義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

文字の大きさ
15 / 54
第二章 春休み(夢子の場合)

しおりを挟む
 目が覚めると、そこにお兄ちゃんはいなかった。背伸びをして、毛布に顔をうずめる。いい匂いがした。



 寝ぼけながら歯を磨いて顔を洗う。リビングからバターの香りが漂ってきた。ご飯を用意してくれているのだろう。あれで器用貧乏なところがあるから、意外となんでもこなしてくれる。もちろん、私の方がおいしく作れるけど。



 頭の中で挨拶をしながら食卓に着く。ベーコンエッグの一つをトーストの上に乗せて小さく噛みながら食べた。昔見た大作アニメの中にそんな食事シーンがあったのを覚えている。今目が開かないのは、そのせいなのだろう。



 段々と覚醒してきて、気が付いたらいつものようにスマホをいじっている私がいる。習慣というのは恐ろしい。もはやこの小さい箱に、私は支配されているのだろう。



 行先のホームページをお兄ちゃんに見せながら、頭の中でどこへ行こうかを考えていた。実は見せているだけで、本当に行くかどうかは自分でもわかっていない。



 一通りのプランを決めると、私はお兄ちゃんに皿洗いを任せて自分はメイクを済ませることにした。とはいえ、私の場合は少し目の形を整えて、肌に薄くファンデーションを塗るくらいだ。しかし、今日はリップも使ってみることにした。動画サイトでメイク動画を見ながら、薄くきれいに線を引いた。少しは大人に見えるだろうか。



 髪型はなるべく、昨日の帰りに真琴がやってくれたものに近づけてみる。後ろをチェックすると、ラッキーなことにうまいことまとまっていた。



 別に、男の為にやっているわけではない。と言い張るには多少の無理があるが、メイクは自分の為にやっている部分が大きいのもまた事実だ。但し、だからと言って相手から何の反応もないのはそれはそれで悲しい。矛盾しているのはわかっている。



 他の人のことは知らないけど、私は一言言ってもらえるだけでうれしい。所詮その程度だ。言葉なんてタダなんだから、別にくれてもいいと思う。



 ちなみにデート代を請求するわけではないが、今の私にお金がない。図らずともお兄ちゃんにたかる形となってしまうけど、まあそこは妹という事で。



 気が付くと随分と時間が経っていた。さすがに待たせすぎたかもしれない。



 ブラウスとスカートを着る。こうしてみると少し狙いすぎなような気もするが、まあ今更気にしたところで仕方がない。



 最後に一度姿見で服の乱れをチェックしてから鞄を持ち、下へ向かった。ちょうどそのタイミングでお兄ちゃんが廊下へ出てきた。



 「かわいいね」



 開口一番で褒められてしまった。色々と返す言葉を考えていたのだが、こうもストレートに言われると私だって照れる。思わずうつむいてしまった。えへ。



 家を出て、駅へ向かう。電車に乗る前にお兄ちゃんが切符を買って寄こしてくれた。こういう時、妹扱いされているようで切ない。(流石に都合がよすぎるような気もする)誤魔化すように、私は「ありがとう」と言った。もちろん、通学用に購入してある定期があったことは伝えなかった。



 電車を降りて、まずは本屋に向かった。お金はないけど図書カードならあったからだ。前から欲しかった参考書を買って、その後はお兄ちゃんと街を見て回った。



 一通りが終わって、イタリアンのお店にピザを食べに行った。きっとお兄ちゃんがたくさん頼むだろうから、それを二切れ程もらえれば満足だ。だから私は、飲み物だけを頼んでメニューをお兄ちゃんに渡した。



 味はとてもおいしかったし、食べているお兄ちゃんを見ているのも楽しかった。下品な食べ方ではないのに、スピードが異常に早いのも笑える。そしてやはり、いくら何でも食べすぎだ。



 食べ終わって、私は店の外でお兄ちゃんを待っていた。



 「こんちは~。今ちょっといい?」



 最初、私が声をかけられていることに気が付かなかった。どうやらこの男は、所謂ナンパをしているらしい。



 「お姉さんかわいいね。今時間ある?」



 なんだこいつは。私の返事を待つくらいしてくれてもいいだろうに。口説く気ゼロか?



 「いいえ、時間はありません」



 しかし、もし惚れてしまったのなら私にはそれを断る義務がある。こんなところで無防備に立ち尽くしていた自分が悪いのだろうし、隙があったのも事実だからだ。もっとも、きっとこの男は私に惚れて等無いだろうけど。



 その断り方がいけなかったのだろうか。



 「何その言い方。別にちょっと誘っただけじゃん」



 やはり、物事に白黒つけすぎるのはよくないらしい。周りの大人も、助けてくれないみたいだ。……いや、それは違う。私が困っていることに、誰も気が付いていないのだ。



 腕をつかまれた。痛い。



 「ちょっと、やめてください」



 すると横からお兄ちゃんが出てきてくれた。「遅いよ」と言って男の手を振りほどくと、私はお兄ちゃんの背中に隠れた。相手の後ろにもう一人いたことに、今気が付いた。



 「あぁ?なんだてめえは」



 ……ちょっと待って。それはまずい。それだけはまずい。



 どうして引かないの?私、もう少し分かってくれると思ってた。さっきまであなたの事が心底嫌だったけど、少し心配だ。



 「兄です」



 なぜなら、お兄ちゃんを怒らせるのだけは、絶対にまずいから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...