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あの日から一週間近くがたった。あまりにも宮川の態度が普通過ぎて、あの日のことを宮川に尋ねるタイミングを逃してしまった。聞いたところでどうにかなるわけでもないことはわかっている。お試し、そう言われただけだ。亜美は良くても、宮川にとっては良くなかったのかもしれない。そう思うとますます本人に聞くことなどできなかった。
「やっぱり真面目に婚活するしかないかなぁ……」
宮川が好きか嫌いかと言えば嫌いではない。でももしこのまま関係が進展したら恋人として見れるのかというとそこまでではないのかもしれない。それになんとなくこのまま離れた方が傷つかずにすむかもしれないと、思い始めていた。
「あ、今野さん。これ宮川さんからの届け物です」
「ありがとうございます。今度のプレスリリースのスケジュールの件かな」
プレスリリース向けのパンフレットの制作は順調に進んでいる。けれど、藤沢が記者発表会をやろうと言い出した。亜美は会場の手配やら関係者への招待メールの送付、当日の段取りなど多忙を極めていた。藤沢は開発責任者である宮川にも登壇して欲しいと打診し、渋っていた宮川は製品説明の時だけという条件でそれを飲んでくれたのだ。製品説明の時間に三十分取っていたのだが、宮川から「長い。俺が説明するのは十分であとは村田にやらせる」とごり押ししてきたのだ。三十分で終わる製品発表会なんてコストに見合わない。そう抗議したのだが結局藤沢が了承してしまったため、せめて一時間にはなるように会社説明や次期製品の説明などスケジュールを組み直さなければならなくなった。
「はぁ……あとは社内調整もだよね。営業の人にも何人か来てもらわなくちゃいけないし」
広報・マーケティングは総出で会場に行くものの、業界関係者や客になり得る人も来るとなれば営業にも対応をしてもらわなければならない。
「お疲れでーす! 亜美ちゃんいる? パンフレット足りなくなったんでもらいにきました!」
「あ、お疲れさまです。そこに会社案内と製品のパンフあるので適当に……」
元気よく入ってきたのは社内でもチャラ男と言われている営業部の神永だった。亜美よりも二歳年下の彼は営業部では成績も良いらしく多少の言動は見逃されているところがあった。
じゃなかったら、亜美も年下から名前にちゃんづけで呼ばれることを良しとはしない。まして会社ならなおさらだ。
「あ、そうだ。今度ご飯食べに行こうって話、考えてもらえました?」
神永は亜美のデスクまでくると、顔を近づけてきた。パンフレットを取りに来たのではないのか、思わずそう口に出してしまいそうになる。
「え、あー、ちょっとプレスリリース前で忙しくて……」
「前もそうやって流れたじゃないですか。ね、試しにご飯だけでも行きましょうよ」
亜美は苦笑いを浮かべるしかなかった。チャラ男と言われる所以は誰でもご飯に誘うこの軽さもあるのだが、なぜか一緒に行った女の子とトラブルを起こしがちなのだ。それを知っている亜美はなおさら行く気にはなれない。
それに、試しに、なんて言葉をこんな短期間でまた聞くとは思わなかった。神永のお試しは魅力を感じないしはっきりと断りたい。
「なんだったらそろそろランチですし……」
「だから……」
「あぁ、良かった。今野さん、ちょっと今度のリリースの件で、ランチしながら話したいんだけど……」
今度こそはっきり断ろうかと口を開いたところで藤沢に声をかけられた。にこやかに微笑んでいる藤沢を見て、神永は苦笑いを浮かべて「お疲れさまでーす」と軽く挨拶をするとパンフレットを持って去ってしまった。
「あれ、何か邪魔しちゃったかな?」
無害そうな顔をして微笑む藤沢は何を考えているかわからないけれど、今の亜美にとってはまさに救世主だった。
「とんでもない……ナイスタイミングです。助かりました……」
「じゃあ、行こうか」
藤沢に促されるまま亜美は資料とバッグを持って彼の後を追いかけた。
連れて来られたのは会席料理の店で藤沢と二人、個室に通された。接待で使用するような店に、藤沢はいつもこんな生活をしているのだろうかと思ってしまう。
「今野さん、食べられないものとかある?」
「あ、いえ、特にないので、大丈夫です」
いくらぐらいするんだろう、お金足りるかなと考えていると目の前にいる藤沢が笑い出した。
「ぷ……今野さん、今日は僕のお誘いだから、お金のことは気にしないで」
「は、はい……すみません」
顔に出ていたのか、藤沢にそう言われると途端に恥ずかしくなってしまう。
「滉は気にせずバクバク食べてくから、今野さんみたいに遠慮されると新鮮だな」
ふいに宮川の名前が出てきて亜美は藤沢に視線を向けた。まるで意識しているみたいだと思われてしまうがあんなことがあったのだから仕方がない。
「滉のこと気になる?」
「あ、いえ……別にそんな……」
藤沢は亜美と宮川の間に何があったかなんて知らないはずなのに、なぜか見透かされているような気分になる。
