オリュンポス

ハーメルンのホラ吹き

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醜き者との遭遇

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「気持ち良いのぅ。」


アルがいるそこは、初めて下界に転移され降り立った森。

アイーシャと初めて会った森だった。

当初と同じように川に入り、自分の身を清めて涼しんで楽しむ彼の姿。

普段の鋭い顔からは信じられないほど柔かな表情を浮かべている。

視線を少し下に向ければ、普段はお目にできる事のできない肉体美が。


(森林浴、極楽かな。幾億の間もこの験をみすみす手放しておったとは。)


吾ながら信じがたいこと。

これは定期的に来る必要があるのう。


アルは冷たい水に体をまかせ脱力仕切っていた。

周囲には鹿に似た魔物。水を飲みにきたのだろうか?


それを気に周囲を見渡す。

澄んだ水。綺麗な空気。

青々とした緑に、隙間から照りつける光。


「よくよく見れば、なかなかの景趣であるな。」


ゆっくりといにしえを思い出す。

見えるのはオリュンポスに在った自分の《聖域》。

イルクルの魔力が走る肥沃な土地。

神性を有り余るほどに受け、巨大に成長した草木。

繁栄を喜び飛び回る精霊の数々。

そこに住み着いた魔物は主の魔力の影響を受けて力強く成長していた。

歩けば守護神の凱旋だと繁栄を約束された魔物がイルクルを敬い平伏す。

数々の頂点としての記憶。

最強の一角として君臨した至福の時だった。



しかしそんな幸せな光景も瞬きの一つで転機を迎える。

盛大に燃え上がる聖域。

侵略する複合された魔物・眷属の群れと、迎撃する魔物・眷属の苛酷で残虐な殺し合い。

周囲には響き渡る衝撃音と地響き。

聖域の遥か上空には、星が震える魔力と神性を放ちながら交差する存在の数々。

複数の星を容易に破壊する神の権能が衝突することで発生した空間のズレと真理の崩壊。

そして訪れる禍威の混沌狐として生きた世の最後。


「クックック。この吾がな...。この吾が不覚を。」


彼の表情は、これまでと一変し憎しみが溢れ返った。

周囲のありとあらゆる生き物が、森の奥から漂ってくる魔力と殺気に気が触れて逃げ出す。

近くにいた鹿に似た温厚な魔物に至っては腰を抜かし、木からは小鳥がバタバタと落ちた。


「覚えているぞ。其方の存在は鮮明にな。吾の言葉に二言はない。その格を地に落とし禍威の有象無象にその身を貪らせ、その残り屑を畜生にでも喰わせてくれる。」


時が流れ薄れははずの憎しみは、記憶とともに蘇る。

未だにその想いは顕在だった。

しかし、その溢れ出ていた殺気も嘘だったかのように引いた。


「おぉ。危ない。ここの『星守り』に気づかれてしまうところじゃったか。」


自分が周囲に及ぼしている影響に気がつき、気持ちを控える。

「吾としたことが...。」と少し反省する。


「無闇矢鱈に吾が力を振るうものではないな。」


下界は脆い。

力加減で折角の平安が台無しになってしまう。

アルは反省しつつ、その後も森林浴を十分に楽しんだ。







「歪も歪よの。《魂転生》の者か?」


水から上がり服を着込んだアル。

彼はこの森にきた当初の目的だった、魔物の活性化なるものについて調べていた。

そこで何かに気づいたのか。

彼は明後日の方向を向いて呟く。


目には彼岸花の文様。アルの神眼だった。

千里を覗き、見た物の深淵を覗く《神眼》。

そんな神の目の能力を使用し、興味深い物を見ていた。

魂がこの星の生物として適合し切れていない醜い生物。

《魂転生》やそれに似た形で星を移動した魂を見つけたのだ。


「どれ。ネズミ・・・かどうか品定めするか。」


軽く地面を踏めばアルの体が跳んだ。

瞬きを許さない速さ。

その生物の前に現れる。


「!?」


目の前にいたのはゴブリンだった。

ゴブリンは突然目の前に現れた存在を見ると、知性の低いゴブリンとはかけ離れた行動をとった。

全力で反対方向に駆けた。


「これ。逃げるでない。」

「ガ、ア゛。ギャ」


そんなゴブリンをアルは容赦無く首元で掴みあげた。

首元にかかる力が相当な物なのかゴブリンはもがき苦しむ。

気にかけることなく《魔力感知》を発動。

醜い生き物の体内に干渉する。


「他神の祝福を受けているではなかったか。運が良いの。」


アルはこの星を侵略するために寄せられている神々の使徒のような存在を、ネズミと呼んでいる。

そしてそのネズミであれば、他神の祝福も権能も吸収し殺していた所だ。


(そうか。ネズミでないか。)


