義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

文字の大きさ
31 / 54
第三章 二つの傷

10

しおりを挟む
 現場は更にヒートアップしている。俺は二人の間に割って入った。



 「落ち着け」



 まずはトラの方を向いて宥める。



 「フミ……」



 俺の顔を少し見て落ち着いたようだ。俺の為にキレたのだと考えると、あまり強くも言えない。



 「嬉しいけどよ、な?」



 褒めて咎める。トラに言われた通りの方法だ。本来喧嘩くらい好きにやればいいと思うが、それは当事者しかいない場合に限る。周りに迷惑がかかるようならば、プロレス以外やるべきではない。



 「わかったよ。お前がそういうなら」



 「おい、突っかかっといいて勝手に終わってんじゃねえぞ!」



 金髪は俺など気にも留めない様子でトラを怒鳴りつける。だがトラの頭は冷えているようで、その声に対しても周りに対しても申し訳ないと謝っていた。



 「まあまあ。向こうも謝ってんだ。あんたも落ち着けよ」



 「しゃしゃり出てきて何言ってんだ?つーか誰だよ。すっこんでろよ」



 そういうと、彼は俺の顔面に唾を吐いた。夢子の声が、やけにクリアに聞こえた。



 トラは拳を握りしめているが、何も言わないで俺たちを見ている。



 「なんてことしてんのよ!ねえ、あんたもういいでしょ?文也君は何も悪くないし、虎緒だって謝ってるのよ?」



 那子さんが口を挟んだ。やはり元ヤンなのだろうか?だが、その距離はまずい。



 「るせえ!ぶっ殺すぞ!」



 那子さんに向けて金髪が手を伸ばした。



 ……ごめん。竹藤先生。



 瞬間。俺は金髪の顔面を鷲掴みにすると、すぐに左手で首を掴んでそのまま少し持ち上げた。



 「まっ……っ」



 金髪は俺の手を掴んで引きはがそうとするが、そんなものでは俺の握力は解けない。動けば動くほどこめかみと喉に指が食い込んでいく。じたばたと暴れて俺の足や腹を蹴るが、それを受けるたびに強く力を込めた。



 「やめっ……っ。ごはっ!」



 それを聞いて俺は彼を投げ捨てた。地面に叩き付けられて咳き込んでいる。しゃがんで顔面をのぞき込むと、彼は充血した目で俺を見た。睨んでいる訳ではなさそうだ。



 「あんた、これはよくねえよ。ん?」



 首を傾げて訊く。



 「てめえ、……ごっほ、あん時の……っ」



 再び咳き込み下を向いた。さっき言っていたことと違うような気もするが、意外にも彼は俺の顔を覚えていたらしい。やった方はそういうことを覚えていないものだと思っていた。



 「変な因縁だよな。だが今のはこの前とは訳が違う。分かるだろ?」



 「……あの動画はもう広まっちまってる。消せねえぞ」



 「そんな話してねえんだよ」



 沈黙。少しして、金髪は俺から目線を外した。



 「わぁった。もう来ねえよ、クソが」



 俺が顔をどけると、金髪は起き上がってフラフラとどこかへ向かって行く。その後に続いて、どこから出てきたのか前に俺にカメラを向けていた男もついていった。



 次第に緊張が解け、ポツポツと口を開く者が出てきた。周囲を見渡すと、トラは那子さんを背中に隠している。きっと、あの瞬間手を引くなりして彼女を守っていたのだろう。



 「あ、あの」



 集団の中の一人がトラに話しかける。



 「今あいつについていった奴、俺が誘ったんだ。知り合いも連れてこいとか言って。……ごめん」



 どうやらそういうことらしい。聞きながら俺は顔を拭った。タバコの混じった唾液の臭い。最悪の臭いだ。



 そんな彼をトラは「お前が悪いわけじゃない」と言って慰めていた。同感だ。それに俺は、金髪の彼だってトラに絡まれた一種の被害者だとさえ思っている。口に出したら周りがうるさそうだから、そんなことは言わないが。



 などと考えてしまっている辺り、俺もかなり興奮しているのだと思う。しばらくは黙っておいた方がいい。沈黙は金だ。



 しかし冷静になってくると、とんでもない罪悪感に苛まれてきた。あの恩師に顔向けができない。



 「文也君。ごめんなさい、私のせいで」



 手を出させてしまって。那子さんはそう言いたいのだろうか。



 トラから事情を聞いたのかもしれない。俺が喧嘩をしない理由を直接知っているのは、この世界の中でもトラだけだからな。



 「とんでもない。むしろ俺の方こそ申し訳ないです。こんな騒ぎになってしまって」



 それを聞いて何かを言いかけたが、彼女は何も言わなかった。きっとそうしてくれると思った。俺はあの人の優しさに甘えたのだ。



 事態の収拾を付けようと尽力するトラを見てから「手伝ってあげて下さい」というと、彼女はそちらへ向かった。



 見送ると、どっと疲れが出てきたから俺はそこから少し離れた場所に置いてある椅子に座った。



 「お兄ちゃん」



 気が付くと、夢子が泣きそうな顔で俺を見ている。



 「……ごめんな。他に方法を思いつかなかった」



 「ううん。お兄ちゃんは悪くないよ。でも」



 夢子は隣に座って、その震える手で俺の肩にしがみ付いた。



 「すごく、怖かった」



 心に楔を打ち込まれたような感覚があった。痛い。



 こんなに痛いと思ったのは人生で始めてだ。俺は夢子にそう思われないようにする為に努めていたのに、全て台無しだと思うと切なくて仕方がなかった。



 「でもね」



 ……。



 「人を守るってこういうことなんだって。今までお兄ちゃんが私にしてくれていた事ってこういうことだったんだって。わかったの」



 「……夢子」



 顔を上げると、夢子は涙目で微笑みを浮かべていた。



 「前にあの人にナンパされた時、私はお兄ちゃんを信じきれなくて泣いちゃったの。覚えてる?頭撫でてくれたよね」



 覚えているとも。



 「お兄ちゃんの怖いところ見たくなかったの。でもね、私もう決めたの。だから今回は覚悟してた。ちゃんと、みんなの事守ってくれるって信じてたよ」



 決めてるとは、一体何のことだろうか。いや、そんなことは今重要ではない。



 「でも、結局怖がらせちゃったしな」



 「大丈夫」



 「大丈夫って」



 「私、お兄ちゃんの事大好きだよ」



 そういって、夢子は俺にキスをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...