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番外編 お忍びデート①
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夜の街は、境界に近い匂いがした。
酒の甘さと、香の重さ。人の声は高く、足取りは軽い。通りに面した建物は一見すると宿屋だが、奥へ進むにつれて酒場になり、さらに奥で娼館へと溶けていく。区切りは曖昧で、誰もそれを気にしていない。
ミレイアは、外套の影から中を覗いた。
灯りは低く、舞台は小さい。粗末だが、装飾は派手だった。赤い布、金の縁取り、甘い香が漂う。観客席には、商人、傭兵、旅人、娼婦が入り混じっている。誰もが杯を持ち、舞台を待っていた。
「……ここ、です」
ミレイアは小さく言った。
隣に立つアシュレイは、周囲を一瞥してから視線を戻す。変装は簡素だが、姿勢と視線は変わらない。人混みに紛れても、彼の輪郭は静かに際立っていた。
「やめておけ」
即答だった。声は低く、短い。
ミレイアは一瞬だけ黙り、それから視線を上げる。理由を問わない代わりに、別の言い方を探す。
「……気になっていて」
言葉を足す。
「ずっと」
舞台の幕が、きしむ音を立てる。観客の笑い声が上がり、誰かが野次を飛ばした。甘い香が、さらに濃くなる。
アシュレイはため息を吐いた。止める理由はいくつもある。だが、どれもここで言うべきではない。
「見るだけだ」
条件を付ける。
「途中で出るかもしれない」
ミレイアは、すぐに頷いた。視線は真っ直ぐで、逃げない。
席に着くと、周囲の会話が耳に入る。
「例のやつだろ」
「魔王と聖女の」
「今夜は濃いって話だ」
名は出ない。だが、誰もが同じ話をしている。物語は共有され、消費される。
幕が上がる。
舞台には、壊れた神殿の書き割り。炎の色。倒れる人影。観客は息を呑み、すぐに囃す。美しい聖女が現れ、魔王の影が伸びる。台詞は大げさで、身振りは誇張されている。
ミレイアは、膝の上で指を重ねた。
視線は舞台に向いているが、呼吸が浅くなるのが分かる。隣のアシュレイは、背筋を伸ばしたまま、微動だにしない。表情は読めない。
聖女は連れ去られ、最奥の牢へ。布と光で作られた「美しい檻」。逃げ場のない構図に、観客が沸く。酒が揺れ、笑いが混じる。
ミレイアは、無意識に外套の端を掴んだ。
舞台の言葉は、過剰で、単純だ。嫌悪と期待が混ざる。真実ではない。だが、どこかで聞いた噂の言い換えでもある。
「……」
声は出ない。
アシュレイは前を向いたまま、静かに言った。
「無理なら、出る」
ミレイアは首を振る。小さく、確かに。
幕間の拍手が鳴り、甘い香が再び焚かれる。観客は次を待ち、杯を空ける。物語は、まだ続く。
ミレイアは、舞台を見つめたまま、思う。
これは、私たちではない。
けれど、私たちの名を借りた何かだ。
外套の中で、指が絡む。
その温度だけが、現実だった。
酒の甘さと、香の重さ。人の声は高く、足取りは軽い。通りに面した建物は一見すると宿屋だが、奥へ進むにつれて酒場になり、さらに奥で娼館へと溶けていく。区切りは曖昧で、誰もそれを気にしていない。
ミレイアは、外套の影から中を覗いた。
灯りは低く、舞台は小さい。粗末だが、装飾は派手だった。赤い布、金の縁取り、甘い香が漂う。観客席には、商人、傭兵、旅人、娼婦が入り混じっている。誰もが杯を持ち、舞台を待っていた。
「……ここ、です」
ミレイアは小さく言った。
隣に立つアシュレイは、周囲を一瞥してから視線を戻す。変装は簡素だが、姿勢と視線は変わらない。人混みに紛れても、彼の輪郭は静かに際立っていた。
「やめておけ」
即答だった。声は低く、短い。
ミレイアは一瞬だけ黙り、それから視線を上げる。理由を問わない代わりに、別の言い方を探す。
「……気になっていて」
言葉を足す。
「ずっと」
舞台の幕が、きしむ音を立てる。観客の笑い声が上がり、誰かが野次を飛ばした。甘い香が、さらに濃くなる。
アシュレイはため息を吐いた。止める理由はいくつもある。だが、どれもここで言うべきではない。
「見るだけだ」
条件を付ける。
「途中で出るかもしれない」
ミレイアは、すぐに頷いた。視線は真っ直ぐで、逃げない。
席に着くと、周囲の会話が耳に入る。
「例のやつだろ」
「魔王と聖女の」
「今夜は濃いって話だ」
名は出ない。だが、誰もが同じ話をしている。物語は共有され、消費される。
幕が上がる。
舞台には、壊れた神殿の書き割り。炎の色。倒れる人影。観客は息を呑み、すぐに囃す。美しい聖女が現れ、魔王の影が伸びる。台詞は大げさで、身振りは誇張されている。
ミレイアは、膝の上で指を重ねた。
視線は舞台に向いているが、呼吸が浅くなるのが分かる。隣のアシュレイは、背筋を伸ばしたまま、微動だにしない。表情は読めない。
聖女は連れ去られ、最奥の牢へ。布と光で作られた「美しい檻」。逃げ場のない構図に、観客が沸く。酒が揺れ、笑いが混じる。
ミレイアは、無意識に外套の端を掴んだ。
舞台の言葉は、過剰で、単純だ。嫌悪と期待が混ざる。真実ではない。だが、どこかで聞いた噂の言い換えでもある。
「……」
声は出ない。
アシュレイは前を向いたまま、静かに言った。
「無理なら、出る」
ミレイアは首を振る。小さく、確かに。
幕間の拍手が鳴り、甘い香が再び焚かれる。観客は次を待ち、杯を空ける。物語は、まだ続く。
ミレイアは、舞台を見つめたまま、思う。
これは、私たちではない。
けれど、私たちの名を借りた何かだ。
外套の中で、指が絡む。
その温度だけが、現実だった。
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