アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第58話

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 柔らかな日差しと薄ピンク色の花をつけた木々。その中をいつもより少しだけきっちりと着込んだ制服で、悠斗と2人で歩く。
 天気も気温も良く、卒業式としては最高の日だ。

 教室に入れば黒板に【祝卒業】という文字とともに桜の絵が描かれており、机の上には卒業の記念日が置かれている。そのせいか、見慣れたはずの教室が変わってしまったような気がして、本当に今日で最後なのだという実感が湧いてくる。

「卒業しても4人で遊ぼうな~」
「はいはい」

 まだ式も始まっていないというのに、川島は俺たちに抱きついて悲しげな声を出す。

「明後日ねずみーランド行くじゃん」

 村瀬の冷静なツッコミに川島はムッとした表情で顔を上げる。

「ちげーよ大学生になっても社会人になってもじじいになってもって意味!」
「あー、そういう」

 じじいになってもだなんて、随分熱烈な告白だな。しかしここまで想ってくれる友だちができたというのは素直に嬉しい。正直2人を鬱陶しいと思ったこともそれなりにあるが、それぞれ別の進路に進むと思うとそれが恋しく思える。

「てか佐野は早めに予約しとかないと会えなさそうだし」
「え、俺?」
「確かに、佐野くんは大学でも人気出るだろうからなぁ。清水くんは新しい友だちあんま作らなそうだけど」

 2人はそう言って「新しい友だちができても俺たちを忘れないで」と瞳をきゅるきゅるさせて縋ってくる。

(前言撤回。やっぱ鬱陶しいだけかも)

 そんな風にくだらないおしゃべりをしていればどんどん式の開始時刻が迫ってくる。

「トイレ行っとこうかな」

 そう言って教室を出ると、案の定悠斗がついてくる。
 廊下をある程度進んだところで俺は後ろを振り向いて悠斗に尋ねる。

「悠斗、ガチでトイレ行きたい?」
「別に」
「そっか」

 その返答を聞いた俺はトイレをスルーして渡り廊下を渡り、階段を登る。
 そうして屋上前のスペースに身を隠すように腰を下ろすと、悠斗も慣れたように正面に座った。

「薫、袖のボタン1個取れてる」

 俺の後ろを歩いている時に気付いたのだろう。悠斗は俺の左手をとってボタンが1つ消えた袖を示してくる。

「あぁこれ?朝ハサミで取ったの。大輝が欲しいって言うから」

 そうして俺はブレザーのポケットから取った袖のボタンを取り出して見せる。
 今日学校で取って渡したら、それを見た他の生徒からもねだられるかもしれないと思って目立たない場所のボタンを事前に取っておいたのだ。

「は?」

 俺の説明を聞いた悠斗は途端に不機嫌になる。俺と大輝の関係を考えれば悠斗が怒るのも当然だろう。しかし俺は構わずに話を続ける。

「第2ボタンだっけ、好きな人にあげるってやつ。最近じゃあんま聞かないけどさ、俺結構良い文化だと思ってんだよね。ロマンチックじゃん?」

 前まではロマンなんて馬鹿馬鹿しいと思っていたが、実際に好きな人ができて考えが180度変わった。そういったもので相手との繋がりを感じたいと思う世の乙女たちの気持ちが今ならよく分かる。

「でも俺らブレザーだから第2ボタンとか無いじゃん?それで俺考えたの。なんか他に良いのないかなって」

 そう言ってネクタイに指をかけて緩めると、先程まで不機嫌だった悠斗は俺の首もとに釘付けになりゴクリと喉を鳴らした。
 そのまま俺は己の首からするりとネクタイを外し、悠斗のネクタイの端を緩く掴む。

「交換しない?」
「する」

 悠斗は即答すると同時に自分の首からネクタイを取り外す。
 シャツの襟を立てて悠斗の首にネクタイを綺麗に結び直し、その後悠斗が俺のを結んでくれる。
 そして結び終わったあと、悠斗が俺のネクタイをグイッと引っ張り、俺は抵抗することなくそのまま唇に吸い寄せられた。
 軽く合わせてお互いの柔らかさを確かめ合うだけに留め、すぐに階段を降りて教室へ向かう。

「でもやっぱ大輝にボタンあげるのはやだ」

 歩きながら、悠斗は再び不貞腐れたような顔で抗議してくる。

「だってしつこかったんだもん。それにさ、袖のボタンだよ?」
「場所は関係ねぇだろ」
「わかってないなー。袖にするって言葉があるじゃん。ま、これじゃ謎かけみたいなもんだけど」

