神話級量産します ―日本語で何か書くだけで最強アイテムができる異世界生活― ~銀髪ロリ美少女と始める言霊スローライフ~

みぎみみ

文字の大きさ
12 / 30
第一章「エルムの里」

第六節 静かな夜に誓う

しおりを挟む
食事のあと、二人は村外れに出た。
食堂での夕食はシンプルだったが、温かかった。スープと、焼いたパンと、煮込んだ豆が中心の食事だ。素材の味だけで成立していて、調味料の主張がない。悪くはない。しかし真には、もう少し何かを加えたい感覚があった。例えば醤油があれば豆の煮込みが変わる。例えばにんにくがあればスープに深みが出る。こちらの世界にも似た食材があるかもしれない、と思いながら食べた。
食後にガルドが「村の南に草地がある。夜は景色がいい」と言ったので、三人で出た。しかし広場で知り合いに声をかけられたガルドが一人残り、自然に真とユナの二人になった。
夜風が涼しかった。草原の向こうに森が黒く続いている。村の明かりが後ろにあって、足元をうっすら照らしている。草が風に揺れ、その動きが光の中で見えた。
空は星が多かった。
昨夜も多かったが、今夜もそれに劣らない。白い帯が空を横切っているのは銀河だろうと思った。都会では絶対に見えない。こちらには光害がない。人工の光が空を汚していない。だから本来の空がそのまま見えている。これが本来の夜空だ、と思った。人間が光の文明を始める前、どこにいても見えたはずの空だ。
「こんな星、日本じゃ見えなかった」と真は言った。
「日本の空は暗いの?」
「暗いんじゃなくて、明るすぎる。街の光で星が見えなくなる」
「もったいない」
「そうだな」と真は言った。「でも日本の夜には別の良さがあった。コンビニはどこに行っても開いていて、雨でも歩ける屋根付きの通路があって、電車は深夜まで動いていた」
「それが恋しい?」
真は少し考えた。本当に恋しいか。コンビニの蛍光灯、深夜のBGM、空っぽのバックヤードの椅子。それが恋しいかと言われれば、正直なところ、あまり恋しくなかった。恋しいのはあの空間ではなく、あの空間がなくなった後に続くはずだった何かかもしれない。しかしそれは日本にいても続かなかった。
「少しはある」と答えた。「でも戻りたいかと言われると、分からない」
「ここには来たくて来たの?」
「来たくて来たわけじゃない。でも、日本にいたとき、どこか遠くへ行きたいと思っていたのは本当だ」
「じゃあ願いが叶ったのかもしれない」
「そんな呑気な話じゃないと思うけど」と真は笑った。「まあ……悪くはない、今のところ」
ユナが空を見上げた。
「まこと」
「何」
「この先どうしたい?」
「スローライフがしたい」と真は即答した。
ユナが少し首を動かし、真の方を向いた。「スローライフ」と繰り返した。「それは何」
「のんびり暮らすことだ。美味いものを食べて、誰かの役に立ちながら、争いごとに巻き込まれず、細々と生きる。誰かに怒鳴られず、追い立てられず、ただ自分の好きなことをして、それが誰かの幸福にも繋がる、そういう生き方だ」
「その「好きなこと」というのが料理か」
「料理が一番具体的だ。あとは、何かを作ること全般。今日の刻印作業が楽しかった。文字を彫っていると、集中できた。コンビニのレジを打ち続けるのとは違う、手ごたえがある集中だった」
ユナがわずかに口を開きかけて、また閉じた。
「何か言いたそうだな」
「のんびり暮らしたい人間が、盗賊を追い払って、神話級アイテムを作って、初日から里中に名前が広まったことについて、どう思っているのかと」
「俺もそう思う」と真は言い、苦笑した。「今日一日を振り返ると、スローライフとは対極だった。しかし始まってしまったことは仕方ない」
「これからも似たようなことが続きそう」
「縁起でもないこと言うな」
ユナがわずかに笑った。今日一日で、ユナが笑ったのを真がはっきり確認したのは初めてだった。口の端が上がり、目が少し細くなる。そのまま一瞬で元に戻る。短い笑いだったが、本物だった。昨日の夜の焚き火の前での微かな表情の変化より、もう少しはっきりした笑いだった。
「でも、続く騒ぎがあっても、なんとかなればいい」と真は言った。「逃げきれる場所を探しながら、のんびりできる場所も探しながら、動いていこうと思っている」
「逃げきれればね」
「そういうの、辛口って言うんだよ」
「事実を言ってるだけ」
「辛口なのに言い方は丁寧だな」
ユナがまた少し笑った。今度は少し長かった。三秒くらいあった。真はその三秒を見ていた。
二人でしばらく、空を見ていた。言葉のない時間が続いたが、嫌ではなかった。コンビニで同僚と並んで立っているときの沈黙とは質が違う。あちらは何も共有していない沈黙だ。ただ同じ空間にいるだけで、互いが何も接触していない。しかし今の沈黙は、同じものを見ているという接触がある。空を見ている、という一点で、確かに繋がっている。
「明日、ギルドで依頼を受けよう」と真は言った。「金も必要だし、もっとこの世界を知りたい」
「そうしよう」とユナは言い、続けた。「ガルドさんも一緒に動いてくれると思う。あの人は信頼できる」
「そう思うか」
「息子を失ってから旅をしている人は、守ることへの動機が強い。無謀な行動をしない。信頼できる」
「昨日の話を聞いていたのか」
「聞こえた」
「鋭いな」
「旅をしていると、耳がよくなる」
「なるほど」と真は言い、それから少し間を置いた。「お前がいなかったら何もできないから、頼む」
「報酬は半分」
「半分でいい」
「交渉成立」とユナは言い、先に立って村の方へ歩き始めた。
真は少し遅れてその後に続いた。
草を踏む足音が二つ続く。先を歩くユナの銀色の髪が、村の明かりを受けてわずかに光っている。昨日の夜、焚き火の前で初めて会ったときより、その後ろ姿が近く感じる。距離は変わっていないが、何かが変わった。
スローライフには程遠いかもしれない。しかし今この瞬間、前に進む道がある。隣に人がいる。今日一日で、自分の力の輪郭が少しだけ分かった。明日には依頼をこなして、少しずつ世界を知っていける。
コンビニのバックヤードで缶コーヒーを飲みながら「どこか遠くへ行きたい」と思い続けた五年間が、今は違う形になっている。
「遠くへ行きたい」という気持ちは、もうなかった。
すでにここにいる。ここで動いている。それが今の真の全部だった。
村の明かりが近づいてきた。石畳の音が草の音に変わった。ギルドの建物の窓から、まだ灯りが見えた。
木下真の、この世界での最初の一日が、静かに終わろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

処理中です...