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第一章 蛇の頭と鶏の頭

第14話 名探偵!?

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 フェリエッタは、黒薙が来るのを、ベッドに腰掛こしかけながら待っていた。

「クロナギさん、今日は少し遅いなぁ。」

 そんなことを考えながら、彼女は、手に持ったチョコレートを口元まで運ぶ。

コン、コン

 扉が開き、黒薙が病室に入って来た。 

「おはようございます。遅くなってしまい申し訳ございません。」

「あ! おはようございます。」

 フェリエッタは、チョコレートをかじりながら、黒薙に挨拶あいさつを返す。

「…すみません、そちらはどうされたのですか。」

 黒薙は、フェリエッタの食べているチョコレートを指さしながら問いかける。

「え? これですか。今朝、看護師の方に、私が甘い物が好きなことを伝えるとくれたんです! ちょこれーと?っていうらしいですよ。知っていました?」

「はい。知っています。」

「こちらの世界には、こんなに甘くておいしい食べ物があるんですね。ハチミツ湯を飲んで、喜んでいた私が馬鹿みたいです。クロナギさんもいりますか?」

「いえ、私は大丈夫です。」

 黒薙は、自分の方に向けられたチョコレートを持っている手を払いのける。

「えー、おいしいのに。」

 フェリエッタは、ぶつくさと言いながら、最後のチョコレートを口に運ぶ。



「本日は、どうしましょうか。ふたたび、あの山奥まで行ってコカトリスの痕跡こんせきを探しますか?」

「んー、それをするにしても、コカトリスの情報が出ている地域は広いので、やっぱりもう少し巣の場所を絞り込めたらいいんですけど。でも、問題はしぼり込む方法ですよね。」

「いかがでしょうか。今分かっている情報だけでも整理してみるのはどうですか。」

 黒薙は、そう言うと、近くの椅子に座り、ベッドの上にいるフェリエッタの方を向き直る。

「この町には、別の世界からやって来た“コカトリス”という魔物まものと思わしき被害が続出しています。コカトリスは、人ほどの大きなにわとりに、ヘビの頭部が付いたような形体けいたいをしており、その目を見たものを石化する能力がある。この認識で間違いないですか。」

「あ、はい。それで大丈夫です。」

 自分の前提知識ぜんていちしきが間違っていないことを確認した黒薙は、次に指を一つずつ立てながら、今回の事件の内容を整理し始めた。

「この町で起きている事件は主に3つあります。一つ目が、4名の失踪事件しっそうじけんです。」

「それは、たぶんコカトリスの冬眠の準備ですね。コカトリスは、石化した人たちを巣に持ち帰って、冬眠中に食べるために貯蓄ちょちくしているんでしょう。でも、コカトリスは巣の近くで狩りはしないので、それだけで巣穴を見つけるのは難しいでしょう。」

「二つ目は、腹部が切り裂かれ、内臓が損傷そんしょうした死体が、3体発見された事件です。死体からは同じ毒物が検出されています。」

「それは、まだ分からないです。石化できるコカトリスが、なんでわざわざ腹を切り裂いて攻撃こうげきしたのか。コカトリスは毒を持っているので、この事件はコカトリスによるもので間違いないと思うんですけどね。どうしてなんだろ。」

 フェリエッタは、ベッドの上で頭をひねっていた。

「いったん、そちらは置いておきましょう。三つめは、地域住人が石のように硬直している事件です。その多くは、鳥巣入とりすいる町の北部の地域で多く見られています。」

「それは、たぶんコカトリスを視界しかいに入れてしまった人たちなんだと思います。コカトリスの目から出る光を、少しでも見た人は石化してしまうので、それで硬直したんでしょう。」

「はい。しかし、石化被害の数は多く、その範囲はんいも広すぎて絞ることができません。」

「コカトリスは、かなりの行動範囲をもっているので、仕方ないです。やっぱり、これだけじゃ分からないなぁ。」

 そう言いながら、フェリエッタは、頭を抱える。



「うーん、やっぱり、周辺の山を一つ一つ調べるしかないんでしょうかね。」

 フェリエッタは、しばらく考え込んでいたが、行き詰ってしまったようだ。それを見ていた黒薙は、本部から返還へんかんされてきた現場の遺留品いりゅうひんがあったことを思い出した。

