魔法具工房アルン

雲母 矢舞

文字の大きさ
1 / 4

1.貴族の男

しおりを挟む
 市街地から少し離れた静かな路地に、その店はあった。工房アルン。いつ頃から在ったかはわからない、奇妙な物を売っていると噂の店。アンティーク調の店内には今日も若い優しそうな青年と幼さを残した無邪気そうな少年が仲良く店番をしているだろう。
 今回の客は店から遠く離れた場所からわざわざやって来た噂好きの貴族らしい。この店で何が起こるのか、それはあなたの目でお確かめください…

   ◆ ◇ ◆

 工房アルンの店頭にあるカウンターの椅子に座りあくびをしている少年。名は綾瀬あやせ晃一こういち。付近の中学に通う中学生である。
「――ねぇ、蒼介。面白いことしてよ」
晃一が話しかけたのは店内の商品の埃を丁寧に払っていた青年。霧島きりしま蒼介そうすけは手を止めて晃一を見る。
「そうですねぇ…次に来る客はどんな人か当てましょうか」
腕を組んで考える素振りを数秒。最初から答えは用意してあったかのようにすぐ答えを出す。
「またそれ?昨日もやったよ。結局客は来なかったけどね」
やれやれ、といった風に晃一が首を竦める。カウンターから小さな壺を引っ張ってきて、中から小さなオレンジ色の透明な球体を取り出すとそのまま口に入れた。しばらくすると甘い味が口の中に広がるだろう。
「俺は貴族でも来ると思いますよ。晃一さんは?」
蒼介がそう聞きながら手を差し出すと晃一は壺から黄緑色の飴を取り出して手渡した。
「僕は…男の人。少し太った偉そうな」
飴を舐めたり雑談したりしていると、突然ドアについたベルが客の来店を知らせる。晃一が椅子から飛び降りて客のもとへ急ぐ。
(当たったよ、蒼介)
目の前にいる小太りの男性を見て、見かけだけは当たった、と蒼介に小声で話す。そして営業スマイルで男性に話しかけた。
「本日はどのようなご用件で?何でもありますよ」
すると小太りの男性が晃一を睨み付けるように見て吐き捨てるように言った。
「ハッ、こんなんじゃ話にならねぇ。店長を呼べぇ!」
乱暴な口調に偉そうな態度。振り回した手が商品に当たり床に転がる。その様子を見て晃一は黙り込む。
「ハハァ、こんなオモチャひとつ壊れたところで問題無いよなぁ!俺様は貴族様だからな!お前ら平民よりも偉いんだ!」
貴族の男が奥に進もうとしたときに床に転がった商品を踏みつける。ガチャリ、と音がして装飾として付けられていた透明で綺麗な石が粉々に砕けている。それでも晃一は黙って見ている。
「おおっと、スマンスマン。何て言うとでも思ったかぁ!こんな安もんの石にゃあ何の価値も無ぇもんなぁ!?」
貴族の男が躊躇無く何度も何度も商品を踏みつける。堪らなくなって蒼介が一歩前に出る。
「――ってめ…!」
「止めろ」
相手に掴み掛かりそうになった蒼介を晃一が静かに制する。粉々になった商品を拾い上げ、もとあった場所へ戻す。
「――申し訳ありません、お客様。只今店長は不在でして…私たちが対応させて頂きますので、ご用をお申し付けください」
晃一が営業スマイルを続ける。蒼介は驚いたような悔しいような顔をして晃一を見守っている。
「チッ…まあ良い。この店に何でも願いの叶う道具があると聞いたんだが、それを寄越せ」
あからさまな嫌な態度に蒼介は苛立ちを隠せない。晃一は何の感情も読み取らせないような不気味な笑顔で答える。
「かしこまりました。代金は要りませんので、少々お待ちください」
晃一が蒼介を連れて店の奥へ消えていく。客から声が聞こえないところまで来て、表情を崩す。
「晃一さん、俺はもう我慢なりません…!店長は貴方なのに何故不在だと言ったのです?」
蒼介が晃一に早口に捲し立てる。しかし晃一はゆっくり首を横に振った。
「僕が店長だと知ったらあの客が何するかわからないからさ。それに、商品にケチを付けられたなら商品で懲らしめないとね」
道具が整理されて並んでいる棚の奥の方から宝石箱のようなものを取り出してくる。蒼介が驚いた顔をしたが晃一は楽しそうに笑っている。
「――お待たせいたしました。アルンオリジナルの魔法具です」
カウンター越しに男に宝石箱を渡す。しげしげと眺めていたが、開かないとわかると箱を持ったまま、椅子に立っているため背丈のあまり変わらない晃一を見下すように見た。
「親の代わりとは惨めだな。精々俺様に気に入られるよう頑張ることだ」
そのまま男は去っていき、数分後には気配も何もかも消えていた。二人の記憶を除いて。
「あーあ、壊れてるの店で指十本には入る高いやつじゃないですか。戻ります?」
細い木の枝に宝石がついた杖のようだったそれは、枝は折れ石は砕けた見窄らしい姿になっていだ。
「うん、大丈夫だと思う。僕は魔法士だから」
晃一が目を瞑り集中すると、辺りに優しい風が吹き始めた。次第に風は晃一の周りに集まりだし、吹く風の中で晃一の姿が変わっていく。
『――形あるもの時には壊れ』
晃一の髪が腰の辺りまで伸びる。ふわふわしていた茶髪が真っ直ぐな長髪に変わる。
『命を失うこともあるだろう』
腰まで伸びた髪が銀色に染まる。風で靡く髪が店内の照明に照らされきらきらと輝いている。
『我は時を操るもの』
瞳が銀色に光る。蒼介は晃一の神々しい姿に思わず頭を垂れた。
『アルンテウスの名のもとに、あるべき形へ戻れ』
銀色の瞳が暗く煌めく。壊れた魔法具に手を翳すと、晃一を覆っていた風の膜がそちらへ移動し、風がやむ頃にはすっかりもとの形に戻っていた。
「さすがです、アルンテウス様」
銀色の長髪に銀色に輝く瞳。その姿の晃一を蒼介は“アルンテウス”と呼んだ。
「何、これくらい。アレウス、こちらの世界ではそう呼ぶな」
晃一は蒼介の言葉に謙遜する。が、アルンテウスと呼ばれたことに眉をひそめた。そもそも、二人はこちらの世界、人間界の者ではない。どうしてこちら側へ来てしまったのか知る者は人間界では誰一人として居ないだろう。

