二人の恋愛ストラテジー

香夜みなと

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01.

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 目が覚めるとカーテンを開ける。

 眩しい日射しを浴びながらコーヒーを入れて新聞をチェックする。

 朝ご飯を食べながらスマホを見て週末の予定を確認する。

 テレビ番組は時計がわり。

 時間に追われながらメイクをして、着替えをして。

 姿見の前で、今日も大丈夫とおまじないの様に笑顔を浮かべる。

 それが、毎朝のルーティーンだ。





 朝の通勤ラッシュより少し遅めの時間の電車に飛び乗った。この時間はスマホをいじるぐらいのスペースは確保されているので、その移動時間でニュースをチェックするのが日課だ。

会社の最寄り駅で降りて、会社が入っているビルの一階にあるコーヒーショップでカフェラテを注文してから出勤する。

「おはようございます」

 周りの人に挨拶をすると小さく「おはよう」という声が返ってくる。自分のデスクに座って時間を確認した。時刻は九時二十五分。九時半からの出勤に丁度良いタイミングの出社だ。世間では十分前行動だのなんだのと言われているが始業時間までに間に合えばいい。電車が遅れれば遅延証明書をもらえばいいだけのことだ。無理をしてそんなに早く来る必要などない、というのが持論だ。

 今野亜美こんのあみが勤めているのはここ最近急成長を遂げているIT企業「アルカトラズ」だ。在庫管理システムの開発からECサイトの構築など幅広く手がけている。亜美はそのアルカトラズの広報・マーケティング担当として働いている。

「今野さん、総務部の大野さんが今度結婚するらしいですよ」

「そうなんですか! おめでたいですね」

 隣にいた同僚にそう言われて亜美はまた結婚の話かと思いながら、総務部の大野という人物を思い浮かべた。小柄でふんわりとしたセミロングのパーマの子だ。どこか守ってあげたくなるような雰囲気という印象の子だ。

「今野さん、大野さんと同じ年じゃなかったですっけ?」

「え、そうでした? 私、転職組なので、新卒で入った人とはあま交流がなくて……」

 パソコンにログインして画面を見ながら返事をした。亜美はアルカトラズに入社してまだ三年目だ。大学卒業後、輸入食品の会社で営業として入社した会社が倒産寸前になり、上手く会社都合で退職した。失業保険をもらいながら、次はあまり外回りがない仕事をと探していた際に良いタイミングでアルカトラズに入社することができた。ただ、広報という仕事を任されているあたり忙しい時は忙しい。ただ、それでもシステム開発をしている部署よりはまだマシだと言い聞かせていた。

「あ、そっか。今野さんってシステム開発部の宮川と同期ですっけ?」

「あ~、はい。まぁ……」

 亜美はその名前を聞いて苦笑いを浮かべた。

 宮川滉みやがわこうはアルカトラズでシステム開発部のシステムエンジニアをしている。亜美と同日にアルカトラズへ入社、年齢も同じということもあり、打ち解けるのに時間はかからなかった。

「あの変人、いつ帰宅してるか謎って話ですけどね……」

「そう、ですね……」

 同僚にそう言われて亜美は苦笑いを浮かべた。

 初めは違う部の同期程度に思っていたが、しばらくすると宮川の評判を聞くようになった。何でもアルカトラズ始まって以来の天才だとか、宮川の作ったプログラムはバグが少なくてテストフェーズに工数がかからないだとか、とにかくプログラミングについては右に出るものはいないと言うのだ。

「あ、宮川で思い出したけど、次の製品のプレスリリースの準備は進んでる?」

「はい。今日の午後、システム開発部とのミーティングでもう少し詳しく話を聞いてくる予定です」

「そっか。じゃあよろしくね」

正直、亜美はプログラムには詳しくない。ただ、広報という仕事柄、自社の製品をよく知っておく必要はあるため宮川に話を聞きにいくことはある。

 椅子に座り直してパソコンに向かうと、リリース記事のドラフトとにらめっこをしながら、午後のミーティングに備えるのだった。

 夕方から始まったミーティングは会議室内の空気を凍らせていた。

「この製品の最大の売りは何なのか決めて、もらえますか?」

「売り、ねぇ……。そんなこと言ったらたくさんあるんだけど」

「わかりやすく、かつ簡潔にお願いします」

 会議室には亜美の他に、システム開発部からは宮川と村田、そしてアルカトラズの社長である藤沢裕幸ふじさわひろゆきがいた。亜美と宮川の言い合いを戸惑いながら聞いている村田とは反対に、藤沢はニコニコとしている。

「わかりやすくって……。そのキャッチコピーを考えるのが広報の仕事だろ。なんで俺たちの方でそこまで考えなきゃなんないんだよ」

 シャツを腕まくりし、ネクタイはしているものの、胸ポケットにしまわれている。不潔ではないがどこか粗雑な姿の宮川は面倒臭そうに答えた。その表情には疲れの色が浮かんでいて、昨日も遅くまで作り込みをしていたことは想像できる。

