義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

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第五章 義理の妹と結婚するまで

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 何度目かのコールで、通話がつながる。



 「何」



 「久しぶり、元気か?」



 中根は何かの音楽を聴いていた。有名な曲だ。その音が入り混じって、彼女の声が聞きづらい。



 「だから何ってば」



 どこか不機嫌そうだった。今彼女に頼り切ることは愚かだ。だからきっかけを探した。



 「引っ越しの準備手伝うよ。荷物も多いだろ?」



 春休み中には帰ってしまうだろうから、やるならきっとそろそろだとは思っていた。



 中根は黙っている。俺はその声を待った。



 「……はぁ。まあ他の奴に頼むのもダルいし、文也でいいわ」



 「そう言ってくれると嬉しい」 



 中根に今日の予定はないようで、(俺は聞くまでもないだろう)早速取り掛かることになった。場所を聞くと、バイト先から大して遠くない所に住んでいるようだ。段ボールは届いているから、後は梱包してまとめるだけらしい。



 「今から向かう」



 「わかった」



 会話が終わり通話が切れる。俺は鞄の中にいくつかのツールをしまい、シャツとジーンズを身にまといコートを羽織って家を出た。



 電車に乗って駅を移動すると、改札の前に中根の姿があった。いつもとは違い、キャップを深被りしてマスクを着けていた。しかし、どこか違和感があるな。



 「迎えに来てくれたのか」



 「迷って時間喰うのもバカらしいでしょ」



 合理的な意見だった。



 しばらく歩いてから彼女の家に着いた。オートロック付きの新築のアパートだ。かなりいいところに住んでいたんだな。



 「適当にやって。別に壊さなければ何でもいい」



 そう言って段ボールを放る。俺はそれを組み立てて、まずは雑貨類を片付ける。そしてそれが置いてあった棚を分解して、板を持ってきたビニール紐で結んだ。



 女の部屋にしては物が少ない印象だが、その割には少し散らかっているようだ。(俺が女の部屋を知っている訳ではないが、何となくそんな気がした)



 お互いに黙って、ただ作業に没頭していた。そんな沈黙を中根が破る。



 「夢子はどう?」



 あの夜の後、俺は中根とトラには付き合うことになったと報告している。



 「あまり変わらない。朝と夕方、バイトのない時は送り迎えをするようになったくらいだ」



 後は少し家のモノが増えた。



 「そう。楽しそうでよかったんじゃないの」



 「まあな。……これ、ここにいる間まだ使うのか?」



 そう言って用途のわからないアイテムの行方を訊く。平皿と独特の形をした針金にろうそく、それとも石鹸だろうか。かなり甘い香りがする。



 「頂戴、そこの鏡片付けたら次は服畳むの手伝って」



 「了解」



 そう言ってその一式を中根に手渡した。



 「……なによ」



 心なしか……、いやかなり。



 「雰囲気違うな」



 キャップと帽子を外していた。前までの流行りのアイドルのようなヘアスタイルから一変、バッサリとカットされたセミショートの髪型で、顔にはあまり大きな変化はないがかなり大人びた印象だった。



 特徴は目だ。化粧でカモフラージュされていたか弱いイメージはない。いつもより力強いその瞳に彼女の苦労が見え隠れするようで、俺はそれが美しく見えた。



 「なんであんたと会うのに化粧しなきゃいけないわけ?」



 どちらかと言えばそこではないし、別にそういう意味で言ったわけではないんだが。なんなら俺だっていつもスッピンだ。



 「そんなことない」



 言って衣服を畳む。引き出しを開けると下着がたくさん入っていた。思わず閉じてしまったが、これを俺がいじるのはどうなんだろうか。何か別の物を。



 「気にしなくていいから」



 そういう事らしい。俺はビビりながらも再び引き出しを開けて、それを丁寧に箱に移した。



 ……俺の知ってるサイズじゃないですね、これは。



 程なくして作業は終わった。テーブルの前に座ると、中根はお茶を出してくれた。俺は礼を言って、それに口をつける。



 「そんで?何か聞きたいことでもあんの?」



 俺の斜め向かいに座って肘をついた。どうやら何でもお見通しのようだ。



 「あぁ、母親と仲直りする時どうしたのかなって」



 事の経緯を話す。コップの中身は半分程。



 「そういう事ね」



 一瞬、窓の外を見る。



 「……まあ、私がお母さんより大人になっただけ」



 肩をすくめて笑う。



 「シンプルでいい答えだな」



 わかりやすくて、中根らしい。



 「お母さんだって女なんだしね。恋もするし、頭にくることだってあるでしょ。だから私が聞いてあげる事にしたの。それだけ」



 あまりにも大人な意見だ。



 「折れた、訳ではないよな」



 彼女は首を横に振った。



 「言いたいことは全部言ってる。ただ、分かってもらおうとするんじゃなくて、お母さんの事を分かろうとしてるの」



 なるほど。そう思って頭の中に中根の言葉を叩き込んだ。反芻して、どう役立てるべきかと考えていると。



 「ていうか、それあんたがいっつもやってること真似しただけ。気づいてないの?」



 果たして俺はそんなにいい奴だっただろうか。



 「知らないことでもなんとか知ろうとして、そのために色々勉強してたんでしょ」



 言われてみればそうだ。



 「確かに」



 いつだってそうだ。俺は傍にある重要な事に気が付かない。



 「だから夢子に言ってあげて。あんたのママだって、甘えたいときもあるんだって」 



 その笑顔は優しい。



 「わかった。また助けられたな」



 頭を下げると、中根は「いいって」と言った。



 彼女はスマホを無線のスピーカーに繋ぐと、世界で最も偉大なロックバンドの曲を流した。意外な趣味だと思ったが、今の中根の容姿と雰囲気を思って、そんな考えはすぐに消え失せた。



 ぼーっと聞いていると、ふと中根が笑いを吹き出した。



 「でもさ、普通フった相手に訊いてくる?おまけに家にまで来るなんてありえないんだけど」



 不機嫌に聞こえた理由はこれか。



 そんな記憶はない。なんて事を俺は口が裂けても言わない。直接的な言葉はなかったが、俺は彼女の気持ちを知っていたはずだから。



 「でもお前くらいしか頼れる奴がいなくてさ」



 トラは男だしな。



 「まぁ、夢子からもちらっと訊かれてた事だし、別にいいけどね」



 そういうと中根はテーブルにつく肘を変えて、じっと俺の顔を見た。
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