   ◆ ◇ ◆

 人間界の裏側。例えば人が通れないような細い隙間や鏡の向こう側には、魔法界と呼ばれる世界があった。すぐそこにあるにも関わらず人間界の人々が気づけないでいるのは、魔法界の人々のの力によるものである。
 魔法界にも人間界と同じく国や都市、村など様々なものがあった。その中のひとつにコロウルという小さな村がある。アルンテウスはそこの出身だ。魔法界の人々は、髪は黒、瞳はその者の得意な魔法属性の色が反映されるとされていた。しかしアルンテウスは銀髪に銀眼。周囲の同級生からは“落ちこぼれ”と言われ罵られる毎日だった。
 ある日のこと、当時通っていた魔法学園で召喚の授業が行われた。同級生たちは次々と中から高レベルの使い魔を召喚していった。ここでもまた、アルンテウスは「どうせできない」「やっても無駄」と罵られていた。とうとうアルンテウスの順番がやって来たとき、召喚用の魔方陣が今まで見たことがない黄金に輝き、召喚されたのは最高レベルの更に上、伝説級の金龍であった。それを見て学園長は思い出し語り出した。かつてこの世界に君臨した最高位の魔法士は銀髪に銀眼の少年であった、と。それからアルンテウスは“落ちこぼれ”と罵られること無く逆に崇められて生きてきた。その時に召喚されたのがアレウスである。
 アレウスを召喚し数年が経った頃、アルンテウスが魔法の失敗で一人の少女の命を亡くしてしまった。大人たちは「伝説の魔法士様は気にするな」「その子が不運だっただけだ」と励まそうとしたが、それがアルンテウスにとっては自分を責める言葉に聞こえてしまったのだ。
 そしてアルンテウスは禁忌を犯した。自分を責め続け、遂に少女を蘇らせてしまった。村どころか世界で裁判になり、アルンテウスは寿命を奪われ、人間堕ちの判決を言い渡された。村に帰ると少女が駆け寄ってきた。アルンテウスは一言だけ「ごめんね」と告げると人間界へ続く扉を目指した。その時に見た少女の辛そうな、何か言いたそうな顔は今でも覚えている。

