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第三章 二つの傷
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「あんた全然食べてないんじゃないの?紗彩の肉分けてあげよっか?」
気が付くと、皿の上にたっぷりと肉を乗せた中根が夢子の隣に座っていた。
「あぁ、ありがとう」
「夢子も食べなよ」
そう言って中根は夢子にも皿を向けた。
「……ありがとうございます」
意外にも夢子はそれを受け取った。まあ考えてみれば彼女たちは俺にキレていたのであって、互いに喧嘩をしていたわけではない。話してみれば普通に、特に今の中根であれば打ち解けるのはさほど難しくもないのかもしれない。ただ、夢子の方は少しバツが悪そうだった。
「何ふてくされてんの」
「いえ、別にふてくされていません」
「夢子」
名前を呼ぶと、「だって」と言って俺を見た。そのやり取りを見て、中根はため息を吐いた。
「紗彩そういうダルいの嫌い。別にそれはそれでいいじゃん」
何がとは言わなかったが、きっと夢子にも伝わっていると思う。
「俺としても、二人には仲良くしてもらいたい」
それに、あんなに怖い思いはもうしたくないからな。
「……わかった」
そういうと、夢子は中根の皿をひったくって肉をガツガツと頬張った。
「あんた、童貞の癖に言うときは言うよね」
急になんだこいつは。
「今俺が童貞なの関係ないよね?」
夢子の箸が止まった。
「夢子知ってる?あんたの兄貴、童貞なの」
モラルの欠片もない話題だ。しかしこれは中根なりに夢子に気を使ったのだろう。案外年上としての頼りがいのある奴なのかもしれない。
「どうしてそんなこと知ってるんですか?」
別にそこ掘り下げる必要はないんだぞ?
「この前さ」
その会話を皮切りに、二人は俺をいじくり倒して盛り上がっていた。仲良くなったようでよかったが、代わりに男として大切な何かを失っているような気がする。というか、女子ってそういう話あんまり好まないものなんじゃないの?
その間の俺はというと、やはりトラと那子さんが気になっていた。かなり親しげに見えるが、一体どこで出会ったのだろうか。彼女の見た目からは全く想像は出来ないが、実はとんでもない不良少女だったのかもしれない。
そんなことを考えていると、トラがこちらを指さして二人で向かってきた。夢子と中根もそれに気が付いたようだ。
「こんにちは」
俺は軽く会釈をする。
「初めまして、望月那子です。東都大学の四年生よ」
東都大学。日本で最も有名な大学の名前だ。
「新目文也です。こちらは同期の中根紗彩」
中根が隣で「どうも」と言った。
「よろしくね、中根さん。夢子、今日はお酒飲んでないわよね?」
那子さんは優しく微笑みながら言った。恐らく春休み中の出来事を指して言っているのだろう。
「もちろんです。あの時はすいませんでした」
「その節はすいません。妹がご迷惑をおかけしました」
深く頭を下げた。
「いいのよ。興味があるのはわかるもの。でも夢子、あまりお兄さんに心配かけちゃダメよ?」
言うと、彼女は眼鏡の位置を指で直して、また微笑んだ。俺は不覚にも、少しドキッとしてしまう。
その口ぶりから、夢子と那子さんは割と仲がいいように思える。きっと遊びに行くたびに、何度か相手をしてもらっているのだろう。
「それじゃあ、別の奴らにも紹介してくるからまた後でな」
そういうと二人は別の集団の元へ向かった。
「すんごい美人」
中根が肉を食べながらそう言った。食べるか喋るか、どっちかにしなさいよ。
「そうだな」
「あんた、あぁ言うのが好きなわけ?」
すぐに俺の趣味を探ろうとするな、こいつは。
「まあ、男で嫌いな奴はいないと思うけどな」
無意識に夢子と中根の顔を見る。彼女たちは年齢相応というか、当たり前の話だがまだ幼さの残る顔立ちだ。きっと美少女という表現が合っている。しかし、対照的に那子さんは完成された美しさがある。美女というべきだろう。憧れる容姿と性格をしているのは誰の眼にも明らかだし、トラが叶わないと言い出すのも少し納得できる。
「ふぅん。そうなんだ」
夢子が呟いた。彼女の自虐めいた言い方は、正直少しかわいいと思う。中根もそれを感じ取ったのか、夢子の頭を撫でていた。夢子の方が背が高いのだが、不思議とその光景は自然なものだった。
そんな様子を見ていると、何やら向こうの方が騒がしいことになっていることに気が付いた。
俺たちは雁首揃えて野次馬になりに行った。だがそこには、予想外に知った顔があった。
「……お兄ちゃん。あの人」
「あぁ、間違いない」
あの金髪は、俺の顔面を殴りつけた彼だ。
「お前、どの面下げてここ来てんだよ!」
トラが吠えている。
「なんだよてめぇ、俺は誘われたからわざわざ来てやったんだぞ!つーか意味わかんねっつーの!」
向こうも負けじと声を荒げる。そりゃそうだろう。俺とトラの関係を彼が知っている訳がないから、本人からすればいきなり怒鳴られて意味が分からないのは当然だ。
互いに胸倉を掴むようなことはしない。手はぶらつかせて、いつでも戦えるようなスタンスを取っている。トラが喧嘩慣れしているのはもちろんの事、さすがいきなり顔面に拳を叩き込めるだけあって、金髪の彼も相当争いに慣れているようだった。
「文也、あんたの出番よ」
