オリュンポス

ハーメルンのホラ吹き

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愛するモノ

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- 村のハズレ 聖樹周辺 -


(まさか。こんな事があるのか。)


ユーバッハの視線が目紛しく動いている。

視線が追っているのは家臣である2人の男女。

スグハとウィルフォードの姿。


2人はいつものユーバッハに合わせた速さではなく、

軽く模擬戦をする時の力加減ではなく、

普段の余裕が垣間見える態度ではない。


少し前、自分自身がゴブリンの中で命をかけてサバイバルをしていたような、

コレまでで最も真剣な顔をした2人を見ていた。


「っ!!」


スグハが鋭く振り抜いた蹴りによって蹴り上げられた小石は、

弾丸のような速度でユーバッハのすぐ横の地面を抜けていった。


当たれば間違いなく痛い。

当たりどころが悪ければ死んでいたかもしれない。

護衛として失格…などと言ってる暇はない。


(あのスピードがAランクの本気なのか。修練次第であの次元に到達する?無理だ、考えられない。)


近接・接近でDランク相当の実力を自負しているユーバッハ。

前世の記憶から少しは武術・武闘の何たるかを理解し、我ながら極めたと思っていた。


それでも、今の自分と家臣の2人との間には隔絶された実力差がある。

この世界の戦闘は魔法を始め想像の遥か上をいく。

ランク最高峰のAランクがこれほどのものだったとは...。


そして何より。


(ウィルフォードとスグハ相手に。一体何者なんだ?あの獣人は。)


2人が手加減という言葉を忘れ全力で撃ち込んでいる相手。

白髪隻眼の獣人は、Aランクである2人相手に互角に渡り合っている。


「あ!ウィルフォー…」


ウィルフォードが獣人の尻尾に薙ぎに直撃しユーバッハを超えて吹き飛ばされた。

一瞬で自分の視界から後方へ飛んでいったはずだが、


(え?何がどうやって?反応速度がおかしくない?)


振り返る瞬間にはどうやってか体勢を持ち直しウィルフォードが再びユーバッハを通過した。

視線を獣人に戻せばスグハが拮抗を保てなくなったのか地面に押し倒されている。


(スグハが危ない!)


ユーバッハがスグハを助けるために急いで魔法の行使に取り掛かるが、


「童も混ざるかえ?」

「いけません!ユーバッハ様!」


助けるために魔法を発動しようにも、状況が目まぐるしく変化する。

スグハを押し倒していた獣人の口角が上がった顔がいつの間にか目前に。


スグハが反応しきれずに叫ぶが、

ウィルフォードがユーバッハの動きと獣人の動きに反応し、獣人を蹴り飛ばした。

そのまま怒涛の駆け引きが繰り広げられウィルフォードが獣人を相手取る。


二人の拳と体が攻撃を受けるたびに地面を通してその衝撃が伝わり、

二人が拳を交えるごとに周囲の草木が風圧で揺れている。


「《蛇行水鞭》」


気を取られている間に、いつ移動したのかも変わらないスグハが生成した魔法が猛威を振るう。


水の鞭が蛇のように襲いかかる。1本や2本ではない。

自分とは比較できないほどの頂にある魔力操作の技量は数十を同時に操る。

圧縮し高速で循環する水流は触れたものの表面を削り取り、入り込み、切断する。

その毒牙にかかった周囲で伸びた雑草は綺麗に刈り取られている。


それでも獣人には届かない。


「《断砂離》」

(ウィルフォードが初めて魔法っぽい魔法の使い方を!?)


ウィルフォードは《巌鎧》と呼ばれる鎧を纏い肉体戦を好む。


その彼が圧倒的質量の岩や小石・砂利を生み出し、空中に生成されたそれで獣人を跡形もなく覆った。

ウィルフォードが空を掴み、思いっきり両手で何かを引きちぎるように動かせば、

生成された巨大な質量がが不規則に目まぐるしく回転する。

術に囚われた対象はいくつもの鋭利な岩に四肢は切り裂かれ、肉は削られ、跡形もなくなる。


あまりにも力強い魔法は、地面と接地と同時に小規模な地震が発生している。


「《天蓋一断》」


そこへさらに追い討ちをかけるように、

ウィルフォードが巨大な剣とも槍とも受け取れる歪な岩を天を穿つ勢いで、

目まぐるしく全てを飲み込もうとする大地の放流《断砂離》を断ち切った。



二人はこれでも周囲に気を使って戦闘を繰り広げているが、

村の中で行われていいような戦闘ではない。



二人の本当の実力を初めて目の当たりにしたユーバッハの開いた口が塞がらない。


(化け物だ。Aランクは正真正銘の化け物だ。)


これまで色々と二人のおかしな点はあった。

どんな状況でも服が一才汚れない。汗をかかないし疲れない。

どんな魔物を見ても冷静。二人の持つ圧倒的余裕感。


(そりゃそうだ!こんなの次元が違うじゃないか!)

