IDIOM.異世界の落ちこぼれ魔女は、現代でクーデレなエージェントに管理される

るりたては

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第2章 コカトリス

14. 二人の合図

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ヘビの鋭い牙は、フェリエッタの左腕に突き立てられていた。噛みつかれた彼女の腕からは、赤い血が一筋流れ落ちた。

「んむっ……!」

フェリエッタはその痛みに、思わず顔を俯かせた。彼女の左腕からは、徐々に石になるような冷たい感覚が広がっていた。

「……ですから、私が最初に忠告したというのに。」

戦いを静観していた月岡が、冷ややか目線を送る。

「やはり、あなた程度の力では、私のコカトリスに適うはずがなかったのですよ。もう少々面白いものを見せていただけると思っていたのですが……正直、残念です。」

月岡が落胆する表情を見せると、フェリエッタへとどめを刺す命令を下すために片手をかざす。その動きに合わせるように、コカトリスもゆっくりと動く。

「終わりにしましょうか。」

月岡がコカトリスにとどめの命令を下そうとした、その時だった。

「……何も考えずに、こんなところに来るわけないじゃないですか。」

フェリエッタの小さな呟きが、風の音に紛れる。

次の瞬間、彼女は顔を上げると、蛇の顎を右手で掴む。フェリエッタは深い息を吐きながら、傷ついた左手をそのまま蛇の口の中へと押し込んだ。

蛇の頭が狂ったように暴れ、耳を切り裂くような咆哮を上げた。フェリエッタの腕に食い込んだ牙がさらに深く入り込み、血が勢いよく滴り落ちる。

それでも彼女は一切離そうとせずに、必死に顎を抑え込んでいた

「今です、黒薙さん!……『イディオム』です!!」

フェリエッタの突然の行動に驚いていた黒薙だったが、彼女のその言葉が聞こえると同時に印を素早く結んだのであった。



黒薙とフェリエッタが、コカトリスの潜む農業畜舎に入る前のことだった。

「う~~。」

車から降りたフェリエッタは、地面にしゃがみこみながら口元に手を当てて呻いていた。気持ち悪そうにうずまっている彼女に、黒薙が近づくと何かを差し出す。

「戦闘に備えて、こちらを渡しておきます。」

それは一枚のふだだった。見慣れない文様が描かれているその札を、フェリエッタは不思議そうに眺めていた。

「これは何ですか?」

「あなたも護身用の手段を持っていた方が良いでしょう。これを使えば、コカトリスの動きを多少は止めることが出来るはずです。」

黒薙がひらひらと揺らすと、早く受け取るように促す。それを見たフェリエッタは、眉間にしわを寄せながら手に取る。

「あ、ありがとうございます。でも、これって……どうやって使ったらいいんですか?」

フェリエッタが具合を悪そうに顔をしかめながら、声を絞り出して尋ねると、黒薙はすでに畜舎の方へと向かっていた。

「対象に貼り付けてください。そうすれば、私が呪言を唱えて発動させます。」

黒薙がコカトリスのいる畜舎に足を進めたまま、フェリエッタの質問に答える。彼女の周囲には、突き刺すような重い空気が漂っていた。

しかし、その緊張感を打ち破るかのように、フェリエッタが声を上げる。
「え?……じ、じゃあ、何か合図とか決めておきましょうよ!」

突然の提案に驚いた黒薙が、思わずフェリエッタの方に振り返った。彼女は少し困惑した様子で、問いかえす。

「……合図ですか?」

「そ、そうです!私が合図を言った方が、黒薙さんも呪文をどのタイミングで唱えるのか分かりやすい……と思うんですけど、どうですか?」

黒薙はしばしの間フェリエッタを見つめた後、小さく納得するように頷いた。

「ま、まぁ……確かに、そうかもしれません。」

「黒薙さん、何か良い合図はないですか?」

「わ、私ですか……!?」

フェリエッタから唐突に意見を求められた黒薙は、焦ったように目を見開く。考え込むように目を伏せると、しばらく思案する。

「……えーと、それでは――」

やがて観念した彼女は、しぶしぶと顔を上げたのだった。



「黒薙さん!……『イディオム』!!」

その言葉はフェリエッタから黒薙に向けた“合図”だった。それを聞いた黒薙は、満身創痍の身体を奮い立たせながら、地面に伏せたままで印を結ぶ。

押捺おうなつ『氷』っ!!」

黒薙の発した声とともに、フェリエッタの腕の周りを冷たい空気が渦巻く。その凍り付くような冷気は、彼女の腕に噛みついている蛇の頭を包み込んだ。

身体の一部が凍り付いたことで、コカトリスは困惑するように身体を揺らした。だが、彼女の腕が渦巻いている冷気は、コカトリスの巨体をすべて覆いつくすほどではない。

「構うな……りなさい。」

月岡の命令で、再びコカトリスが動く。

コカトリスはぬかるんだ地面を力強く踏みつけると、その巨大な脚を振り上げる。脚についている鋭い鉤爪は、正確に彼女の心臓を狙っていた。

――だが、そこでコカトリスは動きを止める。

「何です?……早くりなさい」

月岡からの問いかけに応じることなく、コカトリスは不動の姿勢を貫き続けていた。それを見て、大きく安堵の息を吐く。

「……良かった、上手くいった。」

彼女は凍り付いた蛇の顎から左腕を引き抜くと、硬直したコカトリスの巨体はその衝撃でバランスを崩すと、大きな音を立てながら地面に倒れ込む。

余裕を見せていた月岡の表情が初めて崩れると、困惑した声を出す。

「一体、何が起きて――!」

「コカトリスは体温が急激に奪われたことで、ショックを起こしたんです。」

戸惑いを隠せない月岡に、フェリエッタは杖を持つ右手で痛む腕を押さえながらも、毅然とした態度で応える。薄く血が流れる彼女の腕には、氷によって霜が降りていた。

「コカトリスは、全く違う体質を併せ持つキメラ型の魔物です。その生存戦略として、どちらかの部位で起きた生理現象を、全身にも波及させる特性があります。」

「まさか……」

「そうです。温度変化に弱い蛇の体質を持つ部位が、冷気によって身体機能を低下させて仮死状態になったことが、全身にも波及したのです。」

彼女は杖を軽く振り、視線を倒れたコカトリスに移した。

コカトリスは地面に倒れ込んだまま、ピクリとも動かない。その巨大な翼は泥にまみれ、溢れんばかりの猛々しさが嘘のように静まり返っている。

先ほどまでの猛禽の如き威圧感は、今や微塵も感じられなかった。

「この通り、コカトリスは倒しました。」

フェリエッタはゆっくりと視線を月岡に戻すと、深く息を吐いた。

「さあ、貴方はどうしますか?」

その言葉とともに、彼女は再び大きく杖を構えるのだった。
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