魔法具工房アルン

雲母 矢舞

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2.同級生の双子~兄~

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 市街地から少し離れた静かな路地に、その店はあった。工房アルン。いつ頃から在ったかはわからない、奇妙な物を売っていると噂の店。アンティーク調の店内には今日も若い優しそうな青年と幼さを残した無邪気そうな少年が仲良く店番をしているだろう。
 今回の客は店の近くに住む、面白いことが大好きな双子兄妹の兄の方らしい。この店で何が起こるのか、それはあなたの目でお確かめください…

   ◆ ◇ ◆

 今日も晃一こういちはカウンターの近くにある椅子に座り誰も来ない店の店番をしている。外では雨が降っており、夏だと言うのに少し肌寒い。
「晃一さん、紅茶はいかがですか?」
店の奥から蒼介そうすけが陶器の白いポットと二つのティーカップを持ってくる。カップに紅茶を注ぐと晃一にすすめた。
「ありがとう、蒼介。それにしてもこの前の客以来全く来ないね」
晃一はカップを受け取ると紅茶をひと口啜った。はぁ、と温かい息を吐くとカップをソーサーに戻した。
「こんな雨の日ですからねぇ…」
蒼介は紅茶に角砂糖を落としながら呟いた。静かな店内には外から入ってくる雨の音しかしない。
『何でこんなに静かなんです?』
いつの間にか横に立っていた少女に驚いて蒼介は紅茶を吐き出しそうになる。何とか持ちこたえ、少女に話しかける。
「ウェンスさん、いきなり現れないでくださいよ」
ウェンスと呼ばれた少女は首を傾げて言った。
『どうして?私はアルンテウス様に会いに来たの。たかが数百年の使い魔の分際で私に逆らわないで』
可愛い顔をしてなかなかに毒舌。少女の姿をしているが数千年生きる精霊であり、店の魔法具のひとつに宿っている。この前の貴族の男の一軒以来時々店に現れては晃一や蒼介を驚かす。
「ありがとう、風花ふうか。でも、店で僕を呼ぶときは“店長”か“晃一さん”で頼むよ」
晃一が苦笑いをしてウェンスに言う。風花とは晃一がウェンスに付けた人間界風の名前で、苗字は藤原。
『すみません、晃一さん』
シュンとした様子の風花の頭を晃一が優しく撫でる。
「ついでに言語も変えようか。人間には通じないからね」
風花は少し寂しそうに頷くと、コホンと咳払いをしてから話し出した。
「これで大丈夫ですか?」
少女らしい愛らしい声。高過ぎず低くもない絶妙な調整だ。
「うん、それなら大丈夫」
魔法界人と人間界人では声の出し方や言葉が大きく異なる。最初のうちは外国人で通そうかと思っていたが接客に大変だと人間界の言語を覚えてもらった。
 風花の他に数人の精霊も集まって談笑していると、不意にドアベルが鳴った。風花を残し精霊たちが姿を消すと、晃一は客に声を掛けた。
「いらっしゃいませ…って迅?」
そこにいたのは同じ学校に通っており、しかも同じクラスの少年、じんだった。いつも双子の妹の千秋ちあきと一緒に居るからか一人で居るのを見たことがない。
「よお、晃一。バイトか?」
驚いたように挨拶をする迅。悪気は無いのはわかっているが説明するのが面倒くさい。
「いや、ここ僕の家なんだ。兄さんと妹」
晃一は兄さんと言って蒼介を、妹と言って風花を指した。家族でもない人と暮らしていると知れたら大変なことになるだろうと咄嗟に思い付いた策だ。
「あ、俺二階堂にかいどうじんです。弟さんに世話になってます」
迅が蒼介に話しかける。そう言われて戸惑う蒼介を見て晃一と風花は笑いを堪えていた。
「ええ、こちらこそ弟がお世話になって…」
二人が笑いを堪えていることに気づき蒼介はひきつった笑顔で迅に返事をする。
「妹ちゃんもよろしくね」
迅がしゃがんで風花と目線を合わせる。にこりと微笑むと握手かハイタッチを求めて手を差し出す。
「お兄ちゃんのこともよろしくお願いしますね」
風花もニッコリと微笑んで握手をする。後ろでは蒼介と晃一が笑いを堪えていた。
「さっそく本題だけどさぁ、ここに願いの叶う道具?があるって聞いたんだけど」
迅が立ち上がって店内を見回す。近くにあった表紙に赤い石が嵌められた本を持ち上げた。
「それは願いの叶う本、最初の五ページに願いを書くと叶えてくれる。でも、最後の方のブックボックスは開けてはいけないよ」
晃一はいつものように代金はいらない。と言って迅に本を渡した。訝しげな目で何度か後ろを振り返りながら迅は帰っていった。
「良いんですか?あれ、晃一さんが始めて作った魔法具でしょう?」
蒼介の言葉に晃一は満足そうに頷いた。

