IDIOM.異世界の落ちこぼれ魔女は、現代でクーデレなエージェントに管理される

るりたては

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第2章 コカトリス

12. 絶体絶命

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コカトリスの巨大な脚が、高々と頭上に振り上げられる。それは黒薙の首元に狙いを定めると、空気を切り裂きながら振り下ろされた。

「ぐっ……!」

間一髪で攻撃を避けた黒薙だったが、先に受けた攻撃の衝撃が彼女の全身をまだ蝕んでいた。足元がふらつき、片膝をつきそうになるのを必死に耐える。

振り下ろされた脚が地面にめり込むと、まるで大地そのものが避けたかのような巨大なクレーターを残した。その破壊力を目の前に、黒薙は奥歯を噛みしめる。

(……このままだと、まずい!)

黒薙はコカトリスから距離を取るために、素早く後方へと飛び退く。万年筆を構えた彼女の目には、冷静な光が戻りつつあった。

「“理の介さず綴る筆オートマティスム追跡する散弾スタブ”!」

彼女は手に持っていた万年筆を、滑らかに一振りする。空中に書き出された漆黒のインクの軌跡は、瞬く間に無数の小さな弾へと変化した。

「……行け!!」

その弾は黒薙の意思をくみ取るように、コカトリスに向かって一斉に放たれる。

インクの弾が着弾すると爆ぜるように飛び散り、黒いインクの飛沫が空間を包み込む。鶏の頭部を中心に塗りつけられたインクが、その視界を覆い隠した。

「今だ……!」

黒薙はコカトリスの巨体の影に、滑り込むようにして駆け込む。

万年筆の先端から放たれたインクが再び姿を変えると、黒い鎖の形を成す。その鎖は確実に捕らえられる隙を狙っていた。

「これで仕留める……!」

黒薙は低い息を吐くと、体勢を整える。彼女の目に迷いはなく、コカトリスの背後に回り込んだ瞬間に、一気に勝負を仕掛けるつもりだった。

――しかし、黒薙を待っていたのは鋭い蛇の牙だった。

コカトリスの背後に回り込んだ黒薙は、尾がある位置に生えた蛇の頭に襲われる。それは黒いインクで視界を覆われているのにも関わらず、正確に彼女を狙っていた。

「くっ……!」

黒薙は咄嗟に身を翻して牙を避けるが、蛇の頭は方向を変えながら彼女に襲い掛かる。それは、まるで本体とは意思を持っているかのようだった。

「“拘束する鎖シグネチャー”!!」

黒薙は万年筆を振り上げて、インクの鎖を迫りくる蛇の牙に叩きつけた。鎖は甲高い音を響かせながら攻撃を弾き飛ばすと、反撃に転じるように見えた。しかし――

っ……!」

腕を力強く振り上げた反動で、黒薙の全身に痛みが走った。コカトリスの不意打ちで受けた傷が再び疼き、彼女の体力を無情に奪っていく。

後方へと大きく飛び退いた黒薙は、荒い息を整えながら痛みに耐えようとする。だが、その隙をコカトリスが見逃すはずもなかった。

――ドドドドドッ!!

