半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋(深嶋つづみ)

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第四章 「19歳」

第8話 再会②

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 食材にこだわっているというその店の料理は、どれも信じられないほどおいしかった。
 創作料理が中心だと聞いていたけれど、定番メニューも多く取り揃えられている。
 テーブルにはいくつも皿が並び、佑月は一口食べては、舌の上に広がる幸福に打ち震えた。
 そんな佑月の反応を見るたび、夏原は愉快そうに笑いをこらえている。

「うまいのはわかるけどさ、お前大袈裟すぎ」
「だって本当にどれもおいひい……!」
「良かったな。他にも気になるやつあれば注文しろよ」
「これ以上贅沢したら僕は節約の神様に怒られちゃうよ……!」
「たまの贅沢くらい別にいいだろ。節約の神様ってなんだよそれ」
 
 くつくつと肩を揺らしつつ、金額なんて気にする素振りもなく夏原はタッチパネルで注文を積み重ねていく。

 普段はアメリカに留学していて、飛行機に乗ってこうして日本に帰ってきて、空港から数百キロの距離をものともせずに会いに来てくれて。
 ……きっと夏原の家は裕福なのだろう。アルファであるだけでなく、恵まれていて羨ましいと思ってしまった。

「水元? 甘いのもあるけど、どれがいい?」

 タッチパネルに向けられていた茶色の瞳が佑月を見る。
 佑月はふるふると首を横に振った。
 
「破産するから我慢……」
「俺が出すからいいだろ。心配しないで好きなの選べよ」
「ほ、本当に……?」
「お前一体どうしたんだよ、昔はもっと図々しかっただろ。らしくなくて調子狂うって」
「図々しいってひどい! そんなこと言うなら夏原が破産するくらい注文するから!」
「おーやってみろよ」
 
 店に入るまではどこかぎこちなかった二人の間の空気も、アルコールが入るとすっかり弛緩した。
 佑月にとっては今夜が人生で二度目の飲酒だった。まさか夏原と味わうことになるとは思わなかったが、案外悪くない。

 個室というのも良かった。適度に照明が落とされた店内はどこか隠れ家みたいで、こんな大人っぽい場所に身を置いていると、それだけでちょっとわくわくした気分になれる。

「ねえ、夏原はさ。あの事故の前から僕のこと知ってたんだっけ?」

 追加注文を終えた夏原に、ふと訊ねてみる。
 彼は佑月のほうに向き直ると、表情を変えないまま返答した。
 
「認識はしてたな。水元はあの学年の中では目立ってた方だし」
「そうだったの?」
「自覚なしかよ。……かなり目立ってた方だと思うぞ。サッカー部の先輩たちもお前見かけるたびにざわついてたしさ」
「なにそれ初耳! 中一のときに教えてよ!」
「あの頃はほとんど喋ったことなかっただろ。朝練サボってたらお前に水かけられたことはあったけどさ」
「……そんなことあったっけ?」
「てめー忘れたのかよ」
 
 パンドラの箱と化していた中学一年の頃の記憶も、いざ紐解いてみれば今はもう遠い日々のことでしかなく、あっさりと振り返ることができた。

 意外なもので、夏原とは話題にも事欠かない。
 最近の話でも昔の話でも盛り上がって、なんでこんなに話が合うんだろうと考えてから、ああそういえばこいつも「同級生」というカテゴリーに入るのだと思い出した。
 
「なんだか不思議だな。夏原とまさかこんなに長い付き合いになるなんて」

 アルコールのせいなのか、ふわふわとした眠気と怠さに包まれてきて、佑月は黒い木製のテーブルの上に腕を置き、その上に頬をつけた。
 だらしない姿を見せても、夏原は気にする素振りもない。肩をすくめ、やわらかな声が返ってきた。
 
「そうだな」
「こんなにイケメンに成長して、留学もして家も太くて……夏原のくせに、まるで理想のアルファじゃん。ほんと予想外すぎ……」

 ふわふわした気分で佑月が思ったままを口にすると、机の向こう側にいる彼はわずかに目を見開いた。
 視線をそらし、それから少しの沈黙を挟んでから、どこかぎこちなく佑月に訊ねてくる。

「……俺にするか?」
「ん?」
「治療なんて諦めて、俺をお前のつがいにするか?」

 佑月はテーブルに寝そべったまま、夏原の固い表情を見上げた。
 それからちょっと考えて、大きく首を横に振る。酔って電話したあの夜、彼に不満をぶつけすぎてしまったことを心の中で反省した。

「しないよ。僕には野望があるんだ」

 目をつむり、佑月は口端に笑みをのせる。

 瞼の向こうで夏原がどんなに罪悪感にまみれていても、そこに付け込むつもりはない。
 どんなに佑月自身が寂しかろうと、罪悪感を利用して彼を巻き込むことは間違いであると、最初からわかっている。

「野望?」

 夏原の問いかけに、うなずく。

「治療が完了して自由になったら、僕は人生最大のモテ期を思う存分に楽しむって決めてるから」
「……そうか。だったら治療がんばれよ」

 そっと目を開けたときには、夏原はいつも通りの無愛想な表情に戻っていて、モスコミュールの入ったグラスを静かに傾けていた。

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