7 / 15
美貌の国王
しおりを挟む
ハッとして顔を上げると、そこには——。
月の光を受けて輝く砂漠の砂のような色の短い金髪の、とても背が高い男性がいた。
ガラス細工のような透明な瞳をしている。不思議な色だった。瞳の中に吸い込まれてしまいそうな、透き通った色だ⋯⋯。
シンプルだが手の込んだ刺繍が織り込まれた黒いフロックコート(長上着)を着ている。肩幅が広く、胸の筋肉はフロックコートがはち切れんばかりにたくましく盛り上がっている。
顔立ちは驚くほど整っていて、動かなかったら彫像と見間違えていたかもしれない。
フウルは自分の立場を束の間忘れて、その顔にボーッと見惚れた。
まっすぐな男らしい眉の下の切れ長の目——。引き締まった唇に、男らしく力強い顎——。
広間に集まった貴族たちが、
「陛下」
と、いっせいに頭を下げたので、この男性がラドニア国のリオ・ナバ国王だとわかった。
——この方が陛下?
醜いという噂はとんでもない間違いだったのだ。ラドニア国のアルファ国王は滅多にいないほどの美貌の持ち主だった。
「陛下——」
慌てて頭を下げ、震える声で急いで繰り返した。
「ど⋯⋯、どうぞ偽者の僕を⋯⋯、僕を、すぐに処刑してください! 殺してください!」
すると頭の上から、暖かさと優しさに満ちた魅力的な低い声が、ほんの少しだけ笑いを含んでこう言った。
「とりあえず——、落ち着こうか?」
*****
落ち着こうか——。
その声を聞いた瞬間に、なぜかわからないけれど、バクバクと壊れそうなほど鳴っていた心臓がストンと落ち着く。
国王陛下は、僕のことを怒っていない?
不思議だった。リオ・ナバ国王の顔には笑みのようなものさえ浮かんでいる。大声で怒鳴られても仕方がないのに、どうして穏やかなんだろう?
頭の中は大混乱だ。もしかしたらちゃんと伝わっていないのかもしれないと思った。だからもう一度震える声で言った。
「あの⋯⋯、その⋯⋯。僕は⋯⋯、僕は、⋯⋯偽者なんです! 偽者の花嫁なんです!」
冷たい大理石の床に両手を投げ出してひれ伏す。
すると、すぐに逞しい腕が伸びてきて、ぐいっと力強くひっぱりあげられてしまった。
「深呼吸をして——」
「え?」
「大きく息を吸おうか? そうすれば落ち着くだろう」
言われるままに大きく息を吸った。かなり落ち着いてきたけれど、国王の切れ長の目と視線がピタリと合うと、また心臓がドキドキと鳴り始めた。
今までのドキドキとは全然違って、感じたことがないような不思議な甘い鼓動だ⋯⋯。
「長旅で疲れているようだ——」
リオ・ナバ国王は、フウルの腕を優しく包み込むようにして支えてくれた。
じっと見下ろしてくる瞳は不思議なガラス細工のような色⋯⋯。その瞳がピタリとフウルの顔にとどまって数秒も離れない。
見つめられながら、たくさんの貴族たちが集まっている広間を横切り廊下へ。
廊下には色鮮やかな美しいタペストリーが並んでいた。
長い廊下を進んでいくと大きな部屋があって、天井には巨大なシャンデリアが眩しいほど輝いている。
大きなテーブルにはたくさんの料理。大きなチキンの丸焼きから湯気が立ち、色とりどりの果物——葡萄やオレンジがとてもみずみずしい。
「あ、あの⋯⋯、僕は偽者なんです⋯⋯」
「話はわかった。だが、とりあえず、晩餐としよう」
「晩餐?」
もしかして、処刑の前の最後の晩餐だろうか?
