半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋(深嶋つづみ)

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第二章 「中学二年生」

第8話 恋の結末

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(ジュンさん、どうして連絡くれなくなっちゃったんだろ……)

 悶々と考え込みながら、昼食の菓子パンをかじる。

 佑月が既読表示のつかないスマホの画面を見下ろしていると、机の向かい側で彩り豊かな弁当箱の中身を口に運んでいたりくが「そういえばさ」と話かけてくる。

「ゆづちゃん、知ってる? 東雲英明高校の事件」
「事件? え、なにそれ」

 東雲英明高校といえばジュンが在籍している学校だ。
 そして多分、今はあの夏原も同じ学園に在籍している。

「なんかね、高等部のアルファの生徒が、知り合いのオメガを何人も売春させる事件があったんだって」
「ばいしゅん?」

 売春ってあれか、身体を使ってお金稼ぎをするとかいう、そういうやつ?

「なにそれ知らないー」と佑月が返答すると、黄色い卵焼きを箸でふたつに切り分けつつ、りくは話を続けてくれた。

「噂だから本当のところはわからないんだけどね? 被害者のオメガたちも好きで身体を売ってたわけじゃなくってさ、アルファの男子高校生にフェロモンで無理やり発情させられて、ホテルやマンションで客をとらされてたんだって」
「うわわ、なにそれガチで悪い奴……」
「そうなの。怖いよね……。事件のことを知ったパパとママもさ、世の中には危ない奴もいるから気をつけろって、昨日からすんごくうるさいんだ」
「やー、それは言うって。そんなのアルファ性を信じられなくなっちゃいそう~」

 つまりそのアルファの男子高校生は、発情香を使ってオメガ性の知り合いたちを錯乱させていたということだ。
 客から得た金は、もちろんその高校生が手にしていたのだろう。
 オメガたちは弱みを握られたり、脅されたりしていて、かたく口止めをされていたということだった。

 ……今の佑月は夏原以外のフェロモンには反応しにくい体質だ。
 なので佑月にとってその事件はあまり身に迫るものではなかったけれど、「僕たちも気をつけないといけないねぇ」とりくに同調しておく。

 佑月のチョーカーの下にある噛み痕のことを、ここにいる友人たちはまだ知らない。
 引っ越しまでして封印した過去を、佑月はこの地で誰にも話すつもりはなかった。

 チョーカーとて、佑月はうなじを守るために装着しているわけじゃない。
 ――恥ずかしい過去を覆い隠し、周囲にいるフリーのオメガたちの輪に溶け込むために、自分は毎日かかさずチョーカーを装着しているのである。

(自分がオメガフェロモンを利用できるってことは、逆にアルファフェロモンを悪用されるリスクもあるんだなぁ)

 他人事のように心の中でつぶやいて、佑月は袋に残っていたクリームパンを口いっぱいに頬張った。
 口の中にまろやかな甘味が広がって束の間だけ幸せな気持ちに包まれる。

「その高校生のアルファ、イケメンで有名な人らしくてね……ゆづちゃん知ってる? くれぬま……なんだったかなぁ?」
「え、……えっ? まさか暮沼ジュンさんとか言わないよね!?」

 遠いはずの話題に、片想いの男の名前がいきなり飛び出してきたので、佑月は思わず身を乗り出した。

 りくも驚いたようにこちらを見返してくる。
「そう、その人だよ」とりくは嬉しくない返答を口にした。

「ゆづちゃん、知り合いだったの?」
「う、うん。何回かデートしたことがあって」

 佑月は動揺した。どういうことだ。――本当に彼が?
 事態が飲み込めない。ジュンが知り合いのオメガに売春させていた? 発情香を使って?

(ううん、彼はそんな人じゃないはず……っ)

 ぐるぐるぐるぐる考えても、よくわからない。
 そもそも、その噂は本当なのか? ――本当に彼がそんなことをしたのだろうか?

(悪いことをして捕まったから、だから連絡がつかないの?)

 小声でぶつぶつとつぶやいていると、りくは何かを察したようだった。

 りくはオレンジ色のナフキンの上に箸を置き、立ち上がると、佑月のそばに寄ってくる。
 そしてふわりと佑月を抱きしめてきた。

「……嫌なことはされなかった?」

 心配されているのだと、はたと気付く。
 りくはきっと、佑月がその事件に巻き込まれているのではないかと案じてくれているのだ。

「……なかった。一回だけ、ジュンさんに軽く抱きしめられて……ただ、それだけで……」
「良かった。本当に良かった。ゆづちゃんが無事でよかったよ……っ」

 泣きそうな声でりくが腕の力を込めてくる。

 りくがくれる温もりは優しくて、柔らかで、穏やかで――なのに身体の底にかすかな不快感が疼いた。
 今の佑月の身体は、友人との抱擁であってもやはり拒絶反応が出現するのだ。

 良かった、といつまでもりくは繰り返していた。
 佑月は身体を固くしたまま、「うん……」と小さな声で何度かうなずくことしかできなかった。


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