「あ、ごめん聞き方が変だったかな。今野さんと滉って同日入社でしょ。なんで滉がうちに来たのかって意味で」
藤沢の説明を聞いてほっと胸を撫で下ろした。そういえば、宮川と同日入社で同期ではあるが、あまり詳しくは聞いたことがない。
「確か飲み屋で社長と知り合ったって話は聞いたことあります」
亜美は転職エージェントを介してアルカトラズに入社した。宮川から入社した理由を聞いた時は「コネか」と思ったが、その仕事ぶりを見てからはヘッドハンティングもしたくなる存在だと言うのはわかった。
「そうそう。確か新宿のバーで知り合ったんだけど、アイツ黙々と一人で飲んでてね。変な奴だなぁって思ってたら、実際変なやつだった」
楽しそうに笑う藤沢を見ていると亜美も昔から変な奴だったんだと一人心の中で呟いた。
「何度かそこで会うようになって、思い通りの開発が出来ないってボヤいてたから、うちに誘ったんだ」
「そうだったんですね……」
宮川にも悩みの一つや二つがあったんだと思うと亜美は少し不思議な気分になった。いつも横柄な態度を取っているがその実プライベートは優しい所もある。もしかしたら宮川が結婚を考えていた女性もそういう所に惹かれて付き合っていたのだろうかと思うと少し胸が痛くなった。
「実際誘ってみて良かったと思ってるよ。ちょうどその時期に今野さんとも面接して、とても良い人材に恵まれたなって思った」
「そう言って頂けると嬉しいです。私もここに入社してとてもやりがいを感じてます」
藤沢からそういった言葉をかけて貰えることは素直に嬉しい。毎年上司との面談で一年の評価をされるが、藤沢に気に留めてもらえることは一社会人としてはこれからのモチベーションにも繋がる。
「滉もあの頃は私生活の方も上手くいってなくて荒れてたみたいだったから、仕事だけでも何か助けてあげられればなと思ってね」
私生活と聞いてどくんと心臓が音を立てる。ピンときたのは宮川が結婚を考えていた女性がいたということだ。でもそんなことを聞けるはずもなく、亜美はニコニコと話藤沢の会話に相づちを打っていた。
「それに今野さんとミーティングしてるときの滉は楽しそうだから、僕も嬉しくなるんだよね」
「そう、でしょうか……。いつも言い合いしてるだけですけど……」
飲みに行くときは仕事の話はあまりしないけれど、言いたいことはずかずかという仲だった、あの夜までは。でも結局一線を越えたところで宮川との関係は何も変わっていない。
「そういう態度取るの、今野さんだけだと思うけどね、僕は」
優しく目を細めて微笑む藤沢に何故そう思うのかと尋ねたかった。けれどちょうどタイミング良く料理が運ばれてきてしまい、そのまま話はうやむやになってしまった。
結局その日は仕事の話もなく、藤沢に助けられただけだったことに後から気付いた。
「やっぱり真面目に婚活するしかないかなぁ……」
宮川が好きか嫌いかと言えば嫌いではない。でももしこのまま関係が進展したら恋人として見れるのかというとそこまでではないのかもしれない。それになんとなくこのまま離れた方が傷つかずにすむかもしれないと、思い始めていた。
「あ、今野さん。これ宮川さんからの届け物です」
「ありがとうございます。今度のプレスリリースのスケジュールの件かな」
プレスリリース向けのパンフレットの制作は順調に進んでいる。けれど、藤沢が記者発表会をやろうと言い出した。亜美は会場の手配やら関係者への招待メールの送付、当日の段取りなど多忙を極めていた。藤沢は開発責任者である宮川にも登壇して欲しいと打診し、渋っていた宮川は製品説明の時だけという条件でそれを飲んでくれたのだ。製品説明の時間に三十分取っていたのだが、宮川から「長い。俺が説明するのは十分であとは村田にやらせる」とごり押ししてきたのだ。三十分で終わる製品発表会なんてコストに見合わない。そう抗議したのだが結局藤沢が了承してしまったため、せめて一時間にはなるように会社説明や次期製品の説明などスケジュールを組み直さなければならなくなった。
「はぁ……あとは社内調整もだよね。営業の人にも何人か来てもらわなくちゃいけないし」
広報・マーケティングは総出で会場に行くものの、業界関係者や客になり得る人も来るとなれば営業にも対応をしてもらわなければならない。
「お疲れでーす! 亜美ちゃんいる? パンフレット足りなくなったんでもらいにきました!」
「あ、お疲れさまです。そこに会社案内と製品のパンフあるので適当に……」
元気よく入ってきたのは社内でもチャラ男と言われている営業部の神永だった。亜美よりも二歳年下の彼は営業部では成績も良いらしく多少の言動は見逃されているところがあった。
じゃなかったら、亜美も年下から名前にちゃんづけで呼ばれることを良しとはしない。まして会社ならなおさらだ。
「あ、そうだ。今度ご飯食べに行こうって話、考えてもらえました?」
神永は亜美のデスクまでくると、顔を近づけてきた。パンフレットを取りに来たのではないのか、思わずそう口に出してしまいそうになる。
「え、あー、ちょっとプレスリリース前で忙しくて……」