簡単に言ってくれる。だが。
「あぁ、任せろ」
トラを止められるのは、俺しかいないからな。
気が付くと、皿の上にたっぷりと肉を乗せた中根が夢子の隣に座っていた。
「あぁ、ありがとう」
「夢子も食べなよ」
そう言って中根は夢子にも皿を向けた。
「……ありがとうございます」
意外にも夢子はそれを受け取った。まあ考えてみれば彼女たちは俺にキレていたのであって、互いに喧嘩をしていたわけではない。話してみれば普通に、特に今の中根であれば打ち解けるのはさほど難しくもないのかもしれない。ただ、夢子の方は少しバツが悪そうだった。
「何ふてくされてんの」
「いえ、別にふてくされていません」
「夢子」
名前を呼ぶと、「だって」と言って俺を見た。そのやり取りを見て、中根はため息を吐いた。
「紗彩そういうダルいの嫌い。別にそれはそれでいいじゃん」
何がとは言わなかったが、きっと夢子にも伝わっていると思う。
「俺としても、二人には仲良くしてもらいたい」
それに、あんなに怖い思いはもうしたくないからな。
「……わかった」
そういうと、夢子は中根の皿をひったくって肉をガツガツと頬張った。
「あんた、童貞の癖に言うときは言うよね」
急になんだこいつは。
「今俺が童貞なの関係ないよね?」
夢子の箸が止まった。
「夢子知ってる?あんたの兄貴、童貞なの」
モラルの欠片もない話題だ。しかしこれは中根なりに夢子に気を使ったのだろう。案外年上としての頼りがいのある奴なのかもしれない。
「どうしてそんなこと知ってるんですか?」
別にそこ掘り下げる必要はないんだぞ?
「この前さ」
その会話を皮切りに、二人は俺をいじくり倒して盛り上がっていた。仲良くなったようでよかったが、代わりに男として大切な何かを失っているような気がする。というか、女子ってそういう話あんまり好まないものなんじゃないの?
その間の俺はというと、やはりトラと那子さんが気になっていた。かなり親しげに見えるが、一体どこで出会ったのだろうか。彼女の見た目からは全く想像は出来ないが、実はとんでもない不良少女だったのかもしれない。
そんなことを考えていると、トラがこちらを指さして二人で向かってきた。夢子と中根もそれに気が付いたようだ。
「こんにちは」
俺は軽く会釈をする。
「初めまして、望月那子です。東都大学の四年生よ」
東都大学。日本で最も有名な大学の名前だ。
「新目文也です。こちらは同期の中根紗彩」
中根が隣で「どうも」と言った。
「よろしくね、中根さん。夢子、今日はお酒飲んでないわよね?」
那子さんは優しく微笑みながら言った。恐らく春休み中の出来事を指して言っているのだろう。
「もちろんです。あの時はすいませんでした」
「その節はすいません。妹がご迷惑をおかけしました」
深く頭を下げた。
「いいのよ。興味があるのはわかるもの。でも夢子、あまりお兄さんに心配かけちゃダメよ?」
言うと、彼女は眼鏡の位置を指で直して、また微笑んだ。俺は不覚にも、少しドキッとしてしまう。
その口ぶりから、夢子と那子さんは割と仲がいいように思える。きっと遊びに行くたびに、何度か相手をしてもらっているのだろう。
「それじゃあ、別の奴らにも紹介してくるからまた後でな」
そういうと二人は別の集団の元へ向かった。
「すんごい美人」
中根が肉を食べながらそう言った。食べるか喋るか、どっちかにしなさいよ。
「そうだな」
「あんた、あぁ言うのが好きなわけ?」
すぐに俺の趣味を探ろうとするな、こいつは。
「まあ、男で嫌いな奴はいないと思うけどな」
無意識に夢子と中根の顔を見る。彼女たちは年齢相応というか、当たり前の話だがまだ幼さの残る顔立ちだ。きっと美少女という表現が合っている。しかし、対照的に那子さんは完成された美しさがある。美女というべきだろう。憧れる容姿と性格をしているのは誰の眼にも明らかだし、トラが叶わないと言い出すのも少し納得できる。
「ふぅん。そうなんだ」
夢子が呟いた。彼女の自虐めいた言い方は、正直少しかわいいと思う。中根もそれを感じ取ったのか、夢子の頭を撫でていた。夢子の方が背が高いのだが、不思議とその光景は自然なものだった。
そんな様子を見ていると、何やら向こうの方が騒がしいことになっていることに気が付いた。
俺たちは雁首揃えて野次馬になりに行った。だがそこには、予想外に知った顔があった。
「……お兄ちゃん。あの人」
「あぁ、間違いない」
あの金髪は、俺の顔面を殴りつけた彼だ。
「お前、どの面下げてここ来てんだよ!」
トラが吠えている。
「なんだよてめぇ、俺は誘われたからわざわざ来てやったんだぞ!つーか意味わかんねっつーの!」
向こうも負けじと声を荒げる。そりゃそうだろう。俺とトラの関係を彼が知っている訳がないから、本人からすればいきなり怒鳴られて意味が分からないのは当然だ。
互いに胸倉を掴むようなことはしない。手はぶらつかせて、いつでも戦えるようなスタンスを取っている。トラが喧嘩慣れしているのはもちろんの事、さすがいきなり顔面に拳を叩き込めるだけあって、金髪の彼も相当争いに慣れているようだった。
「文也、あんたの出番よ」
簡単に言ってくれる。だが。
「あぁ、任せろ」
トラを止められるのは、俺しかいないからな。
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