(二人は規模の違う危機・危険を経験してるから常に冷静なのか!)

(みんなは僕が将来こんなおかしな奴らに育ってくれると思っているのか!?)


全部合点がいく。普通の村人の生活を営む上で現れる危険など高が知れている。

これだけの力があれば大抵のことは片付いてしまう。

そして自分が期待されている将来図が具体的に見え馬鹿馬鹿しく感じる。


突如スグハとウィルフォードの言葉を思い出す。

ゴブリン討伐に森の中に入ったばかりの時だ。


『侯爵の血縁にもなる立場の人でありますれば、それ相応の問題が起こりえます故。護衛は常に周囲にいると思いますが、万が一もありますので。』


(舐めてた!めちゃくちゃ舐めてた!)

(こんな相手が暗殺に来たら無理だ!絶対に逃げれない!)


前世では一応社会を経験した大人だ。

今世でも大人と同じ判断力を持ち、ある程度似た判断基準で物事を考えていると思っていた。

何なら前世の記憶を持っている分、知識の広さでいえば自分の方が上だと思っていた。


侯爵家に生まれ、魔法の才能も秀で、

他の人より優れていると自分の作り上げた虚像に酔いしれ、錯覚し始めていたのかもしれない。


(目が覚めた。完全に目が覚めた。)

(これが旅の目的か。世界の厳しさを知る。世界の怖さを知る。)

(ユーバッハ・カールマン・グレイランス。中身が大人で学習していないなら、子供以下じゃないか!)


ゴブリンで命の危険は感じたが、自分が成長すればすぐに脅威ではなくなる。

生き残ったことで、自分の恵まれた境遇を考え、色々と楽観視していた。

そして、初めてこの世界の社会の厳しさを理解した。


(もし生きて帰れるのであれば、絶対に変わる。)







(この加減が丁度良い。)


アルは人間の実力者二人を相手に力を調整する。

より戦闘が長引き、よりこの瞬間が楽しめるように。


そしてその匙加減の調整が終わった時、アルは久しぶりに戦いに愉楽と悦びを見出していた。


(此奴ら、やりおる!)

人間ヒト種も|人間ヒューマンから超人《ハイヒューマン》に『存在進化』しておれば、)

(存外楽しめるではないか!)


同じ土俵に立てば相手の駆け引きも感覚が、肌を駆け巡る感覚が幾分と違う。

突如空を覆う大量の土砂。


(砂遊びは好かんと言うておろうに。)


即座に9つの白尾の大きさを成長させ体を覆う。

尾に魔力が流れれば、普段の獣特有のフワフワした毛質からガチガチの刃物に。

周囲で土砂が蠢きすり潰そうとしてくるが、神をも退ける防御に何かができるわけでもない。


全てが普段と比較し格段に劣った性能となっているが、

その中でも最強の盾と矛を併せ持つこの尾は依然としてその力を誇示していた。


「《天蓋一断》」


突如下方から何かが突き刺さるような感覚を経て、

土砂の中から弾き出された。


追加の攻撃が来ないことを計らい、防御を下ろし優雅に地面に着地。

尾を勢いよく振り払い土を振り払った。


「使わぬようにはしておったが、服が汚れるのは好かんのでな。」


人間の男と女はアルに対して戦闘態勢である低い姿勢を直した。


二人から浴びせられる鋭い視線。

その視線が説明を求めているように見え、アルは聞かれてもいない言い訳を。

それを聞いた人間は理解できないと言った表情を双方浮かべる。


男が女に話す。


「これでは埒があかないですね。スグハはあの獣人を傷つけれるような妙案をお持ちで?」

「無くはないですが、大方の魔力と周囲が巻き込まれることを承知であれば。もちろんその後の私はあまり使えないようになるとは思いますが。」

「私も似たようなものです。しかし、さっきの攻撃群で無傷であれば彼に対しての攻撃は果たして意味があるのか。私には図り知れないところです。」

「これ以上交戦する意味があるのかも不明ですがね。」


アルは先程まで見せていた酔狂で交戦的な雰囲気ではなく、

どこかしら満足したような雰囲気を纏っている。


(気に入った!)

