アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第1話

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 自分の中にある一番古い記憶は、ポンポンと木魚を叩く音とお坊さんのお経、母の嗚咽、そして沢山の花に囲まれた、どことなく母に似ている男の写真だ。
 その男は母の弟で、素直でとても優しい人だったそうだ。気配り上手で陰ながらみんなを支える縁の下の力持ちで、100人中100人が良い人だと答える。
 そんな人だからこそ、あんな結末になったのだろう。



◆◇◆◇



 麗らかな春の日、真新しい制服に身を包みこれから3年間通うことになる学舎の門をくぐる。今日は非常に重要な日だ。この日の振る舞いで今後3年間の自分の立ち位置が決まると言っても過言では無い。
 幸いにも自分は容姿には恵まれているので第一印象は問題ない。男からも女からも集まってくるこの視線が、自分の考えが自惚れによるものではないことを証明している。
 靴を履き替え、廊下を進み指定された教室に入り、自分の席を確認しつつクラスメイトたちもチェックする。

(まず最初に誰に声を掛けるか…近くの席のやつだと丁度いいが、あいつはダメだ。見た目からして明らかに陰キャだし)

 もちろん分け隔てなく全員と良い関係を築く予定だが、最初の相手選びは重要だ。

(あいつは良さそうだな。髪型と体格からして運動部だろうし、緊張した様子からチャラいわけでも無さそうだ)

 自然な笑顔を作り、狙いの人物の元へ向かって挨拶をしようとしたその時、グッと後ろから肩を引かれた。

「おはよう」

 そいつは低めの声でそう言いながら俺の肩を掴んだままジッと顔を覗き込んでくる。

「お、おはよう」
(なんだこいつ?! 急に初対面の人を無理やり振り向かせて挨拶するっておかしいだろ!)

 驚きと苛立ちを感じつつもなんとか笑顔で挨拶を返す。変なやつだが、ここで引いてはいけない。そんな事をすれば人を選り好みするやつだと思われてしまうし、そしてなによりこいつ、顔が良い。
 祖父譲りの柔らかい茶髪と茶目と白い肌が相まって可愛いとか綺麗だと評される俺と違い、こいつは艶やかで真っ直ぐな黒髪で、凛々しく意志の強さを感じさせる見た目だ。今後女子からの人気を俺と二分する存在になるだろう。となればこいつと仲良くしておいて損は無い。

「俺は佐野さの かおる。これからよろしくね」

 自己紹介ついでに一歩後ろに下がり丁度いい距離を取る。

清水しみず 悠斗ゆうとだ。よろしく」
「清水ってことは、俺の後ろの席だね」
「あぁ、丁度いいな」
「そうだね。仲良くなれそう」
(はぁ、これからしばらくこの変人が真後ろかよ…)



◆◇◆◇



 入学式はあくびを噛み殺すのが大変だ。このおじさんの話は一体いつ終わるんだ?ちらりと隣の清水を見ると、大きな口を開けて堂々とあくびをしていて呆れる。
 すると清水も俺の方を見て目が合ってしまった。

(なんか嫌だな…このまっすぐ突き刺すような視線)

 しばし見つめ合った後若干の気まずさを感じ正面に視線を戻すが、隣からの視線が消える気配は無い。
 しばらくしてから、さすがにもう前を向いただろうと思って隣を確認すると、また目が合う。

(こいついつまでこっち見てんだ?!)
「前向けっ」

 思わず小さな声で注意するが、清水はニヤニヤと笑うだけで全く聞く気が無い。

(やっぱりこいつ変人だ)

 顔の良さから親しくすると決めたが、こいつといると俺の評価まで下がるんじゃないかと不安になってくる。



◆◇◆◇



 入学式を終えた後は途端に教室が賑やかになる。堅苦しい式から解放されてみんな緊張が解けたのだろう。
 その中心にいるのはもちろん俺。皆が緊張して静かだった式の前というタイミングで清水と話していたことで、俺に話しかけるハードルが下がったに違いない。狙い通りだ。
 俺の顔に惹かれた女子と、明るいやつとつるみたいと集まってきた男子と次々SNSを交換していく。
 対して清水は無表情で頬杖をついてスマホをいじっている。俺に集まってきた女子たちは清水とも仲良くなりたそうだが、怖くて声を掛けられないようだ。

(こいつの真顔妙に迫力あって怖いもんな。仕方ない、サポートしてやるか)
「はい、これ俺のQRコード。清水も交換しよ?」

 そう言ってスマホを清水に差し出すと素早い動作でQRコードを読み込む。さぁ、この流れでみんなも清水と交換しやすくなっただろう。
 しかし、ここで問題が発生した。

「ん?えっと、清水のアカウントどれ?」

 溜まったフォローリクエストを承認していこうと通知画面を開くも、清水らしきアカウントが無い。

「貸して」

 そう言って俺のスマホを奪い取り、なにやらものすごい勢いで画面をタップしていく。

(なにしてんだ?)
「はい」

 しばらくして返されたスマホを見ると、フォローリクエストはゼロになっているのにフォローの人数が1しか増えていない。

「ちょ、みんなのフォロリク拒否した?」

 問いかけるも、清水は肩をすくめてとぼけるだけだ。

(何してくれてんだこいつ!…いや落ち着け、この状況を上手くおさめてこそだろ)
「ははっ、すごいいたずら思いつくなー清水って。ごめんみんな、俺が読み込むからQRコード出してくれる?」

 いたずらを笑って流せばみんなも安心して俺の指示に従ってくれる。

「清水もみんなと交換しなよ。あ、ついでに今クラスのグループも作っちゃおっか」

 そうしてメッセージアプリのアカウントも交換し、クラスのグループを作る。その間にクラスメイトたちは次々と清水に声をかけるが、

「やだ」

 そう言って清水はスマホを閉じてしまう。拒否されたことでみんなは戸惑い、教室の空気が重くなっていくのをひしひしと感じる…
 そんな空気を変えるために俺は努めて明るい声をあげる。

「あー、清水はアレだな。恥ずかしがり屋さんだ。まぁ無理せずゆっくり仲良くなっていけばいいよ。ね!」

 同意を求めて笑いかければ、ぎこちないながらも徐々にみんなが笑顔になってゆく。

「そ、そうだね。急にこんな人数に囲まれたら怖いよね」
「ペースは人それぞれだもんな」

 次々とみんなが清水をフォローして、なんとかその場はおさまった。



◆◇◆◇



「お友だちはできた?」

 帰り道で母から問われる。

「うん、結構できたよ。みんないい子そうで良かった」

 入学式のためいつもよりフォーマルな服を着た母は、赤く染まった唇で優しく微笑む。

「そう。あなたはみのるに似て優しいから、きっと上手くやっていけるわ」
「そうだといいな」

 すると母は俺の両肩を掴み、真剣な表情で真っ直ぐ目を見据える。そんな母の目には切実さと悲しさが滲んでいた。

「もし何か辛いことがあったら、すぐにお母さんに言うのよ。どんな些細なことでも、なんでもいいから」
「うん、わかってるよ。ありがとう」

 もちろん上手くやるよ。だから安心して。俺は絶対に、叔父さんのようにはならないから。
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