処刑の前に豪華な食事をだす風習の国があることをどこかで聞いたことがあった。もしかしたらそうなのかもしれない。きっとこれは最後の晩餐なんだ⋯⋯。
「王子はチキンはお好きか? それとも長旅で疲れた体には、甘いケーキの方が?」
国王が、大きなテーブルの向かい側に長い足を組んで座ってにこやかに微笑んだ。
じっとフウルを見つめてくる顔に怒りはない。
なんて優しい人なんだろう、自分の国を騙した僕に、処刑の前の最後の慈悲を示してくださっているんだ——。
他国の国王の慈悲の心に感動して、大きな青い目に涙が滲んでいく。
——人の優しさに触れるってこんなに嬉しいんだ。
初めての経験に心を揺さぶられながら、小声で感謝を述べた。
「陛下、ありがとうございます——」
食事を味わおうと思って手を伸ばす。だけど、どの料理も喉を通らなかった。湯気の立つチキンからは香ばしい香りがしているし、みずみずしい葡萄や林檎もあるけど、緊張しているせいだろうか、どれも一口ほどしか食べられない。
「す、すみません⋯⋯、あまり食欲がなくて」
「食欲がない?」
たくましい首をかたむけて少し考えた国王は、侍従長に合図をした。侍従長はミゲルと同じ赤毛のベータの青年だ。整った顔立ちをしている。
「カルラと申します。王子様のお世話係のミゲルの兄でございます。王子さま、もしお好きならば、熱くて甘いホットチョコレートをお持ちいたしましょうか?」
月の光を受けて輝く砂漠の砂のような色の短い金髪の、とても背が高い男性がいた。
ガラス細工のような透明な瞳をしている。不思議な色だった。瞳の中に吸い込まれてしまいそうな、透き通った色だ⋯⋯。
シンプルだが手の込んだ刺繍が織り込まれた黒いフロックコート(長上着)を着ている。肩幅が広く、胸の筋肉はフロックコートがはち切れんばかりにたくましく盛り上がっている。
顔立ちは驚くほど整っていて、動かなかったら彫像と見間違えていたかもしれない。
フウルは自分の立場を束の間忘れて、その顔にボーッと見惚れた。
まっすぐな男らしい眉の下の切れ長の目——。引き締まった唇に、男らしく力強い顎——。
広間に集まった貴族たちが、
「陛下」
と、いっせいに頭を下げたので、この男性がラドニア国のリオ・ナバ国王だとわかった。
——この方が陛下?
醜いという噂はとんでもない間違いだったのだ。ラドニア国のアルファ国王は滅多にいないほどの美貌の持ち主だった。
「陛下——」
慌てて頭を下げ、震える声で急いで繰り返した。
「ど⋯⋯、どうぞ偽者の僕を⋯⋯、僕を、すぐに処刑してください! 殺してください!」
すると頭の上から、暖かさと優しさに満ちた魅力的な低い声が、ほんの少しだけ笑いを含んでこう言った。
「とりあえず——、落ち着こうか?」
*****
落ち着こうか——。
その声を聞いた瞬間に、なぜかわからないけれど、バクバクと壊れそうなほど鳴っていた心臓がストンと落ち着く。
国王陛下は、僕のことを怒っていない?
不思議だった。リオ・ナバ国王の顔には笑みのようなものさえ浮かんでいる。大声で怒鳴られても仕方がないのに、どうして穏やかなんだろう?
頭の中は大混乱だ。もしかしたらちゃんと伝わっていないのかもしれないと思った。だからもう一度震える声で言った。
「あの⋯⋯、その⋯⋯。僕は⋯⋯、僕は、⋯⋯偽者なんです! 偽者の花嫁なんです!」
冷たい大理石の床に両手を投げ出してひれ伏す。
すると、すぐに逞しい腕が伸びてきて、ぐいっと力強くひっぱりあげられてしまった。
「深呼吸をして——」
「え?」
「大きく息を吸おうか? そうすれば落ち着くだろう」
言われるままに大きく息を吸った。かなり落ち着いてきたけれど、国王の切れ長の目と視線がピタリと合うと、また心臓がドキドキと鳴り始めた。
今までのドキドキとは全然違って、感じたことがないような不思議な甘い鼓動だ⋯⋯。
「長旅で疲れているようだ——」
リオ・ナバ国王は、フウルの腕を優しく包み込むようにして支えてくれた。
じっと見下ろしてくる瞳は不思議なガラス細工のような色⋯⋯。その瞳がピタリとフウルの顔にとどまって数秒も離れない。
見つめられながら、たくさんの貴族たちが集まっている広間を横切り廊下へ。
廊下には色鮮やかな美しいタペストリーが並んでいた。
長い廊下を進んでいくと大きな部屋があって、天井には巨大なシャンデリアが眩しいほど輝いている。
大きなテーブルにはたくさんの料理。大きなチキンの丸焼きから湯気が立ち、色とりどりの果物——葡萄やオレンジがとてもみずみずしい。
「あ、あの⋯⋯、僕は偽者なんです⋯⋯」
「話はわかった。だが、とりあえず、晩餐としよう」
「晩餐?」
もしかして、処刑の前の最後の晩餐だろうか?