「そういえば、これも何かの手掛てがかりにならないでしょうか。」

 黒薙は、そう言うと、ビニール袋に包まれた羽毛を取り出す。

「それって、もしかしてコカトリスの羽ですか?」

「はい、あなたが発見された現場に、一緒に落ちていたものです。」

「少し、ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「はい。」

 黒薙は、ビニール袋から羽毛を取り出し、フェリエッタに渡す。フェリエッタは、その羽毛を手に取り、ながめていた。

 しばらくの間、しげしげとコカトリスの羽毛を観察していたフェリエッタだったが、次の瞬間、はっとした表情をする。

「クロナギさん、これ、夏羽なつばねです!」

「? それはどのような意味ですか。」

「そうか! そういうことだったんだ!」

 状況をうまく飲み込むことができていない黒薙を置いて、フェリエッタは一人で感極かんきわまったような声を上げる。

「すみません。おっしゃられている意味が、良く分からないのですが。」

「え! あ、ごめんなさい。でも私、分かりました。たぶん巣の場所も。」

 それを聞いて、黒薙は驚く。

「詳しく聞かせてくれませんか。」

「はい! 任せてください。」

 フェリエッタは、胸を張って答えるのであった。



「まず、私が持っているこの羽は、私がいた場所に落ちていました。ということは、コカトリスがこの世界に来た時に生えていた羽が、落ちたんです。」

「はい。」

「コカトリスは、普通は秋に換羽かんうを行うことによって、夏羽から熱保存ねつほぞんがしやすい冬羽ふゆばねに羽が生え変わって冬眠に備えます。そして、今私が持っている羽は、冬眠にてきさない夏羽です。」

「…それは、コカトリスがこちらの世界にやって来た時には、冬眠できる状態でなかったということですか?」

「はい! さすがクロナギさんはするどいですね。」

 黒薙は、フェリエッタが持っている羽が、夏羽であるということを理解する。だが、そのことと、コカトリスの巣の場所の関係性が、黒薙には分からなかった。

「しかし、それとコカトリスの居場所は、関係ないのではないですか。」

「完全に換羽するためには、1か月ほどかかります。この寒さから身を守るために、コカトリスは換羽ではないで別の手段をすることにしたんです。」

「別の手段、ですか。」

「はい。」

 フェリエッタは、黒薙の方へと、ベッドから体を乗り出す。

「その別の手段とは、脂肪分の蓄積ちくせきです。」

「! それでは、腹部が切り裂かれていた死体は…」

「おそらく脂肪分を蓄えるために、動物の内臓脂肪ないぞうしぼうを狙ったんだと思います。」

「…それでは、あの3件の死体が発見された付近にコカトリスの巣があるのでしょうか?」

「いいえ。3人の方々が犠牲になってしまったのは、動物由来どうぶつゆらいの脂肪分の方が、体温の保持には有利だからでしょう。コカトリスは、石化せずに獲物えものを襲うようなリスキーな行為は、本来好みません。コカトリスにとっても、やむを得ないことだったんです。」

 そこまでフェリエッタは説明すると、黒薙から一旦いったん離れた。彼女は、ベッドのわきに置いてあった、地図を取り出し、それを広げる。

「クロナギさん、樹の生えている場所などは分かりますか?」

「樹ですか。」

「はい。コカトリスは、大部分の脂肪を、ブナ科の実などに含まれる植物由来しょくぶつゆらいの脂肪でおぎなっているはずです。2mほどある巨体を維持いじするためには、多量の木の実が必要になりますし、今の時期に木の実がとれるのは限られています。巣はきっと、それらの樹の近くにあるはずです!」

「ブナ科の実ですか。」

「要するにどんぐりとかですね。遷移せんいが維持されている、里山さとやま雑木林ぞうきばやしに多かったりするんですけど、どこか知りませんか?」

「里山で有名な場所でしたら、…!」

 そう言って、地図の北東にある集落しゅうらくを指さした黒薙は、そこが森石数馬もりいしかずまの目撃情報があった場所の近くであることに気が付く。

 森石は、黒薙の想定そうていよりもコカトリスに近づいていた。

「…これは、急ぎましょう。」

「あ! 私も行きます。ちょっと待ってください。」

 すぐにでも、その場所に行こうとした黒薙をフェリエッタが呼び止める。

「あなたは、この場所で待っていてください。危険です。」

「私じゃないと、コカトリスに対処はできないです。私も、一緒に行きます。」

 フェリエッタは、黒薙を見つめながら言った。

 森石がフェリエッタをねらっている可能性も、まだ残っている。それに、黒薙は、彼女を危険にさらすわけにはいかなかった。

 だが、フェリエッタのまっすぐとした眼差まなしを見て、黒薙は、彼女がいくら説得しても来てしまうだろうことも、同時に理解した。

「…分かりました。」

 そう言うと、黒薙は、フェリエッタとともに、コカトリスがいると思われる里山へと向かうのであった。
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