《神眼》でこの生物の魂をさらに覗く。

この星の醜い生物としての魂と、人間と類似した魂が混入している。

どうやらこの元人間は、奇跡に近い何かを経て別の生物に転生したと言う訳だ。

しかし一つの星で奇跡であれど、幾千、幾億、幾兆の星があればそこらで奇跡は起きる。

アルはそんな奇跡を十分に見てきたので驚きもしなかった。


『《念話》其方、ここで何をしておるか?』


アルはアイーシャとの遭遇で学習し、こう言う事もあろうかと《念話》を習得していた。

その顔を覗き込みながら質問を投げかける。

頭に声が響いたことに驚きを覚える醜き生き物ゴブリン

しかし即座に状況を理解したようで、対話を図ってきた。


『こ、こ、こ、こ。殺さないでくださ゛い。車に轢かれて、目を覚ましたらゴブリンで。醜い姿で気分を害してしまって申し訳ないです。す、すいませ゛ん。だから、だから殺さないでください!!!』

『五月蠅い。黙れ。』


一発頭を叩いてやれば伸びたカエルの様に静かになった。


(騒がしい奴じゃ。)


神眼といえどもその記憶までは見えない。

しかし質問をし、その魂の動きを覗き見ることによって嘘か真かを確認することは出来る。

醜き者はその仰々しい目で睨まれて動けなった。


(...ふむ。目を覚ませばこのあさましい生物になっていたと。確かに嘘は付いていないようじゃ。)


偶発的にこの星に転移した。誠であった。


「お、お願いします。殺すのだけは...」

『其方は誰の許しを得て話しておるか。』

「すみません。...ぎゃっ。」


目の前の生き物が知性だけは高い下界の弱小生物と判断すると、その首根っこを離し地面に落とした。

地面にぶつかり醜い声を上げるゴブリン。

アルはその声を気にもかけない。


『其方はコレからどうするか?』

「どう...とは?」

『魂を覗き見た。元人間であろう?どう生きるのかを聞いておる。』


アルの投げかけた質問にゴブリンは恐る恐る質問で返す。

気を損ねたら殺される。そう思っての事だった。

だが元人間だったゴブリンには野望があった。

元いた世界にあった小説のように、魔物ながら最強に成り上がると言う夢が。


「と、とりあえずこの森で頑張って生き延びたいです。そしていずれは」

『そうか。生きたいか。ちょうど良い。其方には吾が祝福を与える。生きてみせよ。』

「え...え!?スキルが。か、神様!?神の加護が付いてる!あ、ありがとうございます!」


醜き者から覚悟を決めたような声が伝わってくる。

それを「お前の事情は知らぬ」と遮り、アルはこのゴブリンに自身の祝福を与えた。

遮られた魔物はポカンとした顔を浮かべた。

しかし何もない正面を見て、醜き者は観天喜地の境地に至ったかのように喜んだ。

首元を締め上げられ、地面に投げ捨てられたというのに。

その魔物の目は、善良な救世主を見るような目だ。

それほど弱小魔物として辛い思いをしていたということなのだろう。


だがアルの興味はそんな所にはなかった。


(素晴らしい!)


この星の成長度合いを確認するのに丁度良い駒を手に入れた。

此奴が生物として進化する。

さすればこの星の生物のおおよその成長速度と強度が確認できる。

最後に現れる『星守り』の実力も計れると言うもの。

最弱の祝福であるが、この地を生きるには十分であろう。


『精進せよ』


膝を曲げ、額を地につける謎の体位をとる醜き者の姿を最後にそう言い残した。

アルはその場を去るのであった。




(さて、彼奴のの言うスキルとはなんの話か?聞かぬ言葉よ。)
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