処刑の前に豪華な食事をだす風習の国があることをどこかで聞いたことがあった。もしかしたらそうなのかもしれない。きっとこれは最後の晩餐なんだ⋯⋯。
「王子はチキンはお好きか? それとも長旅で疲れた体には、甘いケーキの方が?」
国王が、大きなテーブルの向かい側に長い足を組んで座ってにこやかに微笑んだ。
じっとフウルを見つめてくる顔に怒りはない。
なんて優しい人なんだろう、自分の国を騙した僕に、処刑の前の最後の慈悲を示してくださっているんだ——。
他国の国王の慈悲の心に感動して、大きな青い目に涙が滲んでいく。
——人の優しさに触れるってこんなに嬉しいんだ。
初めての経験に心を揺さぶられながら、小声で感謝を述べた。
「陛下、ありがとうございます——」
食事を味わおうと思って手を伸ばす。だけど、どの料理も喉を通らなかった。湯気の立つチキンからは香ばしい香りがしているし、みずみずしい葡萄や林檎もあるけど、緊張しているせいだろうか、どれも一口ほどしか食べられない。
「す、すみません⋯⋯、あまり食欲がなくて」
「食欲がない?」
たくましい首をかたむけて少し考えた国王は、侍従長に合図をした。侍従長はミゲルと同じ赤毛のベータの青年だ。整った顔立ちをしている。
「カルラと申します。王子様のお世話係のミゲルの兄でございます。王子さま、もしお好きならば、熱くて甘いホットチョコレートをお持ちいたしましょうか?」
79
あなたにおすすめの小説
βな俺は王太子に愛されてΩとなる
ふき
BL
王太子ユリウスの“運命”として幼い時から共にいるルカ。
けれど彼は、Ωではなくβだった。
それを知るのは、ユリウスただ一人。
真実を知りながら二人は、穏やかで、誰にも触れられない日々を過ごす。
だが、王太子としての責務が二人の運命を軋ませていく。
偽りとも言える関係の中で、それでも手を離さなかったのは――
愛か、執着か。
※性描写あり
※独自オメガバース設定あり
※ビッチングあり
オメガな王子は孕みたい。
紫藤なゆ
BL
産む性オメガであるクリス王子は王家の一員として期待されず、離宮で明るく愉快に暮らしている。
ほとんど同居の獣人ヴィーは護衛と言いつついい仲で、今日も寝起きから一緒である。
王子らしからぬ彼の仕事は町の案内。今回も満足して帰ってもらえるよう全力を尽くすクリス王子だが、急なヒートを妻帯者のアルファに気づかれてしまった。まあそれはそれでしょうがないので抑制剤を飲み、ヴィーには気づかれないよう仕事を続けるクリス王子である。
ハヤブサ将軍は身代わりオメガを真摯に愛す
兎騎かなで
BL
言葉足らずな強面アルファ×不憫属性のオメガ……子爵家のニコルは将来子爵を継ぐ予定でいた。だが性別検査でオメガと判明。
優秀なアルファの妹に当主の座を追われ、異形将軍である鳥人の元へ嫁がされることに。
恐れながら領に着くと、将軍は花嫁が別人と知った上で「ここにいてくれ」と言い出し……?
すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない
和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。
お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。
===================
美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。
オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。
【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです
grotta
BL
【嗅覚を失った美食家α×親に勝手に婚約者を決められたΩのすれ違いグルメオメガバース】
会社員の夕希はブログを書きながら美食コラムニストを目指すスイーツ男子。αが嫌いで、Ωなのを隠しβのフリをして生きてきた。
最近グルメ仲間に恋人ができてしまい一人寂しくホテルでケーキを食べていると、憧れの美食評論家鷲尾隼一と出会う。彼は超美形な上にα嫌いの夕希でもつい心が揺れてしまうほどいい香りのフェロモンを漂わせていた。
夕希は彼が現在嗅覚を失っていること、それなのになぜか夕希の匂いだけがわかることを聞かされる。そして隼一は自分の代わりに夕希に食レポのゴーストライターをしてほしいと依頼してきた。
協力すれば美味しいものを食べさせてくれると言う隼一。しかも出版関係者に紹介しても良いと言われて舞い上がった夕希は彼の依頼を受ける。
そんな中、母からアルファ男性の見合い写真が送られてきて気分は急降下。
見合い=28歳の誕生日までというタイムリミットがある状況で夕希は隼一のゴーストライターを務める。
一緒に過ごしているうちにαにしては優しく誠実な隼一に心を開いていく夕希。そして隼一の家でヒートを起こしてしまい、体の関係を結んでしまう。見合いを控えているため隼一と決別しようと思う夕希に対し、逆に猛烈に甘くなる隼一。
しかしあるきっかけから隼一には最初からΩと寝る目的があったと知ってしまい――?
【受】早瀬夕希(27歳)…βと偽るΩ、コラムニストを目指すスイーツ男子。α嫌いなのに母親にαとの見合いを決められている。
【攻】鷲尾準一(32歳)…黒髪美形α、クールで辛口な美食評論家兼コラムニスト。現在嗅覚異常に悩まされている。
※東京のデートスポットでスパダリに美味しいもの食べさせてもらっていちゃつく話です♡
※第10回BL小説大賞に参加しています
【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる
grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。
幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。
そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。
それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。
【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】
フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……?
・なぜか義弟と二人暮らしするはめに
・親の陰謀(?)
・50代男性と付き合おうとしたら怒られました
※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。
※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。
※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!
【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。
N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ
※オメガバース設定をお借りしています。
※素人作品です。温かな目でご覧ください。
表紙絵
⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)
アルファ王子に嫌われるための十の方法
小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」
受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」
アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。
田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。
セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。
王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL
☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆
性描写の入る話には※をつけます。
11月23日に完結いたしました!!
完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる