オリュンポス

ハーメルンのホラ吹き

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子供の戦い

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ギギは人間の子供を追い込んだ。

人間の軍は数で勝るゴブリンで押し込んでいる。

子供は仲間から隔離された状況で、完全にこちらの手の中だ。


殺した無数のゴブリンの返り血を浴びた子供は、既に満身創痍。

ギギの右手に握られた武器を振り下ろせば、これまで殺した魔物のように簡単に殺せそうだ。


絶対的優位を確信しながらも、ギギは武器を手に握った状況で様子を見る。

自分に向かって短剣を構える子供。

生命を諦めても良いような絶望的な状況で、子供はまだ戦う気があるようだ。


(こいつ、まだやる気か。魔物とか動物は死を受け入れる瞬間が来るんだけどな。人間だけは最後まで抗う。といってもそこらのゴブリン相手に、手も足も出ないほど追い詰めた。お前たちの仇、今とってやるからな。)


ギギはパスの感じられなくなった2匹のホブ・ゴブリンの仲間を思い、

仇をとるため目の前の子供へと歩みを進める。


「ホブ・ウィザード。ようやく一対一でやりあう気になったのかい?」


「...。」


子供がギギに話しかける。ギギから返答は帰ってこない。


(他の冒険者もこの言語を使ってるようだけど、なんて言ってんだろうな?逃がしてくれとでも言ってんのかな?)


命乞いをしているには思えない子供を見ながら、黙って近づくギギ。

元いた星とは違う言語を扱う原住民の言葉はギギには通じない。


(それにしては、随分と余裕そうな顔をしてんだよな。)


距離を詰めながら子供をしっかり観察する。

ギギには子供の表情が妙に余裕があるように見てとれた。


(もしかして開き直って挑発でもしてんのか?)


子供の余裕ある態度を見てギギの手に力が入る。


(挑発だったら乗ってやんよ。逃げれると思うなよ?)


二人の間にピリッとした雰囲気が走ると、ギギが動く。

急加速。油断なく子供に突っ込んだ。


首元を刈り取るギギの斬撃。

ユーバッハは即座に反応し、短剣で一撃を流す。

受け流した際の顔は険しい。


「いっ。手が痺れる。ゴブリンなんかに!」


立て続けに打ち込まれる斬撃。

どれも確実に死を迎える太刀筋をギギは繰り出す。

ユーバッハは軋むような感覚を覚える体に鞭をうち、猛攻を切り抜ける。

二人の間で舞い踊る無数の火花。


(なんなんだよこの餓鬼は。あれだけ巨大な魔法を使ってまだ動けんのかよ。大人になったら「最強の魔法適性ある俺はのんびり~」でもするつもりか?あ゛!?俺はゴブリンだってのに!気に入らねぇ!)

(ゴブリン程度に負けてられるか!最強クラスの魔法適性を持ってるんだ!今死んだら今までの努力も、約束された成功も全部水の泡だ!)


ギギとユーバッハ、それぞれの思いが交差する。

その中で精神戦に負けつつあるのはギギだった。


(こいつ一体?...まさか、これも全部仕込みか?)


相手を油断させ確実に死をもたらす一撃を入れる。

仲間のホブ・ゴブリンにも仕込ませておいたからこそ、

ギギは異常な子供の力の底を捉えきれず、奥の手を隠していると深読みしだす。


神から加護を得た自分相手に攻め立てられているこの状況で、

まだ死んでいない相手が不気味に映る。

ギギの緑の肌に滲む嫌な汗。

意図していない場所で、ユーバッハはギギを上回っていた。


その疑念が作り出す隙にギリギリしがみ付いているのが目の前の子供だとも知らずに。


「だめだ。魔力が...」


しかし、その抵抗もついには途切れた。

ユーバッハが崩れるように体を地面に落とす。

無限にも感じられる魔力が底を見せた瞬間だった。

体を支える力も残っていないらしい。


ギギは微妙に安堵の表情を浮かべ、地面に伏せた子供を見下ろす。


「ギ、ギギィギギャ」(仲間の仇だ。そのまま惨めに死んどけ。)


ゴブリンの返り血で湿った髪のすぐ下へ、鋭い刃が...。

首を切り落とす寸前で止まった。


(ん?)


何が起こったのか。なぜ自分の剣があと少しの所でこれ以上動かないのか。

ギギはゆっくりと自分の手を、腕を見た。

視界に入ったのはゴブリンの腕を掴む人間の手。

同時に耳元で聞こえる声。


「ホブ・ゴブリンにしてはとてつもない腕力ですね。しかしゴブリン風情が調子に乗らないことです。」


頭が、本能が危険だと理解する前に腹に感じる拳の感覚と強い衝撃。

体の中にある酸素が一気に吐き出され、苦しさを感じるとともにその場から吹っ飛ばされた。

硬い音を鳴らしその場に残ったのはホブ・ゴブリンの扱っていた剣のみ。







本当にギリギリのタイミングで現れた付き人二人により窮地を助けられたユーバッハ。

動けないと訴える体をこれ以上酷使することはやめ、口を開ける。


「ウィルフォード、スグハ。色々、遅すぎる。」

「申し訳ございません。しかしながら、ユーバッハ様の健闘ぶりには感涙いたしました。」

「坊っちゃま!素晴らしい健闘ぶりです。まさか近接を実戦でここまでモノにしようとは。」


魔力が枯渇し、体力も限界に達し、立ち上がる気力もないユーバッハをスグハが抱き抱える。


「ここからは我々が全てを引き継がさせていただきます。ユーバッハ様はご安心ください。」

「お願い。二人に任せる。」


首から上と、指先しか動かないユーバッハは、

二人が現れた安心感から、最後にそう言い残すと泥のように眠ってしまった。

ウィルフォードはそれを確認し、スグハに話しかける。


「ユーバッハ様を今すぐにでも馬車に戻してあげたい所ですが...侯爵家としてこれを見なかったことにはできませんからね。どうします?」

「そうですね。ウィルフォードであれば一人で片付けることはできると思いますが、少々骨が折れますか?」

「何を馬鹿な事を。まだまだ現役ですよ。幼いユーバッハ様一人でホブ・ゴブリンの希少種を2匹も倒せるならば、私は30匹は一度に相手できます。貴女の方がこのような場合は得意だと思いましてね。」

「それもそうですね。では私が大方のゴブリンを魔法で片付けますので、残りをササっと片付けていただければ。」


ユーバッハのトレーニングは終わった。

この状況をこれ以上引き伸ばす理由はない。

侯爵家の人間がいたことは隊長格は知っている。

このまま撤退し、放置した結果事が大きくなれば、後々仕えている侯爵家に迷惑がかかるかもしれない。

二人はこの状況の沈静化に移行する。


スグハが魔力を開放し、これまで抑えていた魔力を繊細に扱い体を循環させる。


「《水牢》」


変質した魔力が水を形成し、丸い水の牢獄がいくつも出来上がる。

中には数百のゴブリンを捉えた巨大な《水牢》や、1匹だけを捉えた小さな《水牢》が。

中では呼吸することができないのか、ゴブリンはどれももがき苦しんでいる。


形成された《水牢》は、ゴブリンを捕まえると水の柱を伸ばし頭上高くへと持ち上げられた。


「《凍結》」


表面が薄く結晶化したかと思えば、持ち上げられた水の玉は瞬く間に氷付いた。

もがき苦しむゴブリンの姿をそこに保存することが目的かのような。

悪意を感じるような魔法だ。


先ほどまでゴブリンと戦いを繰り広げていた兵士や冒険者も、あまりの光景に声が出ない。


「なかなかすごい光景ですね。残りのゴブリンもよければ処理しますか?」

「冗談はやめてくださいウィルフォード。流石に魔力をこれ以上使うのは吝かです。私は一足先に馬車に帰りますので、あとはお願いさせていただきます。」

「わかりました。では、スグハにはユーバッハ様をお願いいたします。」


スグハはうなづくと、ユーバッハを抱き抱え姿がその場からかき消える。

スグハの魔法が作り上げたあまりの光景に静かさを取り戻した森に、今度はウィルフォードの声が響く。


「ゴブリン退治も終盤にございます。ここからは私も取り残したゴブリンを討伐させていただければと思いますので、皆様のご協力いただければと思います。」


そこからは状況が打って変わり、人間による一方的なゴブリン退治が始まった。
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