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10話 北の辺境伯
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森林を抜け山岳地帯を超えると、岩肌が剥き出しになった断崖絶壁となっている場所に出る。
眼下には、大地がいびつに歪められた、草木も生えていない広大な荒れ地が姿を現した。
辺境伯の娘である幼いルディアが、癇癪を起して魔力を暴走させた結果だとは、誰も想像出来ないだろう。
もうすぐ日が隠れ始めており、西の国と辺境伯領の境の地平線上に広がった雲は、青空の中からオレンジ色に変りながら朱に染まり始めている。
「絶景ね」
「んだな」
戦場は、一時休戦となる様で、兵士たちはお互いに警戒しながら己の陣地へと戻っていく途中であった。
ミラたちが景色に見とれていると、一体のドラゴンが飛んで来る。
「おらたちの方に、向かって来てねか?」
「あれって、辺境伯が飼ってるドラゴンじゃない?よく怪我人を連れて来るから、見た事あるよね?」
マーカスは、畑の上空を飛んでいた真っ黒い影を、思い出していた。
「あの真っ黒で、でっかい鳥の事か?」
鳥でもなければ、飼育をしている訳でもない。
ドラゴンは、腹が減ったら勝手に食糧を探しに行き、自由気ままに野生と変わらぬ生き方をしているのだ。
普通の人間ならば、体長が十メートルを超えるドラゴンを見ただけで、身体が震え卒倒してしまう者もいるだろう。
だが、辺境伯のドラゴンに見慣れていた二人は、特に驚く事もなく観察しているだけだった。
黙って見ていた二人の前に来ると、ドラゴンはゆっくりと降り立ち、脚を折り曲げて背中に乗れと首を振って促した。
しかし、ドラゴンの感情など分からないミラは、頭を撫でて欲しいのかと勘違いしたのである。
勢いよく地面を蹴って飛び上がると、ドラゴンの首にしがみ付き、鱗で黒光りしている頭を撫でてあげるのだった。
「いいこだね~今日は、辺境伯に遊んで貰ってないのかい?退屈していたんだね~いいこ、いいこ」
ドラゴンは、何を言っているのだと思ったが、面倒くさいので放置した。
ミラの行動を、呆けたまま見つめて微動だにしないマーカスを、ドラゴンは尻尾で絡め取り飛び立ったのである。
「うわあ~!!!おら、食いもんじゃね~べ~離してくれ~」
首にしがみ付いていたミラは、いつの間にか背中の方へ移動していた。
「マーカス!ドラゴンは、人間を食べたりしないよ。きっと、遊んで欲しいだけなのよ」
どっちも大きな勘違いをしているが、ドラゴンは二人を迎えに来ただけで、遊んで欲しい訳ではない。
辺境伯軍の陣地に降り立つと、二人を下ろして、何処かへと飛んで行ってしまうのだった。
「あれ~?何処へ行っちゃうの?」
ミラは残念そうにしているが、マーカスは胸を撫で下ろしていた。
ドラゴンと戦えるだけの実力は持っているが、意味も無く生き物を傷付けるのは性に合わないのである。
尻尾で掴まれたのだから戦う意味はあると思うのだが、マーカスが本気を出す時の基準が何処にあるのかは、本人にも分かっていない謎であった。
「早かったのう。疲れたじゃろう、テントの中に入って、休みなさい。オルテンシア伯爵からは、連絡を貰っておる。中で詳しい話を聞かせてくれんかのう」
声をかけてきたのは、北の辺境伯、マテオ・レッドスパイダリー本人だった。
史上最年少でソードマスターとなり、特級呪術師としても名高い人物である。
王国にとって大切な北の領地を護り、国王陛下からも全幅の信頼を置かれているので、気安く話し合える相手ではなかった。
だが二人は、オルテンシアの領民である。
例え目の前に国王がいたとしても、怯える事はないのだ。
決して侮っている訳ではないのだが、オルテンシアの領民性なのだろうと、マテオは感じていた。
「はじめまして、ミラ・オルテンシアです。お目にかかれて光栄です」
「はじめまして、おらはマーカスです」
些か礼儀がなっていない挨拶だが、マテオはそんな細かい事を気にする人物ではない。
日頃から世話になっている領主の娘が来ると聞いたから、歓迎しようと待ち構えていたのだ。
「オルテンシアには、世話になっている。わしに出来る事があれば、力を貸そうと思ってたんだがな…マーカスと言ったか?見た感じでは、呪詛の気配は無いのじゃが…一応祓ってみるかのう」
「おら、呪われる様な事をした覚えはないんだ。近所の、ばさままで、呪われてんじゃねえかって心配してくるんだべ。んだから、安心させてやりたいっけさ」
