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最後の晩餐?
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「チョコレート?」
「はい、我が国は農業が盛んではありませんが、カカオの栽培には成功しているのです」
ミゲルの兄の侍従長のカルラは、ミゲルと同じように暖かい笑みを絶やさない青年だった。すぐに大きな器にたっぷり入ったチョコレートドリンクを持ってきてくれた。ミルクが入っているようだ、甘くてとてもいい香りがする。
「さあどうぞ、王子さま——」
「ありがとう⋯⋯」
一口飲むと、固まっていた心と体がふわりと溶けていくようだった。少しずつ飲んで、最後まで飲み干したころには体がポカポカと温まっていた。
「お好きだったかな?」
リオ・ナバ国王のガラス細工のような美しい瞳が、シャンデリアの光を受けてキラキラと光っている。
フウルは、「はい、とても——」と頷いて、それから泣きたくなった。
——僕が本物の花嫁だったらどんなによかっただろう⋯⋯。こんなに優しい人の花嫁になれたら⋯⋯。だけど僕は偽者なんだ。みんなを不幸にする雨降り王子なんだ。陛下の花嫁になんか絶対になれるはずがない。
食事が終わると、
「さあ、では——」
リオ・ナバ国王が立ち上がった。
——きっとこれから処刑場に連れて行かれるんだ。
そう覚悟した。
だけど国王は穏やかな顔で侍従長にこう命じた。
「ミゲル、王子を寝室へご案内しろ——」
*****
「寝室?」
寝室とはどういうことだろうか? 牢獄のことだろうか? たしかにすぐに処刑するには準備の時間が足らないだろうし、もしかすると処刑は明日の朝かもしれない。
きっとこれから牢獄に入れられるんだ——。
だけどそれは大きな間違いだった。
「こちらでございます、王子さま」
赤毛の少年従者のミゲルがニコニコ笑いながら案内してくれた部屋は、暖炉が赤々と燃える暖かな寝室だったからだ。
部屋の隅にはマホガニーの文机がある。寝台は白いふわりとした布におおわれた天蓋付きでとても大きい。両開きの窓には分厚いゴブラン織りのクリーム色のカーテンがかかっていた。豪華な調度品と柔らかな色調の、とても居心地がいい部屋だ。
「お気に召しましたか? 王子さまのために、陛下がご用意されたお部屋です」
「だけど、あの⋯⋯」
もしかすると、これもこの国の人々の慈悲の心ゆえなのだろうか? 処刑の前に、一晩だけ居心地のいい眠りを与えてもらえるんだろうか? きっとそうかもしれない。ほんとうになんて優しい人たちなんだろう⋯⋯。
そう思いながら、オドオドと聞いてみた。
「⋯⋯あの、ミゲル?」
「はい、王子さま——。なんでございましょう?」
「⋯⋯あの、僕はいつ処刑されるか、知っていたら教えて欲しい。⋯⋯心の準備もあるし」
「え?」
ミゲルが可愛らしい子鹿のような目を丸くした。
「しょ、⋯⋯処刑は、もう少し後だと思います⋯⋯」
「もう少し後? やっぱりいろいろと準備が必要なんだね。みなさんを騙した僕に、こんなに優しくしてくれて、ほんとうにありがとう」
心からのお礼を言うと、ミゲルは両手でパッと口を押さえて、モグモグと呟いたりしてとても慌てたようすだ。
「いえ、あの⋯⋯。えっと⋯⋯、ゆっくりおやすみください、王子さま! 寝巻きにお着替えになるのをお手伝いしますね!」
フウルには、ミゲルの奇妙なようすを深く考える余裕はなかった。
ミゲルの手を借りて白いシルクの寝巻きに着替える。
——きっと明日か明後日には処刑されるんだ。短い人生だったなあ⋯⋯。楽しい思い出はひとつもなかったけれど、こうして最後に人の優しさに触れられてよかったなあ⋯⋯。
雨はますます激しさを増していた。ザーザーという耳障りな音がゴブラン織りの分厚いカーテンがかかった窓の向こうから聞こえてくる。
「僕のせいで、ひどい雨だね⋯⋯」
このまま塩が混じった雨が降り続ければ、この国はますます草木の生えない土地になってしまう。はやく僕を処刑してもらわないと⋯⋯。
暗い気持ちでカーテンを開けた。
外は、いつの間にか日が沈み、なにも見えないほど真っ暗になっている。
処刑——。
それがどういうものかほんとうはあまりよくわからない。だけど間違いなく痛くて苦しいものに決まっていた。
——もうなにも考えるのはやめよう。
大きなため息をついたときだった。