(これまで超人は見当たらなかったからの。)

(しばらくは此奴らに鈍った体を動かす相手をさせるのも良いやもしれぬな。)


事実アルは面白い拾い物をしたと満足していた。

そんなアルの発する雰囲気の違いから、二人は交戦の意思が急激に減退したと感じ取れ、

これ以上戦闘になる必要がないのであれば回避するべきと判断する。


だが交戦の意思が一度収まったからとはいえ、

それではではさようならとアルを自由にすることはできない。

王国の侯爵家にこの獣人は喧嘩を売ったのだ。


「前も聞きましたが、もう一度聞きましょう。貴方は何者で何が目的ですか。」

「何者か?以前も答えたであろうに。何者と聞かれようと、吾は吾よ。其方人間のように種があるわけもなし。唯一無二の存在よ。目的は特にない。強いて言うなれば、そこに在る吾が所有物を害そうとした 御主らの気配を感じここに現れたわけよ。」


スグハが相手の素性を聞くが、アルも怪訝な顔を浮かべ前回聞かれた時と同じ回答を繰り返す。

前回と違うところは聖樹を指差しながら己の所有物だと主張していることか。


ウィルフォードとスグハは聖樹のサンプルを採取しようとしていたので、

樹を害することには見覚えがあった。


ウィルフォードが間に入り、


「お名前をお伺いしても?」

「名か?そうであるな!御主らは気に入った。名を何という?。」

「私ですか?私は王国、西の大貴族グレイランス侯爵家に使える一使用人、ウィルフォード・ハインリッヒと申します。」

「そうかそうか。ウィルフォード・ハインリッヒ、良い名だ。横に居るおなごは?」


ウィルフォードはアルに対して侯爵家の名前をチラつかせ反応を確認する。

その反応が驚きであれなんであれ、推測をするには有用な情報となる。


だが、アルはそもそも人間界の中の社会階級である貴族を理解していないし、

理解していたところで彼の物差しの中ではさしたる事ではない。

結果は無反応。


ウィルフォードは何も特に表情に出すことなく、スグハに名前を言うように促す。

スグハはこの獣人に良い印象を持っていない。

苛つき不満そうながら、


「スグハ・ナツノメ。」

「ウィルフォードとスグハか。吾が名は...何じゃ?何やら町中が騒がしいではないか。」


スグハは獣人についての情報が出てくると思い聞いていたが、

アルの大きな耳が街に向かって反応。

二人には聞こえもしない音に気を取られたアルにお預けをくらう。


「すみません、お名前だけでもいいので」

「誰の許しを得て話しておるか。少々黙っておれ。」

(これはあの肉達磨の声であったか?)


遠くでグスタフが吼えている声。

自分が祝福を施した人間が何故か大声をあげている。


(何をしているというのだ。)

「《魔力感知》」


アルの髪が突如体がら放出された魔力によりブワッと靡く。

それはアルのすぐ近くにいた三人も同じだが、

それ以上に、その直後に放出された濃密度のドロリとした魔力に三人の肌に鳥肌が走る。

魔力残滓が村全体に広がり、魔力感知が発動される規格外さ。


スグハとウィルフォードは、その魔力の濃さに狼狽え戦慄しながらも戦闘を危惧し構えた。


「一体何が、一体これはどういうことじゃ!?」


どれだけ戦闘で殺しにかかっても嬉々とした顔色しか浮かべなかった獣人が、声を荒げている。

魔力感知を通してアル伝わってくる村の、中央通りの、よく知っている宿の光景。

そして脳内で鮮明に映し出された理解し難い状況。


一瞬で怒りが天井を抜け、むしろ冷静な状態が回ってくる。


「そうか、それ程までに吾が逆鱗に触れたい者がいると。果報者がいたと言う訳か。」


近くに立つ三人は、怒り乱心だったアルより寧ろその沈着とした状態が恐ろしい。

魔力が段階的に荒ぶりその気迫は息苦しいほど。


「御主らは後で相手にしてやる。」


射殺されそうな視線でそう言い残しアルの姿がかき消えた。


スグハとウィルフォードが周囲を確認する。

二人ともがどうやって消えたかを視認できなかった。


「村の中心に移動したみたいだね。」

「ユ、ユーバッハ様。大丈夫でしたか。」


魔力の激流の中心が街中へと移動した。


息が詰まるような状況から解放されたスグハとウィルフォード。

精神が追いやられ、ユーバッハがすぐ近くまで歩いてきていたことに気づけなかったようだ。

それに比べ、ユーバッハは随分と腰が軽いように見える。


「お怪我はありませんでしたか?」

「ありがとう、大丈夫。問題ないよ」

「お気分の方は?」

「気分?楽なもんだね。気は確かか?って聞かれれば、自分でも分からないけど。」

「そ、そうですか。」


言葉も雰囲気も非常に軽やか。

精神状態がかけ離れすぎているために、二人が心配になる。


(いや、もう。全く抗えないってわかるとここまでヤケクソになれるもんなのか。)

