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歓楽街を抜けて小さな路地に入る。そこにはいつも通り『シエスタ』が営業していた。
「いらっしゃい。あら、今日は彩乃ちゃんの方がおそかったのね」
「こんばんは、マスター」
「遅い。十分遅刻」
「すみませーん。って待ち合わせ時間書いてなかったですよ」
「そうだったか?」
「そうです!」
出張に出ていた和希さんから「『シエスタ』で」とだけメッセージが飛んできて、大急ぎで仕事と終わらせてきた。今ではすっかり顔馴染みになり、ここの常連さんとも交流を持つようになっていた。
「そういえば、副業の件はどうなった?」
あれから保留になっていた件で人事部の山田さんに再度呼び出されることになった。今度はクビを覚悟で正直に告げようと思っていたところ思わぬ方向に好転していた。
「あ、はい。副業規定を決めるってことになって、今度は法務部も交えてミーティングすることになりました」
なんでも会社でも働き方改革の一環として副業を認める方向にするらしく、その規定を作るのに実際に副業をしていた私の意見も参考にしたいと言われたのだ。もちろん一週間の労働規定などのほか、本業に支障をきたさない程度とはどの程度なのかといった細かい部分の話し合いが始まっていた。
つまり、お咎めどころか見本という立場になっていた。
「そういう和希さんこそなんで会社に戻ってこなかったんですか? みんなお土産楽しみにしてましたよ?」
いつも出張に行くたびにお菓子を買って帰ってくる和希さんを内勤の人達は楽しみにしている。かくいう私もそのうちの一人だ。
「毎回毎回菓子を買って帰るのも大変なんだぞ。重いし、かさばるし」
「まぁそれは……」
「だから、今回はお前だけ、ほら」
「わぁ。かわいい!」
今回は福岡に言っていたらしく、ひよこの形をした可愛いお菓子を渡してくれた。甘いものが好きな私にとってはこの上なく御褒美だ。
「良かったわねぇ。彩乃ちゃんお菓子大好きだものね」
「はい! マスターと知り合ってからこんなに美味しいものがあるなんて知りませんでした」
「え?」
せっかくだから一つだけ頂こう、良ければ常連さんにもお裾分け、なんて思いながら包装紙を外していくとぽかんとしている和希さんの顔があった。
「どうかしました?」
「お前、大学入るまで菓子食ったことなかったのか?」
「はい。甘いっていう味覚を知りませんでした」
「マジか……」
私の生い立ちはすでに和希さんにも話した通りだ。親のネグレクトで食事すらまともに与えてもらえなかった。だからお菓子なんて素晴らしいものがあることもマスターと知り合ってから知ったことだ。
「どうりで毎回うまそうに食うわけだよな」
「甘いものは正義ですよね!」
「まぁな」
はぁと呆れたように笑う和希さんが何を思っていたかわからないけれど、今の私は好きな物や人に囲まれていて幸せだと思う。
毎日同じ時間に起きて、仕事にいって、同じ時間に帰ってくる。同じことの繰り返しだとしても、それが一番平穏であることを身に染みて実感していた。
でも、今は少しだけ違う。大好きな人と一緒に過ごす時間は平穏なだけじゃない。怒ったり泣いたり、寂しくなったり、笑いあったり、たくさんの感情で毎日が彩られる。
そんな日々も良いんじゃないかと思えるようになった。
「和希さん」
「ん?」
「大好きです」
「知ってる」
そう言って二人で笑い合う日々がこれからもずっと続きますように。
真夜中の空気に酔いしれながらそう願うのだった。
「いらっしゃい。あら、今日は彩乃ちゃんの方がおそかったのね」
「こんばんは、マスター」
「遅い。十分遅刻」
「すみませーん。って待ち合わせ時間書いてなかったですよ」
「そうだったか?」
「そうです!」
出張に出ていた和希さんから「『シエスタ』で」とだけメッセージが飛んできて、大急ぎで仕事と終わらせてきた。今ではすっかり顔馴染みになり、ここの常連さんとも交流を持つようになっていた。
「そういえば、副業の件はどうなった?」
あれから保留になっていた件で人事部の山田さんに再度呼び出されることになった。今度はクビを覚悟で正直に告げようと思っていたところ思わぬ方向に好転していた。
「あ、はい。副業規定を決めるってことになって、今度は法務部も交えてミーティングすることになりました」
なんでも会社でも働き方改革の一環として副業を認める方向にするらしく、その規定を作るのに実際に副業をしていた私の意見も参考にしたいと言われたのだ。もちろん一週間の労働規定などのほか、本業に支障をきたさない程度とはどの程度なのかといった細かい部分の話し合いが始まっていた。
つまり、お咎めどころか見本という立場になっていた。
「そういう和希さんこそなんで会社に戻ってこなかったんですか? みんなお土産楽しみにしてましたよ?」
いつも出張に行くたびにお菓子を買って帰ってくる和希さんを内勤の人達は楽しみにしている。かくいう私もそのうちの一人だ。
「毎回毎回菓子を買って帰るのも大変なんだぞ。重いし、かさばるし」
「まぁそれは……」
「だから、今回はお前だけ、ほら」
「わぁ。かわいい!」
今回は福岡に言っていたらしく、ひよこの形をした可愛いお菓子を渡してくれた。甘いものが好きな私にとってはこの上なく御褒美だ。
「良かったわねぇ。彩乃ちゃんお菓子大好きだものね」
「はい! マスターと知り合ってからこんなに美味しいものがあるなんて知りませんでした」
「え?」
せっかくだから一つだけ頂こう、良ければ常連さんにもお裾分け、なんて思いながら包装紙を外していくとぽかんとしている和希さんの顔があった。
「どうかしました?」
「お前、大学入るまで菓子食ったことなかったのか?」
「はい。甘いっていう味覚を知りませんでした」
「マジか……」
私の生い立ちはすでに和希さんにも話した通りだ。親のネグレクトで食事すらまともに与えてもらえなかった。だからお菓子なんて素晴らしいものがあることもマスターと知り合ってから知ったことだ。
「どうりで毎回うまそうに食うわけだよな」
「甘いものは正義ですよね!」
「まぁな」
はぁと呆れたように笑う和希さんが何を思っていたかわからないけれど、今の私は好きな物や人に囲まれていて幸せだと思う。
毎日同じ時間に起きて、仕事にいって、同じ時間に帰ってくる。同じことの繰り返しだとしても、それが一番平穏であることを身に染みて実感していた。
でも、今は少しだけ違う。大好きな人と一緒に過ごす時間は平穏なだけじゃない。怒ったり泣いたり、寂しくなったり、笑いあったり、たくさんの感情で毎日が彩られる。
そんな日々も良いんじゃないかと思えるようになった。
「和希さん」
「ん?」
「大好きです」
「知ってる」
そう言って二人で笑い合う日々がこれからもずっと続きますように。
真夜中の空気に酔いしれながらそう願うのだった。
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