私、駆け落ちしま~す

鈴風 紫

文字の大きさ
10 / 12

10話 北の辺境伯

しおりを挟む
 森林を抜け山岳地帯を超えると、岩肌が剥き出しになった断崖絶壁となっている場所に出る。
 眼下には、大地がいびつに歪められた、草木も生えていない広大な荒れ地が姿を現した。
 辺境伯の娘である幼いルディアが、癇癪を起して魔力を暴走させた結果だとは、誰も想像出来ないだろう。

 もうすぐ日が隠れ始めており、西の国と辺境伯領の境の地平線上に広がった雲は、青空の中からオレンジ色に変りながら朱に染まり始めている。
 「絶景ね」
 「んだな」
 戦場は、一時休戦となる様で、兵士たちはお互いに警戒しながら己の陣地へと戻っていく途中であった。

 ミラたちが景色に見とれていると、一体のドラゴンが飛んで来る。
 「おらたちの方に、向かって来てねか?」
 「あれって、辺境伯が飼ってるドラゴンじゃない?よく怪我人を連れて来るから、見た事あるよね?」
 マーカスは、畑の上空を飛んでいた真っ黒い影を、思い出していた。
 「あの真っ黒で、でっかい鳥の事か?」
 鳥でもなければ、飼育をしている訳でもない。

 ドラゴンは、腹が減ったら勝手に食糧を探しに行き、自由気ままに野生と変わらぬ生き方をしているのだ。
 普通の人間ならば、体長が十メートルを超えるドラゴンを見ただけで、身体が震え卒倒してしまう者もいるだろう。

 だが、辺境伯のドラゴンに見慣れていた二人は、特に驚く事もなく観察しているだけだった。
 黙って見ていた二人の前に来ると、ドラゴンはゆっくりと降り立ち、脚を折り曲げて背中に乗れと首を振って促した。
 しかし、ドラゴンの感情など分からないミラは、頭を撫でて欲しいのかと勘違いしたのである。
 勢いよく地面を蹴って飛び上がると、ドラゴンの首にしがみ付き、鱗で黒光りしている頭を撫でてあげるのだった。

 「いいこだね~今日は、辺境伯に遊んで貰ってないのかい?退屈していたんだね~いいこ、いいこ」
 ドラゴンは、何を言っているのだと思ったが、面倒くさいので放置した。
 ミラの行動を、呆けたまま見つめて微動だにしないマーカスを、ドラゴンは尻尾で絡め取り飛び立ったのである。
 
 「うわあ~!!!おら、食いもんじゃね~べ~離してくれ~」
 首にしがみ付いていたミラは、いつの間にか背中の方へ移動していた。
 「マーカス!ドラゴンは、人間を食べたりしないよ。きっと、遊んで欲しいだけなのよ」
 どっちも大きな勘違いをしているが、ドラゴンは二人を迎えに来ただけで、遊んで欲しい訳ではない。
 辺境伯軍の陣地に降り立つと、二人を下ろして、何処かへと飛んで行ってしまうのだった。

 「あれ~?何処へ行っちゃうの?」
 ミラは残念そうにしているが、マーカスは胸を撫で下ろしていた。
 ドラゴンと戦えるだけの実力は持っているが、意味も無く生き物を傷付けるのは性に合わないのである。
 尻尾で掴まれたのだから戦う意味はあると思うのだが、マーカスが本気を出す時の基準が何処にあるのかは、本人にも分かっていない謎であった。

 「早かったのう。疲れたじゃろう、テントの中に入って、休みなさい。オルテンシア伯爵からは、連絡を貰っておる。中で詳しい話を聞かせてくれんかのう」
 声をかけてきたのは、北の辺境伯、マテオ・レッドスパイダリー本人だった。
 史上最年少でソードマスターとなり、特級呪術師としても名高い人物である。
 王国にとって大切な北の領地を護り、国王陛下からも全幅の信頼を置かれているので、気安く話し合える相手ではなかった。

 だが二人は、オルテンシアの領民である。
 例え目の前に国王がいたとしても、怯える事はないのだ。
 決して侮っている訳ではないのだが、オルテンシアの領民性なのだろうと、マテオは感じていた。
 「はじめまして、ミラ・オルテンシアです。お目にかかれて光栄です」
 「はじめまして、おらはマーカスです」

 些か礼儀がなっていない挨拶だが、マテオはそんな細かい事を気にする人物ではない。
 日頃から世話になっている領主の娘が来ると聞いたから、歓迎しようと待ち構えていたのだ。
 「オルテンシアには、世話になっている。わしに出来る事があれば、力を貸そうと思ってたんだがな…マーカスと言ったか?見た感じでは、呪詛の気配は無いのじゃが…一応祓ってみるかのう」
 「おら、呪われる様な事をした覚えはないんだ。近所の、ばさま婆様まで、呪われてんじゃねえかって心配してくるんだべ。んだから、安心させてやりたいっけさ」
 辺境伯は、マーカスの話しを聞いて「そうか」と頷くと、直ぐに呪印を結んで呪詛を祓ってくれたのだが…
 やはり、呪われてはいなかったのだった。
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?

みこと。
恋愛
男爵令嬢マチルダが現れてから、王子ベイジルとセシリアの仲はこじれるばかり。 婚約破棄も時間の問題かと危ぶまれる中、ある日王宮から、公爵家のセシリアに呼び出しがかかる。 なんとベイジルが王家の禁術を用い、過去の自分と精神を入れ替えたという。 (つまり今目の前にいる十八歳の王子の中身は、八歳の、私と仲が良かった頃の殿下?) ベイジルの真意とは。そしてセシリアとの関係はどうなる? ※他サイトにも掲載しています。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

完結 愛人と名乗る女がいる

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、夫の恋人を名乗る女がやってきて……

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

処理中です...