(もう、なるようになるって感じだ。)


ユーバッハはあまりの精神的ストレスに真正面から耐えきれなかったからなのか、

現実を三人称で見て、流れに身を任せることで平静を保っていた。


「二人はあの人に会ったことがあるような口ぶりだったけど、あの人は誰なの?」

「私にもよくわかりません。ユーバッハ様を森から連れ飼っている最中にあの者と間見えまして。」


スグハが経緯を話すが、そんなに話せることはない。

少し会って戦闘に入り、殺したと思っていた人物なだけだ。


「そうなんだ。なんか色々とぶっ飛んだ人だったね。...あの人も二人と同じAランクなの?」

「実際にランクを組織からもらっているかは謎ですが、私たち二人を抑えることができれば確実に実力はAランクに入る部類ではないかと。ウィルフォードはどれ位だと思われますか?」

「私もわかりませんねぇ。Aランク上位に位置する方々と事を構えて生き残る人自体珍しいので。体験談では語れません。」


スグハもウィルフォードもAランク中位から上位にあたる人々の実力が実際どれほどなのか分からない。

殺し合いを得て初めて分かるものだ。


「ふ~ん。Aランクって言っても実力には上下があるんだ。二人はどれぐらいなの?」

「はい。私たちはAランク下位ですね。大体がAランク下位はAランク中位に手も足もでず、Aランク中位は上位とは争おうと思い立つ事はないと言った感じでしょうか。Aランク上位は二人もいれば龍種と張り合う事ができると言われておりますので、その理屈で行きますとあの獣人はAランク中位ぐらいではないかと。」

「あれで中位?広い世界だね。それだけ実力差があって全員Aランクなんて詐欺じゃないか。」

「今でこそBランク、Cランクと言ったランク制度が根付いていますが、ランクは実力を事細かに分類するものではなく、魔物の脅威を図るものでしたので。起源といたしましてはそのランクのモンスターを倒せるようになった人物がAランク冒険者と呼ばれるようになっただけのようです。」


スグハのランク制度の背景の説明に、

ユーバッハはなぜ実力差があるのになぜもっと区別かしないのかと疑問に思えた。


龍種が実際どれぐらいなのかは知らないが、龍を二人で倒せるのだ。

優秀な人材はより正確に把握しておくべきには変わりない。


「それ以上のランクはなんで作らないの?」

「ユーバッハ様。Aランクの魔物は既に国家が危ぶまれる脅威を齎すと言われています。それ以上の大陸や人類を絶滅に追い込むような魔物相手に正しく実力を図るのは困難かと思われますし、流石に新たなランク開拓のためだけに大陸上の命を賭け金にするとはとても。」

「Aランクの上が出来た所で基準が『大陸滅失』『人類滅亡』であれば争う希望を失ってしまいますからね。」

「確かに。でもさっきの魔力の荒ぶりがAランク中位なのか。上位の人たちは想像がつかないなぁ。」

「今のユーバッハ様には自殺行為に近いとは思えますが、東の氷禍の魔女が支配する領域やグレイランス領が面している不死者の帝国にある帝都に行けばAランク上位に準ずる魔物と自ずと巡り会えると思いますよ。」