   ◆ ◇ ◆

 アルンテウスが人間界にやって来て最初にやったことは店を開くことだった。今工房アルンが建っているその場所に、魔法で今と全く変わらない外観の店を建てた。それが工房アルンの始まり。
 店の建物を建てたら次は商品を並べた。せめてもの餞別にと魔法界から送られてきた石を集めるための道具。様々な形状をしているが全て目的は同じ。人間の欲を吸い取り、より純粋な願いの持ち主を探し出すこと。そうすれば人間堕ちも魔法界へ帰ることが出来るから。
 契約は解いたはずなのに何故か付いてきた金龍のアレウスの姿を人間に変えて、人間界の言語と振る舞いを叩き込む。数ヶ月で立派な大人の男性にすることが出来た。アレウスはアルンテウスに近づけるから、と今の姿を気に入っているようだ。
 アルンテウスは人間界で読書というものに興味を示した。だから、ただひとつだけ赤い石のままで送られてきた純粋な願いを本の形の魔法具に仕上げた。ブックボックスと呼ばれる本型収納箱だ。収納の前にはページを付け、願いを書き込めるようにした。その石が自分が生命を途切れさせ、また繋げてしまった相手が自分を追うように人間堕ちし、生み出したものだと知ったのはずいぶんと後だった。
 願いの叶うブックボックス、悲惨の本は長い間誰の手にも渡らず店内の一番明るい場所で大事に管理されていた。

   ◆ ◇ ◆

 夏休みの終わり頃、もう一度迅が店を訪ねてきた。本を両手で抱え、何者かに怯えるような目をしていた。
「どうしたの、迅」
晃一は読んでいた本に栞を挟むと、優しく聞いた。
「お…俺の本を誰かが、ね…狙ってるんだ。た…助けてくれよぉ…!」
情けない声を出しガタガタと震える。何か様子がおかしい。そう言えば、つい最近教室で迅の様子がおかしいと誰かに言われたことがあった気がする。
「落ち着いて、ここには僕の家族と迅しかいない。心配なら風花にドアの鍵をかけさせようか」
晃一が問いかけると迅は首を横に振った。
「大丈夫だ…落ち着いた…。ここ最近ずっと誰かに見られている気がしてな」
願いの叶う本を持ったからだろう。誰かが狙っているというのは被害妄想という。
「大丈夫だよ、誰も狙っていない。それにその本は持ち主と認めないと使わせて貰えない」
晃一が作る魔法具は使い魔と似たようなもの。契約をしないと願いを叶えてくれない。代償はやはり人間の欲だ。欲を吸い取り終わると同時に契約も終わり、持ち主が魔法具を返しに来てくれるのだからありがたい。
「俺もうこれいらない。他に欲しいものもない」
迅は本をカウンターに叩きつけると早足に去っていった。
「乱暴だな、ごめんよ。もう君の名前も思い出せないけれど」
晃一が愛しそうに赤い石を撫でる。その様子を見て蒼介は息を飲んだ。
「さて、蒼介。瓶を持ってきてくれる?」
蒼介の方を向かないで晃一がそう言った。今日は風花は石の中にいるらしい。
「持ってきましたよ」
何も入っていない透明な瓶を持って蒼介が戻ってくる。晃一がブックボックスを開くと、中には色とりどりの石が入っていた。
「これ…迅は開けてしまったのか」
くすんだ色の石を見て残念そうに呟く。人間の欲というのは本当に愚かだ。だから本はこんなに早く帰って来たのだろうか。
「本当ですね…色が褪せてしまっています。折角綺麗な石が手に入るかと思ったのに…」
蒼介が両手に石を持って光に透かしている。くすんでいなければ本当に綺麗だったかもしれない。
「人間の性だよね。開けるなと言われると開けてしまう。お陰で早く帰って来たけど」
晃一が願いの書かれたページを捲る。中学生らしい小さな願い事だ。迅は純粋な心は持っているが、欲に負けてしまった。
「――晃一さん、悲しいときは泣いても良いんですよ?」
蒼介が晃一の頭を優しく撫でる。晃一の目には涙が浮かんでいた。
「だって、もう名前も思い出せない…僕に悲しむ権利なんかないんだ」
晃一は少女を思い出していた。姿や声は思い出せるのに、自分との関係や名前がハッキリと思い出せない。
「それは言えない。ここに来るときに俺も口止めされました。しかし、それは人間堕ちの呪いによるものです」
蒼介が晃一を優しく抱き締める。それは端から見ると兄弟のようであった。
「やっぱり蒼介も魔法界の味方なんだね…」
晃一の目から頬に涙が伝う。蒼介の腕の中で静かに嗚咽を漏らしていた。
「俺はどちらの味方でもない、俺自身の意志で決めます。今晃一さんに記憶が戻ったら、晃一さんの精神が危険な状態になると判断しました」
自分の腕の中で嗚咽を漏らす晃一を見守り、優しく言い聞かせるように語った。
「――っく、ひっく……うぅ……」
晃一は涙を流し続けている。蒼介は晃一が泣き止むまでいつまでも頭を撫で続けていた。



Next…少女
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