 そう言うと悠斗はニヤリと笑い、「ざまぁねぇな!」と喜んだ。
 まぁ、大輝は込められた意味など気付かずにただ喜ぶだけだろうけど…

 粛々と進行される卒業式が終われば、後は騒がしい時間が始まる。次から次へと卒業アルバムの空欄ページにメッセージを頼まれ、ツーショットや集合写真も要求される。

(いったいいつになったら帰れるんだか…)

 おそらく同じことを思っている悠斗が後ろで腕を組んで待っている。悠斗は教室の扉から入ってきて俺に話しかけてくるやつらを片っ端から睨みつけている。しかし今日で最後であるため、その圧に屈する者はいない。
 そのうち大輝がボタンを受け取りにやって来て、ひとしきり喜んだ後悠斗につまみ出されそのまま口論していた。

 そうして俺に声をかけてくる者が減ってきたタイミングで川島が勢いよく俺たちを連れ出し、ようやく帰路につくことができた。

(この道を4人で歩くのも今日で最後か)

 3年間毎日のように歩いてきた道も、再び同じように歩くことは無いと思うと寂しくなる。
 いつものようにくだらない会話をしているうちにあっという間に駅に到着し、2人と別れる。

「じゃ、明後日な」
「うん、バイバイ」

 手を振ってそれぞれの路線のホームへ消えてゆく。
 電車の座席に座ったところで、卒業アルバムにみんなが書いたメッセージが気になり少し見てみることにした。

「ははっ、見て、横山さんのメッセージ」

 メッセージを指さして隣に座る悠斗に示す。

【清水くんと末永くお幸せに♡ 横山 穂花】

 1年生の頃から相変わらずの様子の横山さんに笑いがこぼれる。

「そういえばあいつが一番熱狂的だったな」
「確かに」

 横山さんのメッセージの周りには仲間たちの似たような文が集まっており、そこだけ異様な空気を放っている。
 最初は女子から恋愛対象として狙われるのを避けるためにあえて悠斗との噂を放置していたが、まさか本当に付き合うことになるとはあの頃は予想もしていなかった。
 付き合ってからは女子たちが騒ぐたびにバレていないかとひやひやしたものだ。

(あれ、これって…)

 異様なメッセージたちを読んでいると、その中に少し気になるものを発見した。

【お二人を応援しています。 遠藤 芽依】

 この子は確か悠斗に告白した子だ。俺が告白に協力して失敗し、結局俺が悠斗と付き合っているという、少し罪悪感のある相手だ。
 あの後、悲しそうな目をしながらもお礼として俺にお店のクッキーをプレゼントしてくれて、その良い子っぷりにさらに罪悪感を煽られていたんだが…まさか遠藤さんがそっち側に行くとは。
 しかし、なんとなく遠藤さんの名前を悠斗に見られるのが嫌で、手でその部分を隠しながらアルバムを閉じた。

「色々あったけど、なんかあっという間だったなぁ」
「そうだな。結構良い高校生活だった」

 悠斗がそんなことを言うなんて、なんだか意外で思わず目を丸くする。

「悠斗がそんなこと言うなんて…学校にはあんまり興味無いかと」
「学校自体には興味ねぇけど、最高の収穫があったからな」

 そう言って悠斗はネクタイを持ってゆらゆらと揺らす。

「そうだね。俺もこんなに良い高校生活になるとは思わなかった」

 俺も悠斗と同じようにネクタイをつまみ、小さく揺らしてそれを眺める。
 高校で悠斗と出会って初めて心からの喜びと安らぎを知った。悠斗と出会う前はどうやって日々の不安やプレッシャーに耐えていたのか思い出せないくらいだ。そしてこれから先、悠斗がいなければきっと耐えられないだろうという確信がある。

「このネクタイ、一生捨てない」
「俺も。死ぬまで大事にする」

 高校生活は今日で終わりだが、俺たちの人生はまだまだこれからだ。
 大学に就職に…環境が変わるたびに色々なことが待ち受けているだろうけど、悠斗という心の安全基地を得られた今ならなんとかやっていける気がする。
 とりあえず今は、春休みを満喫しよう。

 そうしてアナウンスとともに開いた扉から2人揃って降り、家に向かってゆっくりと歩いていった。
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