「う~ん。僕は遠慮しとくよ。」


呆れ半分、己の身の可愛さ半分にユーバッハは遠慮する。

二人もどこかで同じ事を聞かれ同じ返答したのか。

世の中の理不尽さは当事者が知っていると、全員がどこか自虐的でやるせない気持ちをシェアしていた。


改めて三人が街中を見る。


「ここはどうなると思う?」

「わかりませんね。しかし、今村の中心に向かって行くのは得策ではないと言うことだけは言えます。」

「...聖樹には触らないでおこう。」

「「はい。」」







アルは悲惨な状態となっている宿の中で立っていた。


「あれ?おかしいなぁ。ねぇ、君いつの間に来たんだい?随分と怒ってる用だけど、少しは落ち着きなよ。」


首を綺麗に落とされたこの宿の客人と思われる人物。

木製の床に溜まった血溜まり。


死屍累々とした宿の中、高位の実力者のみが感じ取れる魔力の荒ぶりを感じながらも、

何故かニコニコとしている男がアルに声をかける。

しかし、アルはそんなものはまるで耳に入らない。


「ガッシュ、スザンヌ。何故...娘を置いてなに逝っておるか。」


床には額に短剣が刺さり、事切れている2人の姿が。

スザンヌの片腕は大きく切り開かれ、

ガッシュに至っては全身から出血し、片腕はがない。


そしてその真ん中に両親の姿を見ながら呆然と居座っているのがアイーシャだった。


(一体なんだこの感覚は。怒りでもない、高揚感でもない。)

(吾が聖域を蹂躙された時でさえこの感情にはならなかった。)

(一体なんだと言うのだ!)


2人の姿を見れば、怒り以上の他の何かがアルを包んだ。

胸が締め付けられるような。心に穴が空いたような。

オリュンポスにいた頃のアルには無い感覚だった。


(たかが下界の所有物である人間2人を見て、)

(何故吾はこの様な感覚を覚えているのだ。)


「神さま…。」


聞こえた声の方角を見れば、

血が滴っている片腕をぶら下げ、片手で大剣を持っているグスタフが。


(此奴、何をやっておるか。其方には此奴らを守る任を与えたであろう。)


本来であれば感情に任せてグスタフを殺している所だが、

謎の感覚がそんな気持ちにさえさせない。


「ねぇ、巡兵がくる前に全部終わらせたいんだ。って、ねぇ。僕の事全く意識してないじゃ無いか。神様ってなんの事だい?…うーん。ははっ、2人とも思考が僕の知りたい事じゃ無いから、全然状況がわからないじゃ無いか。どこから現れたか知らないけど、君に至ってはなんでか読み取れないし。」


アルを含め全員が黙り込むような空間で、

1人空気が読めない男が明るい口調で話し続けている。


アルから魔力とは違う異質な力が。

眼には彼岸花の模様。《神眼》が顕在化している。


アルの視界に浮かび上がるのは、

ガッシュとスザンヌの死体の上で浮遊している魂魄。


(魂魄は吸収された後か。)


核となる弱々しい魂魄だけが残っている。

神眼が宿るその間は、魂魄に干渉することが可能。

アルはその魂魄を優しく包み込み、口の中へと飲み込んだ。


そのままアイーシャを見下ろす。


アルは何故かそうした方が良いと直感的に感じ、

血だらけの地面に膝を折り、

一層血だらけなアイーシャを抱きしめた。


「アル。お母さんと、お父さんが…」

「話すでない。」

「お父さんと、お母さんが…」


現実がアイーシャの認識に染み込み、少しずつ涙が溢れ出す。

体は血で生暖かく、声は震えている。


アルはふと思い出す。丁度この村に来て一ヶ月の時の事。

聖樹となりつつあった樹の隣で、アイーシャに家族について聞かれた時。


『戦いは怖いよ。大切な人がいないのも、失うのも、私だったら悲しいと思う。』


己が戦は楽しいと堂々と言い放った時の、アイーシャの返答だった。


「おっ、君《魔眼》持ちなんだね。珍しいね。僕が君を覗けないのはその魔眼の力かな?」

「お前は一度、黙れえぇぇえ゛!」


グスタフが朗らかな声でアルに話しかけ続ける男に大剣を振り下ろす。

男は問題なくグスタフの重い一撃を受け切る。


「ねぇ、力は強いけど流石に単調すぎるよ。全部読めるんだから。ちょっと面白そうだと思ったけど、検討違いだったかな?」

「黙れって言ってるだろうが!おりら゛ぁあ!!」

「アル゛ぅぅう~!!助けてよ!魔法で、魔法を使ってお母さんとお父さんを助けて゛よぉお!」

「アイーシャ。吾がいながら...すまぬ。」


状況は入り混じる。

泣いている少女をより一層強く抱きしめる獣人の横で、

大男と今回の殺戮の事の原因がおっ始める。


グスタフは何度か大剣を振るうが、深い傷を負った今の状態ではまともに戦えない。

襲撃者に腹を蹴り飛ばされ、地面に転がった。


「え~、そんなもの?期待したのに。別にいいけどさ」

「クソ、クソッ。」


ガッシュとスザンヌの死体が視界に入り、

不甲斐なさからかグスタフまでもが地面を殴りながら涙を流す。


周囲で色々な状況が起こっている中、アルはアルで


(吾が所有物が下界の人間に奪われる?そんな事あってはならない。)

(この吾が?下界の下等生物程度に遅れを取っただと?)

