世界に来たからには、この世界の食材で何か作りたいと思う。コンビニで売っている弁当じゃなく、素材から、時間をかけて作るやつ。それが俺の、今のところの一番やりたいことだ」
「スローライフ的な?」
「スローライフ的な、そうだな」と真は言い、少し可笑しくなった。「異世界転移してスローライフをしたい、なんて言ったらおかしいか」
「おかしくはない」とユナは言い、真っ直ぐな口調で答えた。「あなたが何をしたいかは、あなたが決める。戦いたいと思う人もいれば、そうじゃない人もいる。どちらが正しいとかはない」
「お前は戦うことが嫌いじゃないだろう」
「好きでもない」
「でも今日みたいなときは動ける」
「動けるということと、好きかどうかは別の話」とユナは言い、少し間を置いた。「まこと、あなたも同じじゃないの。今日、考えるより先に動いていたでしょ」
真は少し考えた。「そうだな。怖いとか、どうしようとか、考える前に走っていた」
「それが本当にしたいことに近いと思う。考えたらしないことでも、考える前に体が動くことがある。それが自分の本当のところだと私は思ってる」
「哲学的だな」
「そう?」
「十二か十三の子が言う言葉じゃないと思う」
「失礼ね」とユナは言い、今度ははっきりと声に笑いが混じった。「私はそんなに若くない」
「何歳なんだ」
「秘密」
「なぜ」
「言いたくないから」
真は笑いを堪えた。「了解した。聞かない」
「正解」とユナは言い、また空を見た。
夜空が広かった。星の数が多くて、どこまでが空でどこからが地上なのか、少し分からなくなるくらいだった。
真は空を見上げながら、今日の出来事を頭の中でもう一度なぞった。深夜のコンビニを出て、光に飲み込まれて、森で目覚めて、少女を助けて、焚き火の前にいる。一日のうちに起きたこととしては、量が多すぎる。しかしパニックにはなっていない。整理する力は残っている。
明日になれば村に着く。ギルドに行く。自分の力の正体を鑑定してもらう。それが分かれば、次の一手が見えるかもしれない。
スローライフへの道は、まだ遠そうだった。しかしコンビニのバックヤードで「どこか遠くへ行きたい」と思っていたあの感覚は、今夜この焚き火の前にはなかった。遠くへ行きたい、という気持ちは、もうここにいる自分には必要なかった。
すでに遠くに来ていた。
「まこと」とユナが言った。
「何」
「明日、早く出るから。寝ておいて」
「お前は寝ないのか」
「先に寝ていい。私は少し後で」
「見張りをするつもりか」
「習慣だから」
「一人旅が長かったんだな」
ユナが少し黙った。「そうね」と言った。それだけだった。
「交代で見張りをしようか」と真は言った。「今夜から、少しずつ役に立てることをしたい」
ユナが真を見た。少しの間、何かを考えていた。
「じゃあ、夜中の二時間だけ。私が先に寝て、あなたが起こして」
「了解した」
「何かおかしな気配がしたら遠慮なく起こして。一人で判断しようとしなくていい」
「分かった」
「じゃあ少し寝る」
ユナが外套を体に巻いて横になった。真は焚き火の前に座り直した。炎を見た。火を見ながら番をする。日本ではしたことのない行為だ。コンビニで深夜に一人でいるのとは、根本的に違う種類の「起きていること」だ。
どちらの方が、生きている感じがするかといえば、今の方だった。
真は空を見た。星が多かった。
「いつか、ちゃんとしたご飯を作ってやる」と真は小声で言った。ユナはもう眠っているかもしれないが、構わなかった。「日本のやつ。材料が手に入ればの話だけど」
火の向こうで、ユナの外套がわずかに動いた。寝返りを打ったのか、それとも聞こえていたのか。
どちらでもよかった。
いつか作る。その「いつか」が、今夜初めて生まれた気がした。コンビニで五年間、「いつか」は何も生まれなかった。しかし今夜、一つ生まれた。それだけで、今日という日は悪くない日になった。
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