半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋(深嶋つづみ)

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第三章 「高校二年生」

第8話 チョコレート専門店

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 ショーケースの中には芸術品のようなチョコレートがいくつも陳列されていた。

 一口サイズのチョコレートにつけられた値段に最初はちょっとびっくりしたが、佑月は平静を装って商品を見比べていく。高価だけれど、どれも丁寧に作られたことがわかるものばかりだ。

(見てるだけでも楽しいかも。みんなと来たかったなぁ)

 チョコレート専門店と謳ってはいるけれども、立地からして学校帰りの学生も多く来店することを見越してか、チョコレート以外の菓子もそこそこ用意されている。

 光一の言っていたクレープの他にも、チョコレートドリンクや、ショコラタルト、マカロン、クッキーなども販売していて、店の外にはイートインスペースもあるようだった。

 可愛らしく包装されたギフト用の商品もいくつかあって、佑月は財布の中身を念頭に置きながら、光一の好みそうな商品を手にとっては、アルミ製の買い物かごの中にそれらを入れていった。

(そうだ! 一箱だけりくちゃんにも買って行こうっと)

『和コレクション』と名付けられた小さめのギフト商品をかごに入れたその時、佑月の背後から囁きあう声が聞こえてきた。

「ねえ、あの子オメガじゃない? なんでオメガがこの店にいるんだろうね」

 それとなく後ろを確認すると、グレーの制服――東雲英明学園の制服を着た女子生徒たちがこちらを見てこそこそと耳打ちしあっていた。

 この店はチョコレート専門店であって、アルファ専用店ではないはずだ。

 オメガ性だって商品を購入する権利はあるはずなのに、頭の良いアルファ性がそんなこともわからないのか――と佑月が心の中で呆れていると、今度は別の男女グループに「なあ、アンタさ」と横から声をかけられる。

 服装から、彼らも東雲英明学園の生徒であることがわかった。

「オメガなんだろ? フェロモン臭いし迷惑だからさぁ、この店から早く出てってくんねえ?」

 わざとらしく鼻をつまみながら絡んできた金髪の男子生徒の胸元をちらりと確認すると、ネクタイの色は紫がかった紺色だ。
 つまり、高等部生。自分と同じ年頃の相手にウザ絡みされたところで正直怖くはなかった。

 ――それに、フェロモン臭いというのもハッタリに違いない。
 今の佑月は以外のアルファ性にオメガフェロモンを感知されることはほぼないし、相手からの影響を受けることも皆無に近い。

 喧嘩を買ってやろうかと一瞬考えたけれども、さすがに分が悪いので、今回は受け流すことにした。

「すみません、すぐに買い物を済ませて店を出ますね」

 余裕の笑みを浮かべて言ってやった。
 さっさと踵を返して、レジに向かって歩いていく。
 背後から「発情させてやれば?」と嘲笑するような会話がきこえてきた。

(やってみろよ、ばーか)

 佑月が心の中で悪態をつきながらクレープのメニューを眺めていたそのとき、不意に自分の名を呼ぶ声がした。

「……水元?」

 声のしたほうへと振り返ると、店の入口には久しぶりに見る夏原がいた。
 佑月と視線が合うなり、夏原は険しい表情になる。

 店内にいる学生客の中には夏原を知る者もいるようで、「二年の夏原だ」「あいつの知り合いなの?」「うわ不機嫌そう」とこそこそと囁かれている。

 注目を浴びる中、厳しい顔つきの夏原は一直線に佑月のもとにやってくると、乱暴に腕を掴んできた。

「なんでこんなトコにいるんだよ! 早く帰れっ」

 いきなり小声で叱られた。

「な……っ!? 僕がどこで何しようと勝手でしょっ」
「馬鹿か! 場所と状況が最悪だって言ってんだよッ。せめてその目立つチョーカーと制服を隠してこいよ!」

 佑月は自分の身体に視線を落とした。
 ……生憎今日は上着もマフラーも家に忘れてしまっていた。清華学園はオメガ生徒が集まることでも有名だ。

 確かにこれでは、自分がオメガ性だと言いふらして歩いているようなものである。

 佑月の斜め後ろに視線をやった夏原は、はっとした様子で佑月を引き寄せ、今度は自分の背後に隠そうとする。

 彼の焦るような様子に気付いてそちらを見ると、さっきの男女グループが薄笑いを浮かべて近付いてきていた。

「夏原~、お前オメガと知り合いなの?」
「まさか恋人とか言わないよね? オメガのためにバト部のあっちゃん振ったとかウケるんですけど」
「……いや、そういうんじゃなくて、こいつは中学の時の同級生っす。さっさと帰らせるんで、手ぇ出さないでくださいよ」

 夏原の口ぶりから察するに、目の前にいる男女グループは自分たちよりも一つ学年が上らしい。

 いつもはふてぶてしい態度の夏原が、表情を引き攣らせてへりくだった言動をしていることに佑月は違和感を覚えた。

 店内の空気が悪くなったことを察してか、ショーケースの向こう側にいる気弱そうな女性店員はただオロオロとしている。

「夏原ってばヒーロー気取り? やだ、かぁっこい~」
「ははっ、オレらが悪役ってこと?」
「でも目の前にオメガがいたらなぁ? おれらアルファだし? 遊びたくなるじゃーん?」

 ぎゃははは、と下品な笑い声が店内に響き渡る。
 そっと佑月のほうを振り向いた夏原が、行け、と視線で合図してくる。

 ……まあ確かに、このままこの場にいてもトラブルの予感しかなかった。
 彼に助けられるなんて癪だったけれど、佑月はうなずいた。

「あっ待てよオメガっ! 夏原お前っ、ああもう邪魔すんなって!」

 商品の入ったかごを放り出し、佑月は店の出口に向かって駆けだした。勢いのまま店の扉を押し開けて、外に走り出る。
 背後で東雲の女子たちが呆れ交じりに笑っていた。

「あーあ、逃げられてやんの~。だっさ」

 リリリン、と鈴の音を響かせて閉じた扉の向こう側で、その後どういうやり取りがあったのか、佑月は知らない。
 
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