(大して難しくもない話。《魔力感知》を常時発動しておれば問題など起こり得なかった事。)

(なぜそんな当たり前の事を吾はしていない?腑抜けていた?)


アルは思う。

そもこんな自体など自分が一つ魔力を周囲に漂わせていれば、起こり得なかったことだ。

なぜそんな事をしていないのか、不思議でならない。


(下界に毒されたか?いや、毒されたなどとの表現は許さぬ。)

(この場所で築いたものは、アイーシャは大切な...大切?下界の人間がか?)


なぜ下界の生命体に対して己が執着しているのか?

アルは理解できない。


(アイーシャは言ったな。大切な人がいないのも、失うのも、私だったら悲しいと。)

(これが、悲しみか?家族...己の血肉から作り出した眷属でもない此奴らが?)


森で出会いアイーシャに手を繋がれた時の妙な動悸からだった。

来る必要もないのにわざわざ二日に一回様子を見に来てくれた時の満足感。

ガッシュに受け入れられた時に生まれた一体感。

スザンヌや二人と一緒に机を囲み食べ物を食した時に感じた安心感。

アイーシャを誘拐された時の喪失感。


「...あぁ、そう言うことであったか。」


アルは理解した。


数百億年の封印で心が微かに弱くなっていなのかもしれない。

意思を持ち、意思疎通ができる生命体との関係を欲していたのかもしれない。

その結果が今の不甲斐なく、搾取される弱者としての自分を作ってしまっていたことに。

下界の生命体がアルに影響を与え、その三人の稀有な存在を愛してしまっていたことに。


「最後の悪あがきもその程度が限界の様だし、さっさと報酬もらって帰るね。」

(あ、あぁ。グスタフが、また、死んじゃう。やめて、やめて。)


アイーシャの視線の中で、自分の母親と父親が殺される前が重なるグスタフ。

しかし、既に落ちるところまで落ちたアイーシャの心は声を荒げる気力すら作れない。


「アイーシャ。グスタフは大事か?お主の両親を見殺しにしたグスタフは大事か?」


空っぽになった心に唯一。

自分を抱きしめ、今この瞬間唯一の心の支えとなっているアルが、

そんな質問を投げかけてくる。

アルはグスタフを今は殺そうとは思わなくても、殺される分には問題ない。

アルが愛したのはガッシュ、スザンヌ、アイーシャの三人だ。


愛するものに、愛するものを守れなかった者を見殺しにするのか、しないのか。

選択する余地を与える。それがアルの優しさだった。

しかし、ただの人間の6歳児には酷な選択だ。


アイーシャはもう分からない。ガッシュがいなくなった。スザンヌがいなくなった。

これ以上グスタフが居なくなったところでなんなのか。自分でもよく分からない。

グスタフが死にそうになっているのに、声を上げることさえできない。

グスタフはそんな大事じゃないのではないのか。居たところでなんだと言うのか。


『他人でも思いやれるような大人になれ』


アイーシャはガッシュの言葉を思い出す。


「アル、お願い。助けてあげて。」

「よかろう。目を瞑っておれ。」

「うん。」


弱々しいながらも、確実にアイーシャの意思を聞き届けた。

アイーシャは目を瞑った中で、アルの優しく温かい魔力が体を包む感覚を覚える。


(《念話》少し揺れるが心配するな。)

(うん。)


アルの血管が浮き上がる。

《魔骨刃爪》が発動され、手が。爪が鋭利な刃物のような形を取る。


「じゃね。バイバ~い...え?」


アルの片腕にはガッシュの時のようにがっちりと抱き上げられたアイーシャが。

もう片方の腕には首から上だけの生首が。

すぐ後ろで事きれた体が倒れる。グスタフを殺そうとしていたワーカーのもの。


グラス村で最恐最悪の殺戮事件を起こした謎の人物は、その後十数秒後には意識が飛ぶ。


「平和ボケめ。」


これまでこの世界の生物に対してばかり使っていた言葉だったが、

まさか自分自身に対して使う日が来ようとは。


生首を持ったアルの元へ、ようやく事態に駆けつけた巡兵たちの姿が近づいていく。
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