巨体が大地を揺らしながら接近してくる。鋭い爪と翼を広げたその姿は、まさに圧倒的に暴威そのものだった。

「……しまった!!」

巨影に追い詰められた彼女は、笹平の残した最後の札を手に取る。

押捺おうなつ『雷』!」

投げ放たれた札が、コカトリスの尾に貼りつく。次の瞬間には、鋭い稲妻が蛇の身体を駆け抜け、激しい痙攣を引き起こした。

しかし、コカトリス本体の動きを止めるには至らない。

翼を大きく広げた巨体が遂に黒薙の目の前に迫ると、その鳥脚が振り上げられる。その強大な一撃は、確実に彼女を捉えていた。

「“守る盾コース”!!」

黒薙は即座に万年筆を構えて、空中に盾を書き出した。インクで形成された盾が彼女の前に展開されるが、それすらも押しつぶさんばかりの勢いで脚が振り下ろされた。

「……くっ!」

激しい衝撃が盾を叩きつけ、その圧によって盾がひび割れていく。黒薙は目を見開きながら、全力で持ちこたえようとするが――

「うぐっ!!」

盾が砕け散ると同時に、コカトリスの巨大な脚が彼女の身体を押しつぶした。地面へと叩きつけられた黒薙の身体に、再び鈍い痛みが走る。

泥と枯れ葉が舞い上がり、彼女は苦痛に顔を歪ませたのだった。



「おやおや、もう終わりですか?」

黒薙とコカトリスの戦いを離れた場所で眺めていた月岡が、彼女が動かなくなるのを見ると嘲るように声をかけた。

彼女が声も出せないほど衰弱することが分かると、月岡はゆっくりと近づいてきた。

――ズズズッ

コカトリスは黒薙を押しつぶしている脚をどけると、尾についた蛇の頭を黒薙の腕に絡ませて、満身創痍の彼女の身体を宙に吊り上げる。

「……さて、そろそろ楽しい余興も終わりにしましょうか。」

月岡が満足げな笑みを浮かべながら、吊るされた黒薙の前に立つ。

「おっと、その前に――」

何かを思い出した月岡は黒薙の胸元に手を伸ばすと、彼女のスーツの中に手を入れた。そのひかえめな胸のあたりを、撫でまわすようにまさぐる。

「んっ……!」

黒薙は必死に身体をよじって逃れようとするが、彼女に抵抗できる力は残ってない。

「……ああ、ありましたね。これは返してもらいますよ。」

月岡がそう言ってスーツの中から取り出したのは、黒薙に奪われたステッキだった。嬉しそうに笑みを浮かべると、自分のローブにステッキをしまう。



月岡にステッキを持っていかれる様子を、傷だらけの黒薙はただ見ることしかできなかった。激しくぶつけた体が重く、少しでも動かすと鋭い痛みに襲われてしまう。

「はぁ……はぁ……」

何かを言おうとしても、口から出てくるのは潰れた呼吸音だけだった。

万年筆のインクカートリッジも、ほとんど残量は残っていない。彼女に抵抗する力はもう残されていないように見えた。

――それでも、黒薙は目を閉じなかった。

彼女は蛇に腕を縛り付けられた状態で、最後の力を振り絞って万年筆を握りしめる。

「……“理の介さず綴る筆オートマティスム拘束する鎖シグネチャー”!!」

万年筆から溢れ出たインクは、鋭い針のついた鎖となって襲い掛かる。彼女の最後の抵抗を見た月岡は、悠然と防御魔法を展開する。――だが、狙いは月岡ではない。

インクの鎖は自在に動き回ると、コカトリスの腹部に突き刺さる。

――ギィアァァァ!!

突然の痛みに驚いたコカトリスは、大きく叫び声を上げながら仰け反る。黒薙の腕に絡まっていた蛇の頭も大きく揺れ、彼女は倒れ込むように地面に落ちた。

コカトリスの柔らかい羽毛に包まれた腹部に突き刺さった鎖は、赤い血を滴らせながら万年筆の中へと戻っていく。

(……これで笹平さんだけは助かるはず。)

万年筆の無くなったインクカートリッジの中には、コカトリスの血液が溜まっていた。ここから結成を採取できれば、笹平の石化は治すことが出来るはずである。

(あとは本部から送られてくる応援部隊に任せよう。)

応援部隊が万年筆の発信器を頼りにして、もうすぐ到着するはずだ。あとは彼らが何とかしてくれるはずである。

目的を達成した黒薙は、地面に伏せたまま静かに目を閉じた。

「……あなたを殺すつもりは、本来なかったのですよ。ですが、少々おいたが過ぎてしまいましたね。あなたには、相応の報いというモノを与えなくてはなりません。」

月岡の冷たい声とともに、コカトリスがその巨体を支えながら脚を高く上げた。その鋭い爪が、黒薙の心臓を狙い定める。

「それでは……これで終いです。」

コカトリスの脚が振り下ろされかけた、その瞬間だ。

『水泡よ、我が敵を貫け、“水弾アクティラ”!!』

誰かの澄んだ声が、辺り一帯に響き渡る。それと同時に、どこからともなく飛んできた水の弾が、コカトリスの胴体に命中した。

「……え?」

黒薙は息を切らしながら目を見開く。驚いて視線を声の方へと向けると、そこには白く輝く髪をたなびかせながら杖を構えた一人の“少女”が立っていたのだった。
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