「内部資料だけでは読み取れません。やはり実際に作った人の声を聞かないと……」

「そりゃそうだろ。それ設計書。販売目的で作ったもんじゃないから」

「だからそこを……」

 亜美と宮川が言い合いをしていると村田が小声で藤沢に話しかけた。

「あの、これ収集つきますかね?」

「ん~。いいんじゃない? スピークアウト。言いたいことをちゃんと言って、意見交換するのは良いことだよ」

「言いたいことっていうか、これただの喧嘩みたいな……」

 コーヒーを飲みながら藤沢はパソコンでメールチェックをしている。何も気にしていない様子の藤沢を見て村田は設計書に視線を戻した。

「あのね、私はシステムは詳しくないの。これでも一応勉強はしてるけど、少しは協力してくれてもいいでしょ?」

 さっきまでは抑えていたのに、ついに亜美の方からけんか腰になってしまった。はっと木気付いたときには村田は亜美とは視線を合わせてくれないし、宮川も面倒臭そうな顔をしている。

「そこまで言うなら、ドラフトぐらいは出来てるんだろうな?」

「も、もちろんです! ただ、ここの紹介記事がどの程度の知識量で書けばいいかわからなくて……」

 宮川に言われ、亜美はプレスリリースのドラフトを画面に出した。亜美も勉強しているとは言え、専門用語が正しく説明出来ているか不安な部分がある。

「ふ~ん、なるほどね。じゃこれ俺の方で引き取るわ。夕方までに返すから」

 資料を見ていた宮川はそれだけをいうと席から立ち上がった。

「え、ちょ、宮川……!」

「村田。次のシステム要件の打ち合わせの資料出来てるよな」

「は、はいっ!」

 宮川は村田を連れてミーティングルームを出て行く。唐突に終わりを告げたミーティングに亜美はただ呆然と閉まるドアを見つめていた。部屋の中には亜美と社長の藤沢だけが残されていた。

「はぁ……もうなんなんですかね、アイツ」

「あ、もう終わった? 今日は早かったね」

 悠長にコーヒーを啜りながら藤沢はにこりと微笑んだ。社長というぐらいだから忙しい人かと思っていたら、外出をする日と社内に詰める日をきちんと分けているらしく、社内にいる日はこうしてミーティングに参加することもあった。

「社長はのんびりし過ぎです……っていうか出来上がったらメールで送るので最終チェックだけしてくださればいいのに」

 亜美は藤沢には雇ってくれたという恩がある。ただ、社長面接に会うだけだと思っていたのに、働き始めたらどうしてか顔を合わせることが多くて驚いている。

「ん~、なんかさ。二人の言い合い聞いてるの、好きなんだよね。ほら、みんな僕には気を遣ってあんまり何も言わないから」

 のんびりとした様子にこの人はMなのかと勘ぐってしまう。

「いや、私も強く言うのは宮川だけで社長にはなにも……」

「同期っていいよね。気兼ねしなくてさ」

 人の話を聞いているのかいないのか。考えていることがイマイチわからない。ただ穏やかな笑みを浮かべる社長と会議室を後にしたのだった。

 座席に戻ってくると溜まっていたメールのチェックと返信をする。色々な媒体にプレスリリースを出すためその費用に関してや、リリース日の確認、問い合わせ対応などすることは沢山ある。

「あ~、肩こる~。少し休憩しようかな……」

 時計を見るとすでに十八時半に差し掛かろうとしていた。確か同僚たちがお疲れさまと言いながら帰っていったなと、思っていたより集中していたことに気付いた。肩を回して伸びをしているとメールが一通入ってきた。

「うわ、宮川からか。修正早い……」

 宮川からのメールには添付ファイルがあった。開くと亜美が悩んでいた箇所の文章が、初心者にもわかりやすく、かつ業界の人向けにポイントもいくつか書かれていた。

「最初からこうしてくれたら仕事早いんだけどなぁ」

 深いため息をついた。これは宮川に対してだけでなく、自分にも反省点がある。ミーティングをする前はちゃんと話すポイントをまとめていくのに、いつも宮川の挑発に乗ってしまって論点がずれてしまうことがあるのだ。

「これならリリース日に間に合いそう……ん?」

 添付ファイルに気を取られメール本文を読むのを忘れていた。本文を見てみると、単語登録でもしてあるのか定型文の挨拶のあとに一言だけメモのようにかかれていた。

「二十時にいつものとこ、ですか……今日は早く帰れるんだ」

 その言葉に亜美は少しだけ浮かれた気分になる。今日は金曜日だし、少し遅くまで飲んでも明日のことは気にしなくて良い。時間をもう一度確認するともう少しだけ仕事をしてからあがろうと、パソコンに向かうのだった。

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