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「おまえは義弟の代わりに嫁ぐのです!」
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だが、そこにいきなり、甲高い女性の声が響き渡った。
「わたくしの命令が聞けないのですか?」
王妃——黒髪で長身のエリザベートが、きびしい顔で叫んだのだ。
「い、いえ⋯⋯、もちろんそうではありません、義母上⋯⋯」
金色の巻毛のスラリとした青年が、地味な黒いフロックコート(長上着)の裾を、細かく震える指先で強く握りしめている。
ナリスリア国の第一オメガ王子の、フウル・ルクセンだ。
柔らかくカールした金髪をしていて、その髪が小さな白い顔のまわりで踊るように揺れ動いている。
瞳は暖かい南国の青い海の色。こぼれ落ちそうなほど大きな目に白い肌をしている。オメガらしい中性的で美しい容姿の十八歳の王子だ。
けれども、フウルの視線や動作は落ち着きがなくて絶えずビクビクとしていた。まるで毎日殴られているせいで、常に怯えている子犬のようだ⋯⋯。
服装も王族とは思えないほど質素だった。黒いフロックコートには紐飾りすら一本もない。
「いいですか、フウル。よく聞きなさい! おまえはラドリア国のアルファ王に嫁ぐのです、これは義母として、そして、王妃としての命令です! 逆らうことはできません!」
「は、はい⋯⋯」
フウルの細い首には、黒い布製の『オメガ襟』が巻かれていた。これもまたそっけないほど地味だ。
オメガ襟——とは、オメガの首から自然に出るフェロモンを隠す装飾襟のこと。
この世界には男と女という性の他にもう一つの性、アルファ・オメガ・ベータが存在していた。
多くの人々はベータで、ベータにはこれといった特徴はない。
人口の一割ほどがアルファで、アルファ性を持って生まれた者はあらゆる能力に秀でていた。その統率力と高い頭脳ゆえに自然と支配階級にこのアルファが多い。
オメガはもっとも人口が少なくて、アルファを魅了するフェロモンを首筋のフェロモン線から出すことができるという特徴があった。
そしてフウルは、このオメガだ。
フウルはいつも、このオメガの嗜みの『装飾襟』を、生真面目に、ほんの少しの乱れもなくキツく巻きつけている。神経質にそのオメガ襟に触れながら、「でも⋯⋯、あの⋯⋯、僕は⋯⋯」とオロオロと小声で呟いた。
心臓が飛び出しそうなほどドキドキしていた。普段は決して呼ばれない晴れやかなお茶会。どうして今日は招かれたのだろうと不思議に思いながらも、ほんの少しだけ期待してここにやってきたのだ。
——もしかしたら、義母上は僕のことを認めてくださったのかもしれない?
だけどそうではなかった。
王侯貴族や大臣たちが集まる前で、「ラドリア国のアルファ王に嫁げ」と命じるためだったのだ。
フウルの手のひらは緊張と驚きで汗ばんでいた。背中にも冷たい汗が流れていき、気分がどんどん悪くなっていく。
——ラドリア国に嫁ぐのは弟のヘンリーのはずなのに、いったいなにが起こっているのだろう?
続く
「わたくしの命令が聞けないのですか?」
王妃——黒髪で長身のエリザベートが、きびしい顔で叫んだのだ。
「い、いえ⋯⋯、もちろんそうではありません、義母上⋯⋯」
金色の巻毛のスラリとした青年が、地味な黒いフロックコート(長上着)の裾を、細かく震える指先で強く握りしめている。
ナリスリア国の第一オメガ王子の、フウル・ルクセンだ。
柔らかくカールした金髪をしていて、その髪が小さな白い顔のまわりで踊るように揺れ動いている。
瞳は暖かい南国の青い海の色。こぼれ落ちそうなほど大きな目に白い肌をしている。オメガらしい中性的で美しい容姿の十八歳の王子だ。
けれども、フウルの視線や動作は落ち着きがなくて絶えずビクビクとしていた。まるで毎日殴られているせいで、常に怯えている子犬のようだ⋯⋯。
服装も王族とは思えないほど質素だった。黒いフロックコートには紐飾りすら一本もない。
「いいですか、フウル。よく聞きなさい! おまえはラドリア国のアルファ王に嫁ぐのです、これは義母として、そして、王妃としての命令です! 逆らうことはできません!」
「は、はい⋯⋯」
フウルの細い首には、黒い布製の『オメガ襟』が巻かれていた。これもまたそっけないほど地味だ。
オメガ襟——とは、オメガの首から自然に出るフェロモンを隠す装飾襟のこと。
この世界には男と女という性の他にもう一つの性、アルファ・オメガ・ベータが存在していた。
多くの人々はベータで、ベータにはこれといった特徴はない。
人口の一割ほどがアルファで、アルファ性を持って生まれた者はあらゆる能力に秀でていた。その統率力と高い頭脳ゆえに自然と支配階級にこのアルファが多い。
オメガはもっとも人口が少なくて、アルファを魅了するフェロモンを首筋のフェロモン線から出すことができるという特徴があった。
そしてフウルは、このオメガだ。
フウルはいつも、このオメガの嗜みの『装飾襟』を、生真面目に、ほんの少しの乱れもなくキツく巻きつけている。神経質にそのオメガ襟に触れながら、「でも⋯⋯、あの⋯⋯、僕は⋯⋯」とオロオロと小声で呟いた。
心臓が飛び出しそうなほどドキドキしていた。普段は決して呼ばれない晴れやかなお茶会。どうして今日は招かれたのだろうと不思議に思いながらも、ほんの少しだけ期待してここにやってきたのだ。
——もしかしたら、義母上は僕のことを認めてくださったのかもしれない?
だけどそうではなかった。
王侯貴族や大臣たちが集まる前で、「ラドリア国のアルファ王に嫁げ」と命じるためだったのだ。
フウルの手のひらは緊張と驚きで汗ばんでいた。背中にも冷たい汗が流れていき、気分がどんどん悪くなっていく。
——ラドリア国に嫁ぐのは弟のヘンリーのはずなのに、いったいなにが起こっているのだろう?
続く
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