   ◆ ◇ ◆

 貴族の男に宝石箱を渡して一ヶ月が経った。今日も相変わらず暇そうに店番をしていると、げっそりと痩せ細った男がこの前の宝石箱を持ってやって来た。
「オォイ、お前らァ…!騙したなァ…!」
男が凄むが落ち窪んだ目にガリガリの体躯では何とも威勢に欠ける。
「どうされました?商品に不備は無いはずですが」
男から宝石箱を受け取り開かないことや効力の効き目を確認した。
「その箱ォ…!俺様の体力をどんどん吸い取りやがってェ…!」
男の様子に晃一はクスリと笑う。蒼介は不思議そうな顔で晃一と男のやり取りを見ていた。
「いえ、これが願いの代償に吸い取るのは人間の“欲”だけですよ」
宝石箱に手を乗せながら晃一が頬笑む。しかし男は食い下がらない。
「だがァ…!俺様はこんなに痩せちまったァ…!」
魔法具の効力を知り、男の行動も予測できている晃一は何とも無いような顔で続ける。
「実質、今貴方には欲が無いはずです。この力に頼って全部手に入れたからとお思いでしょうが、欲を吸い取られて他に欲しいものが無くなったのでしょうね」
晃一は宝石箱を蒼介に渡すと、奥に置いてくるようにと頼んだ。そしてもう一度男を見据えると言った。
「これに夢中にならずにきちんと食事を取っていればこんなことにはならなかったはずですよ?」
晃一の不気味な笑顔に男は戦いて後退る。その様子にクスクスと、店内のも反応する。
「さあ、お帰りください。貴方の家で家族が待っているのでは無いでしょうか?」
無表情の晃一とカタカタと微かに震える魔法具たちに恐れを成して男は逃げるように店から出ていった。
「晃一さんも酷いことをなさる…」
蒼介が奥から皮の袋を持って帰ってくる。皮の袋の中からカツン、と何かがぶつかるような澄んだ音がした。
「で、今回の成果は?」
晃一が聞くと蒼介が頷いて皮の袋を傾けて何かを取り出す。それは小さい透明の宝石のような石。数は数十個。
「うーん、欲が汚いなぁ…純度が悪い」
晃一は少し濁った青色の石を光に透かして見る。カウンターの引き出しから同じような素材で出来た棒を取り出すとその石を軽く叩いた。
『俺様をもっと金持ちにさせろ!』
どこからか先程の男の声が聞こえた。石の中から声が出てきているようだ。
「やっぱり汚い。これは良い魔法具作れないね」
男の“願い”が詰まった石を次々に叩いていくがどれも汚い願いばかり。石の透明度も低い。
「どうして彼に欲望の箱なんかを?」
蒼介が石を透明な瓶に仕舞いながら晃一に問いかけた。
「んー、そうだなぁ…」
壺から取り出した飴を舐めながら晃一が言った。
「あいつは横暴だから欲を吸い取るハコが一番かなって思ったんだ。でも、上手く行き過ぎたね」
晃一がイタズラっぽく笑った。
「では、何故食事をしていないことがわかったのですか?」
蒼介が瓶を持ったまま真剣な顔で身を乗り出す。
「あいつは欲が有ればそれを最初にするだろうと思ってさ。欲望の石の数も多いし、一ヶ月とは行かずとも長い間食事を抜いてたんじゃない?スリムになりたいっていう石も沢山あったし」
晃一の言葉に蒼介は言葉を失う。長い間生きてきたがこれほどまでに頭の良い者を見たことがない。蒼介は微笑んだ。
「さすがです。でもこの石では魔法具は作らないのでしょう?純度の高い石を生み出す人間を見つけないと帰れないのに…」
裁判で定められた人間堕ちから、魔法界人へ戻るためには人間界で純粋な願いと心を持った人の石を持ち帰らなければならないのだ。今ある魔法具には純粋な石が使われているが、自分で手に入れないと駄目らしい。石を集めるために魔法具を作り始めたのだが、それはまた別の話。
「それはそれ、これはこれ。まだ店にはいろんな魔法具があるからね」
晃一が両手を広げると、魔法具に使われている石が光り出した。
『そうね、アルンテウス様』
いつの間にか近くに幼い少女が立っていた。腕の包帯と綺麗な瞳の色から、貴族の男に壊されそうになった魔法具の精霊だと蒼介は思った。過去に『元気になりたい』と願った病弱な少女の純粋な心から出来ている石だ。純粋な石には精霊が宿り、願いを言った相手の姿を真似してこちらへ姿を現す。
『そうね』『そうさ』『そうだよ』様々な声が店内から聞こえてきた。ここにある魔法具は純粋な願いから生まれた石で出来ている。全てに精霊が宿り、晃一の声に反応する。賑やかな店内で晃一は次の客に期待するのだった。



Next…“少年”
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

物語は始まりませんでした

王水
ファンタジー
カタカナ名を覚えるのが苦手な女性が異世界転生したら……

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...