「前もそうやって流れたじゃないですか。ね、試しにご飯だけでも行きましょうよ」
亜美は苦笑いを浮かべるしかなかった。チャラ男と言われる所以は誰でもご飯に誘うこの軽さもあるのだが、なぜか一緒に行った女の子とトラブルを起こしがちなのだ。それを知っている亜美はなおさら行く気にはなれない。
それに、試しに、なんて言葉をこんな短期間でまた聞くとは思わなかった。神永のお試しは魅力を感じないしはっきりと断りたい。
「なんだったらそろそろランチですし……」
「だから……」
「あぁ、良かった。今野さん、ちょっと今度のリリースの件で、ランチしながら話したいんだけど……」
今度こそはっきり断ろうかと口を開いたところで藤沢に声をかけられた。にこやかに微笑んでいる藤沢を見て、神永は苦笑いを浮かべて「お疲れさまでーす」と軽く挨拶をするとパンフレットを持って去ってしまった。
「あれ、何か邪魔しちゃったかな?」
無害そうな顔をして微笑む藤沢は何を考えているかわからないけれど、今の亜美にとってはまさに救世主だった。
「とんでもない……ナイスタイミングです。助かりました……」
「じゃあ、行こうか」
藤沢に促されるまま亜美は資料とバッグを持って彼の後を追いかけた。
連れて来られたのは会席料理の店で藤沢と二人、個室に通された。接待で使用するような店に、藤沢はいつもこんな生活をしているのだろうかと思ってしまう。
「今野さん、食べられないものとかある?」
「あ、いえ、特にないので、大丈夫です」
いくらぐらいするんだろう、お金足りるかなと考えていると目の前にいる藤沢が笑い出した。
「ぷ……今野さん、今日は僕のお誘いだから、お金のことは気にしないで」
「は、はい……すみません」
顔に出ていたのか、藤沢にそう言われると途端に恥ずかしくなってしまう。
「滉は気にせずバクバク食べてくから、今野さんみたいに遠慮されると新鮮だな」
ふいに宮川の名前が出てきて亜美は藤沢に視線を向けた。まるで意識しているみたいだと思われてしまうがあんなことがあったのだから仕方がない。
「滉のこと気になる?」
「あ、いえ……別にそんな……」
藤沢は亜美と宮川の間に何があったかなんて知らないはずなのに、なぜか見透かされているような気分になる。
「あ、ごめん聞き方が変だったかな。今野さんと滉って同日入社でしょ。なんで滉がうちに来たのかって意味で」
藤沢の説明を聞いてほっと胸を撫で下ろした。そういえば、宮川と同日入社で同期ではあるが、あまり詳しくは聞いたことがない。
「確か飲み屋で社長と知り合ったって話は聞いたことあります」
亜美は転職エージェントを介してアルカトラズに入社した。宮川から入社した理由を聞いた時は「コネか」と思ったが、その仕事ぶりを見てからはヘッドハンティングもしたくなる存在だと言うのはわかった。
「そうそう。確か新宿のバーで知り合ったんだけど、アイツ黙々と一人で飲んでてね。変な奴だなぁって思ってたら、実際変なやつだった」
楽しそうに笑う藤沢を見ていると亜美も昔から変な奴だったんだと一人心の中で呟いた。
「何度かそこで会うようになって、思い通りの開発が出来ないってボヤいてたから、うちに誘ったんだ」
「そうだったんですね……」
宮川にも悩みの一つや二つがあったんだと思うと亜美は少し不思議な気分になった。いつも横柄な態度を取っているがその実プライベートは優しい所もある。もしかしたら宮川が結婚を考えていた女性もそういう所に惹かれて付き合っていたのだろうかと思うと少し胸が痛くなった。
「実際誘ってみて良かったと思ってるよ。ちょうどその時期に今野さんとも面接して、とても良い人材に恵まれたなって思った」
「そう言って頂けると嬉しいです。私もここに入社してとてもやりがいを感じてます」
藤沢からそういった言葉をかけて貰えることは素直に嬉しい。毎年上司との面談で一年の評価をされるが、藤沢に気に留めてもらえることは一社会人としてはこれからのモチベーションにも繋がる。
「滉もあの頃は私生活の方も上手くいってなくて荒れてたみたいだったから、仕事だけでも何か助けてあげられればなと思ってね」
私生活と聞いてどくんと心臓が音を立てる。ピンときたのは宮川が結婚を考えていた女性がいたということだ。でもそんなことを聞けるはずもなく、亜美はニコニコと話藤沢の会話に相づちを打っていた。
「それに今野さんとミーティングしてるときの滉は楽しそうだから、僕も嬉しくなるんだよね」
「そう、でしょうか……。いつも言い合いしてるだけですけど……」
飲みに行くときは仕事の話はあまりしないけれど、言いたいことはずかずかという仲だった、あの夜までは。でも結局一線を越えたところで宮川との関係は何も変わっていない。
「そういう態度取るの、今野さんだけだと思うけどね、僕は」
優しく目を細めて微笑む藤沢に何故そう思うのかと尋ねたかった。けれどちょうどタイミング良く料理が運ばれてきてしまい、そのまま話はうやむやになってしまった。
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