アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第39話(悠斗視点)

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 ぽろぽろと涙を流し、浅い呼吸を繰り返す薫の背中をさすっている時、心配や焦りと同時に胸に広がった感情は喜びだった。
 こんな姿、きっと俺の前でしか見せない。薫が俺に心を許し、依存しているという事実がどうしようもなく嬉しい。

(俺に嫌がられたと思って泣くなんて、可愛すぎるだろ)

 思わずにやけそうになって口に変な力が入る。幸い薫はこぼれる涙を拭くのに必死で俺の変な顔には気付いていない。
 それにしても、今日の薫はどうしたんだろう。急なキスにこの涙、何かあったのは明らかだが、聞いたところで話してくれない気がする。そこまでの信頼は得られていないようで悲しくはあるが、ここは慰めることに集中して、少しづつ信頼を重ねていけばいつかなんでも話してくれるようになるだろう。
 薫のことは心配だが、俺にとっては今日は最高の日だ。すんでのところで理性をフル稼働して我慢したのは辛いが、今はあのキスだけでも満足だ。

 あのキス、俺は最高に心地よかったが、薫はまるで何かに怯えるような目をしていた。まるでそれを振り払うために俺に縋っているように思えた。そして俺に嫌がられたと思って泣く姿…もしかして薫も俺と同じように捨てられることを恐れているのだろうか?
 何が原因でそうなったのかはわからないが、もしそうだとしたら、これ以上無いくらい嬉しい。

 密かに喜びに包まれていると、突然スっと薫から表情が消えた。

「帰る。ココアご馳走様」
「え」

 そう言うと引き止める間もなく、薫は玄関から出ていってしまった。

「マジでどうしたんだ…?」

 去り際の薫の冷たい目に、なんだか嫌な予感がする。



◆◇◆◇



 翌日、昨日の台風が嘘だったかのように青い空が広がる。いつものように薫とともに学校へ向かうも、薫は昨日のことなど無かったかのような振る舞いだ。それどころか少し他人行儀というか、出会ったばかりの頃のような、他のやつらと同じような接し方をされている。

(昨日のことを蒸し返してほしくないってだけか?)

 それなら仕方ないとは思うが、早く元の薫に戻ってほしい。

 昼休み、いつものように薫と2人で弁当を食べようとすると、薫から「今日は別のところで食べよう」と提案される。
 ついて行った先は校舎から少し離れた場所にある古風な建物だった。ここは確か茶道部が使っている茶室のはずだ。
 その前に置いてある長椅子に腰掛けて薫に声をかける。

「雰囲気あっていいけど、外で食うにはまだちょっと暑くね?」
「今日はここがいい」
「そっか」

 薫が望むなら仕方ない。
 しかし膝の上で弁当を広げようとすると、薫が立ち上がる。

「お箸忘れた。取ってくるからここで待ってて」

 すると俺の返事も聞かずに薫は走り出してしまった。追いかけて入れ違いになるのも嫌だし、大人しく待つしかない。
 膝に弁当箱を乗せたまま、風で揺れる青々としたもみじをぼーっと眺める。そうしていると足音が聞こえてきた。

「薫?早くね…誰」
「あ、あの…同じクラスの、遠藤です」

 薫かと思って一瞬笑顔を向けてしまったことに腹が立つ。
 そこに立っていたのは冴えない女だった。なんとなく同じ空間にいるのが嫌で立ち上がる。

「なに?ここ使っちゃだめ系?」

 薫がここがいいと言ったんだからできればどきたくはないが、茶道部が今から使うとかならどうしようもない。

「いや、そういうわけでは」

 俺の問に彼女は下を向きながら答える。
 しかし、だったらこいつはなんの用でここに来たんだろう?薫が戻って来る前に消えてほしい。
 目の前のやつを追い払おうと口を開きかけた瞬間、彼女は意を決したかのように前を向き、声を上げた。

「あのっ!私、清水君のことが好きです!よければ付き合ってください!」

 そう言って彼女は勢いよく頭を下げ、こちらに手を差し出してくる。

「嫌だ」
「え、あ、そうですよね…」

 素直に答えると彼女はゆるゆると手を下げ頭を上げながら、弱々しい声を出す。そして徐々に顔が赤くなり、目が潤んできていた。

「用が済んだならどっか行ってくんね?もうすぐ薫が来るから」
「あ、はい…でも、ここで待ってても佐野君は来ませんよ」

 予想外の発言に、俺は目の前のやつを鋭く睨みつける。

「は?どういうこと?」
「私が佐野君に頼んで清水君をここに連れて来てもらったので。それに佐野君はさっき校舎に入っていったので、戻っては来ないと思います」

 その言葉を聞いてすぐに校舎の方に駆け出す。
 どういうことだ?薫が俺への告白に協力しただと?昨日俺とあんなことしたっていうのになんなんだよ。
いや、薫のことだ。また周りからの評価を気にして断れなかっただけかもしれない。それならきっと、2人きりの時に俺を抱きしめながら謝ってくれるだろう。

 階段を駆け登り、廊下を走って教室を目指していると、手前の教室に薫の姿を見つけた。

「薫!」
「あれ、清水。どしたん?」

 薫は川島と村瀬と机を囲んで笑い合いながら弁当を食べていた。

「あ、清水君もここ来る?」

 そう言って村瀬が用意した椅子に座り、薫の顔を見ながら尋ねる。

「薫、どういうこと?さっきの何」

 すると薫は作られたような完璧な笑顔をこちらに向ける。

「どうなったかあとで教えてね」

 その表情と声色に壁を感じて、俺は何も言えなくなった。川島が「なんの話?」と興味を示し、「内緒」と薫が答える声が、幕を張ったかのように遠くに聞こえる気がする。

 その後もぐるぐるとそのことばかり考えて、ようやく2人きりになれた帰り道で薫を問いただす。

「昼休みのあれなんだったんだよ」
「遠藤さんと付き合うことにしたの?」
「んなわけねぇだろフッたよ」
「そっか。いい子だったのに」

 必死な俺とは対照的に、薫はひどく落ち着いているように見える。

「薫は俺に彼女できてもいいわけ?」
「…もちろん。そうなったら応援するよ」

 にこやかに答える薫の様子に、俺は心臓の鼓動が早まり頭が真っ白になり、指先が冷たくなってくる感覚がした。

 あまりの不安に耐えきれず、エレベーターの扉が閉まった瞬間薫を壁に押し付け、唇を近付ける。するとドンッと思い切り胸を押されてよろけながら後ろに下がる。

「そういうのやめてくれる?」

 薫の冷たい眼差しに全身が凍りつく。
 そのまま薫は自分の部屋の階で降りていってしまった。

(捨てられたのか…?俺は)

 一体俺の何がダメだったんだ?昨日まであれだけ俺を求めてくれていたのに、急にこんなの理解できない。

 その翌日も、それ以降も薫は何事も無かったかのように明るく優しく振る舞う。変わらず俺をそばには置いてくれているので、周囲から見たら俺と薫は仲良し2人組のままのようだ。
 しかしあの日以降、川島から誘われない限り放課後や休日は俺とは会ってくれない。俺からいくら誘ってものらりくらりと躱されてしまう。

 そうして突然薫との間にできた壁を壊せないまま、どんどん気温は低くなり、冬が訪れるのだった。
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