「陛下のおいでです!」
ミゲルがはつらつとした元気な声で叫んだ。
「はい、我が国は農業が盛んではありませんが、カカオの栽培には成功しているのです」
ミゲルの兄の侍従長のカルラは、ミゲルと同じように暖かい笑みを絶やさない青年だった。すぐに大きな器にたっぷり入ったチョコレートドリンクを持ってきてくれた。ミルクが入っているようだ、甘くてとてもいい香りがする。
「さあどうぞ、王子さま——」
「ありがとう⋯⋯」
一口飲むと、固まっていた心と体がふわりと溶けていくようだった。少しずつ飲んで、最後まで飲み干したころには体がポカポカと温まっていた。
「お好きだったかな?」
リオ・ナバ国王のガラス細工のような美しい瞳が、シャンデリアの光を受けてキラキラと光っている。
フウルは、「はい、とても——」と頷いて、それから泣きたくなった。
——僕が本物の花嫁だったらどんなによかっただろう⋯⋯。こんなに優しい人の花嫁になれたら⋯⋯。だけど僕は偽者なんだ。みんなを不幸にする雨降り王子なんだ。陛下の花嫁になんか絶対になれるはずがない。
食事が終わると、
「さあ、では——」
リオ・ナバ国王が立ち上がった。
——きっとこれから処刑場に連れて行かれるんだ。
そう覚悟した。
だけど国王は穏やかな顔で侍従長にこう命じた。
「ミゲル、王子を寝室へご案内しろ——」
*****
「寝室?」
寝室とはどういうことだろうか? 牢獄のことだろうか? たしかにすぐに処刑するには準備の時間が足らないだろうし、もしかすると処刑は明日の朝かもしれない。
きっとこれから牢獄に入れられるんだ——。
だけどそれは大きな間違いだった。
「こちらでございます、王子さま」
赤毛の少年従者のミゲルがニコニコ笑いながら案内してくれた部屋は、暖炉が赤々と燃える暖かな寝室だったからだ。
部屋の隅にはマホガニーの文机がある。寝台は白いふわりとした布におおわれた天蓋付きでとても大きい。両開きの窓には分厚いゴブラン織りのクリーム色のカーテンがかかっていた。豪華な調度品と柔らかな色調の、とても居心地がいい部屋だ。
「お気に召しましたか? 王子さまのために、陛下がご用意されたお部屋です」
「だけど、あの⋯⋯」
もしかすると、これもこの国の人々の慈悲の心ゆえなのだろうか? 処刑の前に、一晩だけ居心地のいい眠りを与えてもらえるんだろうか? きっとそうかもしれない。ほんとうになんて優しい人たちなんだろう⋯⋯。
そう思いながら、オドオドと聞いてみた。
「⋯⋯あの、ミゲル?」
「はい、王子さま——。なんでございましょう?」
「⋯⋯あの、僕はいつ処刑されるか、知っていたら教えて欲しい。⋯⋯心の準備もあるし」
「え?」
ミゲルが可愛らしい子鹿のような目を丸くした。
「しょ、⋯⋯処刑は、もう少し後だと思います⋯⋯」
「もう少し後? やっぱりいろいろと準備が必要なんだね。みなさんを騙した僕に、こんなに優しくしてくれて、ほんとうにありがとう」
心からのお礼を言うと、ミゲルは両手でパッと口を押さえて、モグモグと呟いたりしてとても慌てたようすだ。
「いえ、あの⋯⋯。えっと⋯⋯、ゆっくりおやすみください、王子さま! 寝巻きにお着替えになるのをお手伝いしますね!」
フウルには、ミゲルの奇妙なようすを深く考える余裕はなかった。
ミゲルの手を借りて白いシルクの寝巻きに着替える。
——きっと明日か明後日には処刑されるんだ。短い人生だったなあ⋯⋯。楽しい思い出はひとつもなかったけれど、こうして最後に人の優しさに触れられてよかったなあ⋯⋯。
雨はますます激しさを増していた。ザーザーという耳障りな音がゴブラン織りの分厚いカーテンがかかった窓の向こうから聞こえてくる。
「僕のせいで、ひどい雨だね⋯⋯」
このまま塩が混じった雨が降り続ければ、この国はますます草木の生えない土地になってしまう。はやく僕を処刑してもらわないと⋯⋯。
暗い気持ちでカーテンを開けた。
外は、いつの間にか日が沈み、なにも見えないほど真っ暗になっている。
処刑——。
それがどういうものかほんとうはあまりよくわからない。だけど間違いなく痛くて苦しいものに決まっていた。
——もうなにも考えるのはやめよう。
大きなため息をついたときだった。
「陛下のおいでです!」
ミゲルがはつらつとした元気な声で叫んだ。
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