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第一章 蛇の頭と鶏の頭

第15話 守るために

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「うっ、やっぱり慣れないです。この乗り物。」

 フェリエッタは、林の近くの路肩ろかたに止めた車から降り、車の側でうずくまっていた。その背中を、黒薙が後ろからさすっている。

「どうでしょうか。この辺りに、コカトリスはいると思いますか。」

 へたり込むフェリエッタの後ろから、黒薙が声をかける。

「あー、はい。確かにこの辺りには、ブナの木が多いです。それに、平地から低山地にかけた明るい林なので、コカトリスの巣がある可能性はかなり高いと思います。」

「分かりました。」

「はぁ、ありがとうございます。だいぶ良くなりました。早くいきましょう。」

 うずくまっていたフェリエッタが、立ち上がって言った。

「少し待ってください。前回のように、石化対策の目薬をしてからではいけませんか。」

 先に進もうとしたフェリエッタを、黒薙が呼び止める。

「あ! そうですね。忘れていました。ありがとうございます。」

「“我が創成したるは青、光を整然する薄皮はくひとなれ、偏光水膜ポライジングフィルム”」

 フェリエッタは、呪文の詠唱を行い、魔法によって創り出した水球を自分の目に入れた。

「クロナギさんも、どうぞ。」

 顔を上に向けた黒薙は、フェリエッタに水球を目に入れてもらう。これで、コカトリスの目を見ても、石化しなくなったはずである。

「…ちなみに、これは具体的にどれほど効果が持続じぞくするのでしょうか。」

「え? まぁ、だいたい4時間ぐらいです。効果が切れそうになったら、私が教えまるんで大丈夫ですよ。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 黒薙は、そう答えると、先に進もうと歩み出した。それを見たフェリエッタが、黒薙の後ろをついていく。

「…すみません。もう一ついいですか。」

 黒薙が、フェリエッタの方へと振り返り、言った。

「あ、はい。どうかしました?」

「…あの自動車の中にチョコ菓子があったと思うので、せっかくでしたら食料として持っていきましょう。申し訳ありませんが、今から取って来てもらえますか。」

「え! チョコレートがあるんですか! すぐに持ってきますね。」

 チョコレートという言葉にかれたフェリエッタが、急いで車へと戻り、中に入っていった。それを、黒薙は、少し離れた位置から見ていた。

 フェリエッタは、一人で車の座席をガサゴソとあさって探しているが、何かが置いてある気配はない。

「あの? チョコレートどこにあるんです? 見当たらないん…」

バタンッ

 突如とつじょ、黒薙によって車のドアが閉められる。あわてるフェリエッタをよそに、黒薙は車にロックをかけた。

 フェリエッタは、閉じ込められた車内から声を上げて、何かをうったえている。だが、その声は、車のドアに阻まれて、黒薙のもとには届かない。ドアを叩く音とくぐもった声だけが、むなしく響いていた。

「すみません。ここから先へは、私一人で行きます。私は、あなたを危険にさらしたくはない。それに、あなたがこんなことに巻き込まれてしまう理由は、本来ないはずです。 …しばらくして、私が戻らなければ、病院で待機するバックアップ部隊が来ますので、安心してください。」

 黒薙は、そう一方的に告げると、一人で林の中へと入っていった。

 フェリエッタは、その様子を、車の中から呆然と見つめることしか出来なかった。



 車から離れ、林の中を一人で進んでいた黒薙は、ふと立ち止まる。周りを見ても、木々ばかりで、コカトリスの姿は見当たらない。

 木の葉の間かられこむ光で、林の中であってもかなり明るかった。

「コカトリスがこの辺りにいるのだったら、きっとこれが使える。」

 黒薙は、コートの中から、笹平に預かった3枚の札のうちの1枚と、本部から返還へんかんされたコカトリスの羽を取り出す。

「“君に向かふ 小風に乗りて いゆかむ 後朝きぬぎぬうれう 我が思ひかな”」

 黒薙が、そうとなえながら、右手に持った札を、反対の手に持つコカトリスの羽へと張り付ける。札は、羽に張り付けられたと同時に光り輝き、黒薙の手の中で風をまとう。

 次の瞬間、札が付けられたコカトリスの羽は、空高く舞い上がり、どこかに飛んでいく。

「やった、成功した!」

 その様子を見た黒薙は、飛んでいく羽の後を追いかけるのであった。



 車に取り残されてしまったフェリエッタは、必死にドアを開けようと取っ手を動かすが、車のドアは開くことはない。

「はぁ、ダメだ。びくともしない。」

 フェリエッタは、一旦冷静になるように努める。

「クロナギさん。…あの人は、一人でコカトリスをどうにかするつもりなんでしょう。」

 地下室での戦闘の様子を、フェリエッタは思い返していた。あの時の黒薙は、羽ペンから生み出す魔法を自在に操りながら、華麗かれいに戦っていた。

「クロナギさんは確かに強い。それでも、私の魔法がないと、コカトリスは倒すことはできないはず。私が、…私が何とかしないといけない!」

 一刻いっこくも早くここから出て、黒薙のところに行く必要がある。しかし、ここにある取っ手を動かしても、ドアは全く動いている様子がない。

 この車の中には、ここから出ていくために使えそうな道具も置いてなかった。この車から出るには、無理やりドアをこじ開けるしかない。

「…クロナギさん、ごめんなさい!」

 フェリエッタは、車のドアに向けて両手を構え、詠唱を始める。

ドギャン!!

 車の助手席じょしゅせき側から、一つの大きな水流と共にドアが吹っ飛ぶ。周囲が水浸みずびたしになっている中、フェリエッタは車の中から外へと出た。

「早く、クロナギさんを探さないと。」

 フェリエッタは、黒薙の後を追い、林の中に入っていくのであった。
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