オリュンポス

ハーメルンのホラ吹き

文字の大きさ
上 下
1 / 60

プロローグ

しおりを挟む

深く暗い森の中を、淡い桃色の服を着た少女が駆け抜ける。


小さな体を動かし、生い茂る草叢をかき分け、

地面から飛び出た根をよじ登り前進する。そこは野生の森。


7歳にも満たない少女には余りにも危険な場所だ。


「見つけなきゃ、絶対に見つけて!」


幼いとはいえ少女もそれは知っていた。

鍛えた強い大人たちでも命を簡単に落としてしまうような場所。

お母さんとお父さんは、一人で村の外に出歩かないように注意していた。


しかし、その両親を守る使命感こそが少女を森に駆り出す。

少女の母は村の治療所では直せない病気を患い、寝込んだ生活をしていた。


急激な変化はないものの、容体は1日また1日と悪くなる。

父親は営業している宿の管理に追われ、母親を満足に看病できない状況にあった。


そこで少女は聞いてしまった。森の中にある龍脈と言う場所に咲く白い花が必要な事を。

少女は龍脈が何かは知らない。

しかし、お父さんが無理なら自分がしなければいけない。

それが少女が一人で森に入った理由だった。


自分を奮い立たせて勢いに任せて森に入ったものの、

遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声や突然動く草叢が次第に少女の心を怖気付かせる。


「龍脈と白いお花。どこにあるの?」


走っても走っても見つけられない龍脈と白い花は、少女に悪い考えばかりを思い浮かばせる。


(お父さんが約束したもん。大丈夫だって...。)

(お母さんが言ってたもん。すぐ良くなるって...。)


奮い立たせようにも、走れば走るほど削られる子供の体力と精神力は既に限界にきていた。


(でも、もしお母さんが... もし...)


心に少し罅が入った時のことだった。


「ワンちゃん?」


目の前に大きな灰色の犬が現れ、少女は歩みをやめる。

普通の犬よりも大きく、見た目も犬のそれと比べ怖い。

狼だった。


品定めを終えた狼は、ゆっくりと唸り声をあげながら少女に近づく。

獰猛な目を見た少女は、恐怖のあまり一目散に走り出す。


逃げる少女と後を追う狼。

狼は少女が最初から体力の限界にきている事を悟り、無理に仕留めにはかからない。

狼の仲間が一匹、また一匹と合流し少女の周りを包囲し、着実に追い詰める準備をする。


(いや!!いやだ!お母さん!!お父さん!!)


涙を流しながら必死で走るが、

落ち葉で見えなかった木の根に引っかかった少女はその先にある急な坂を転がり落ちた。


俯せの少女には、体にいくつもの切り傷ができており、

顔と可愛らしいピンクの服には泥が付着している。

意識がはっきりとしない。


「う、ゔぅ、う」


(身体中が痛い。もう動けない。)

(痛い。冷たい。怖いよ。)


泣きながら思い出すのは、両親の笑顔。

優しくていい匂いのする母と、いつも娘のことを考える父の姿だ。


遂に動かなくなった少女に近ずく6匹の狼はにはなんの表情もなく、

ただ獲物を仕留める冷徹な視線を獲物の首元へと向けている。


(いやだ。死にたくなぃ。死にだぐな゛いよ!)


ゆっくりと、ゆっくりと少女は最後の抵抗と、痛む腕をあげて体を動かす。

意識の薄い中、かろうじて開いた目から見えたのは不思議な色を放つ石は、

魔法の石だった。
しおりを挟む

処理中です...