辺境伯は、マーカスの話しを聞いて「そうか」と頷くと、直ぐに呪印を結んで呪詛を祓ってくれたのだが…
やはり、呪われてはいなかったのだった。
眼下には、大地がいびつに歪められた、草木も生えていない広大な荒れ地が姿を現した。
辺境伯の娘である幼いルディアが、癇癪を起して魔力を暴走させた結果だとは、誰も想像出来ないだろう。
もうすぐ日が隠れ始めており、西の国と辺境伯領の境の地平線上に広がった雲は、青空の中からオレンジ色に変りながら朱に染まり始めている。
「絶景ね」
「んだな」
戦場は、一時休戦となる様で、兵士たちはお互いに警戒しながら己の陣地へと戻っていく途中であった。
ミラたちが景色に見とれていると、一体のドラゴンが飛んで来る。
「おらたちの方に、向かって来てねか?」
「あれって、辺境伯が飼ってるドラゴンじゃない?よく怪我人を連れて来るから、見た事あるよね?」
マーカスは、畑の上空を飛んでいた真っ黒い影を、思い出していた。
「あの真っ黒で、でっかい鳥の事か?」
鳥でもなければ、飼育をしている訳でもない。
ドラゴンは、腹が減ったら勝手に食糧を探しに行き、自由気ままに野生と変わらぬ生き方をしているのだ。
普通の人間ならば、体長が十メートルを超えるドラゴンを見ただけで、身体が震え卒倒してしまう者もいるだろう。
だが、辺境伯のドラゴンに見慣れていた二人は、特に驚く事もなく観察しているだけだった。
黙って見ていた二人の前に来ると、ドラゴンはゆっくりと降り立ち、脚を折り曲げて背中に乗れと首を振って促した。
しかし、ドラゴンの感情など分からないミラは、頭を撫でて欲しいのかと勘違いしたのである。
勢いよく地面を蹴って飛び上がると、ドラゴンの首にしがみ付き、鱗で黒光りしている頭を撫でてあげるのだった。
「いいこだね~今日は、辺境伯に遊んで貰ってないのかい?退屈していたんだね~いいこ、いいこ」
ドラゴンは、何を言っているのだと思ったが、面倒くさいので放置した。
ミラの行動を、呆けたまま見つめて微動だにしないマーカスを、ドラゴンは尻尾で絡め取り飛び立ったのである。
「うわあ~!!!おら、食いもんじゃね~べ~離してくれ~」
首にしがみ付いていたミラは、いつの間にか背中の方へ移動していた。
「マーカス!ドラゴンは、人間を食べたりしないよ。きっと、遊んで欲しいだけなのよ」
どっちも大きな勘違いをしているが、ドラゴンは二人を迎えに来ただけで、遊んで欲しい訳ではない。
辺境伯軍の陣地に降り立つと、二人を下ろして、何処かへと飛んで行ってしまうのだった。
「あれ~?何処へ行っちゃうの?」
ミラは残念そうにしているが、マーカスは胸を撫で下ろしていた。
ドラゴンと戦えるだけの実力は持っているが、意味も無く生き物を傷付けるのは性に合わないのである。
尻尾で掴まれたのだから戦う意味はあると思うのだが、マーカスが本気を出す時の基準が何処にあるのかは、本人にも分かっていない謎であった。
「早かったのう。疲れたじゃろう、テントの中に入って、休みなさい。オルテンシア伯爵からは、連絡を貰っておる。中で詳しい話を聞かせてくれんかのう」
声をかけてきたのは、北の辺境伯、マテオ・レッドスパイダリー本人だった。
史上最年少でソードマスターとなり、特級呪術師としても名高い人物である。
王国にとって大切な北の領地を護り、国王陛下からも全幅の信頼を置かれているので、気安く話し合える相手ではなかった。
だが二人は、オルテンシアの領民である。
例え目の前に国王がいたとしても、怯える事はないのだ。
決して侮っている訳ではないのだが、オルテンシアの領民性なのだろうと、マテオは感じていた。
「はじめまして、ミラ・オルテンシアです。お目にかかれて光栄です」
「はじめまして、おらはマーカスです」
些か礼儀がなっていない挨拶だが、マテオはそんな細かい事を気にする人物ではない。
日頃から世話になっている領主の娘が来ると聞いたから、歓迎しようと待ち構えていたのだ。
「オルテンシアには、世話になっている。わしに出来る事があれば、力を貸そうと思ってたんだがな…マーカスと言ったか?見た感じでは、呪詛の気配は無いのじゃが…一応祓ってみるかのう」
「おら、呪われる様な事をした覚えはないんだ。近所の、ばさままで、呪われてんじゃねえかって心配してくるんだべ。んだから、安心させてやりたいっけさ」
辺境伯は、マーカスの話しを聞いて「そうか」と頷くと、直ぐに呪印を結んで呪詛を祓ってくれたのだが…
やはり、呪われてはいなかったのだった。
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