バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス

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 私はとうとう十五歳になった。
 幸せだった日々がもうすぐ終わっちゃうの。

 あーあ、悲しいなあ⋯⋯。

 三歳の時に「本物が現れたらさっさとここから消えよう」って思ったけど、あの時は分からなかったの。
 大好きな人たちとお別れして二度と会えなくなるのがこんなに辛くて悲しいなんて⋯⋯。

 バネッサに髪を結んでもらうこともできなくなるね。自分で髪を編めるように練習しなくっちゃ。

 執事のおじいさんの面白い話も聞けなくなるなあ、お兄ちゃまの子供の頃の話、もっと聞きたかったなあ⋯⋯。

 苺畑で農作業をしてくれるみんなともお別れだね⋯⋯。

 そしてお兄ちゃまとも⋯⋯。
 私がお屋敷を出たら、もう二度と会えなくなる⋯⋯。

 お兄ちゃん、少しは悲しんでくれるかな? 本当の妹のルイーズはお兄ちゃんにそっくりだから、すぐに私のことは忘れて、ルイーズを可愛がるかも? お兄ちゃん、ちょっとナルシストだから、自分そっくりの妹はきっとすごく可愛いはずだもんね。

 ⋯⋯ほんとうに悲しいなあ。
 

「⋯⋯眠れない」

 夜中の二時で、お屋敷はシーンと静まり返っている。
 私はベッドから下りて机からレターセットを取り出した。お花の絵が描いてあって香水付きの素敵な便箋にヴィクトルへのお別れを書いておこうかな?

 本当の妹のルイーザが現れたらすぐに出て行かなきゃいけないからお別れを言う時間もないよね。
 それに、ヴィクトルの顔を見て『さようなら』を言う勇気もない⋯⋯。
 『おまえは偽者だったのか!』ってヴィクトルが怒るかもと思うとすっごく怖い。

「うーん、なんて書いたらいいのかな?」
 三歳の時に転生してきました——って書いても誰も信じてはくれないよね。
 だからちょっと脚色しながらヴィクトルに手紙を書いた。
 ルイーザが現れたらこの手紙を置いてそっと屋敷から出て行こうと思うの。
 バネッサたちにもさようならを言いたいけど説明するの難しいなあ。

 バネッサは去年結婚したから今は通いで屋敷で働いている。もうすぐ赤ちゃんも生まれる。
 執事のおじいさんは「そろそろ引退をさせてもらいます」とか言いながらもすごく元気。きっと百歳まで執事の仕事をするんじゃないかな。

 みんな大好きだよ、偽者の令嬢でほんとうにごめんなさい⋯⋯。

「怒るかな⋯⋯。怒るよね⋯⋯」

 手紙は机の引き出しの奥に入れた。ここには金貨が入った袋も隠してあるの。少しずつ貯めた貯金なの。これがあれば旅もできるしどこかの村で屋根裏部屋ぐらい借りられるはず。

 よし、これで用意はできた。
 ——と思ったんだけど、とっても豪華な私の十五歳の誕生日にも、一ヶ月、二ヶ月と過ぎてもルイーザは現れなかった。

 あれ?
 なんだかちょっと変じゃない?

「もしかして、ルイーザはもう来ないのかな?」
 『すり替えられた令嬢』では、アリーシャが十五歳になったらすぐにルイーザがお屋敷にやってくるはずなんだけど⋯⋯。
 どうして来ないの?
 もしかしてもうやって来ないのかな?

 『すり替えられた令嬢』のルイーザは孤児ではあるけれど私と違っていつもまわりの誰かに助けてもらいながら大きくなる。すごく幸せな子だった。
 だから自分の人生に満足してここに来ないのかな?
「そうだったらいいなあ⋯⋯、もしそうなら、私はずっとここで暮らせる」
 そんなことを数日間ずっと考えていたとき、ヴィクトルが街に行くのでついていくことになった。

「何も買ってやらないぞ」
 そう言って苦笑したけど、私がいらないって言っても色々買ってくれるんだよね。

 ヴィクトルはカジュアルな白いシャツ姿。いつものようにボタンを三つも外しているからたくましい胸に筋肉が丸見え。どうしてこんな格好するんだろうね? 出会う女性たちがみーんな目が離せなくなるのにねえ。
 私はお気に入りの水色のドレスとお揃いの帽子。レースの手袋もつけてさあウキウキのおでかけだ。

「ひとりで馬に乗ってもいい?」
「だめだ——」
 ヴィクトルが許してくれないのでふたりで馬に乗って街に向かう。
 ほんとうはひとりで馬に乗りたいの。
 バネッサと執事のおじいさんは「公爵様は過保護ですね」っていつも笑っているよ。

「ねえ、お兄ちゃま?」
「ん?」
「騎士団の陣営にはいつ戻るの?」
「そうだな——、今月は長めに屋敷にいようと思っているが⋯⋯。もしかして俺がいると嫌なのか?」
「違うよ、お兄ちゃまがいるとすっごく嬉しい」
 心からそう思う。
 あんなに冷たかったのに今ではすごく優しいお兄ちゃま。
 少しずつ仲良くなって大好きになっちゃったよ困ったなあ、もうすぐお別れなのに⋯⋯。
  
 街に着くとヴィクトルはやっぱりケーキやお菓子をいっぱい買ってくれた。いらないと言っても買ってくれた。
「こんなに買ったらまたバネッサに怒られるよ」
 そんなことを言いかけた時だった。

 あっ⋯⋯!

 私はハッとした。

 思わず悲鳴を上げそうになって慌てて自分の口を両手で押さえる。

「どうした?」
「⋯⋯な、⋯⋯なんでない」
 答える声が震えた。
 道の向こうからひとりのスラリとした女の子がこっちに向かって歩いてくる。

 ルイーズだ!
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