隣の部屋の社畜さん

作間 直矢 

文字の大きさ
2 / 11

二話

しおりを挟む
 
 その日の夜勤は結果から言うととても楽だった。
 
 それは、教育係として黒井さんの仕事を請け負った事が大きい、蓋を開けてみれば黒井さんの要領はとても良く、基本的なカウンター業務を教えた後は、独りでに仕事をこなしてくれた。
 今まで一緒に仕事をしてきた人と比べれば、店舗における設備機器の使い方、お客様相手の言葉遣い、袋の詰め方から細かく指導することがほぼ無かった、やはり社会人なのだと痛感させられた。
 
 「今日はお疲れ様でした、お仕事教えてくださってありがとうございます」
 「い、いえ、むしろ何も教えられなくて申し訳ないです…」
 「そんな事はありません、丁寧で分かりやすい指導の仕方でしたよ」

 自分よりも年上の人に気を使われてフォローされ、さらに縮こまってしまう。

 「お疲れ様っす黒井さんと姉御、いやぁ~黒井さんマジ順応早いっすね~、初日とは思えなかったっすよ」
 「ありがとうございます、全て宮原さんのご指導のおかげです、感謝しかありません」

 私のハードルが上がるからこれ以上褒めないでください、と、心から願っていた。

 「それより、田中は大学あるんでしょ?早く片付けて帰りな」
 「いっけね、時間ねぇや、じゃ今日は先あがりますわ、お疲れ様っす!!」
 「お疲れ様です、お気を付けて」

 会釈をして見送る黒井さん、私は慣れたように雑に手を振って見送る。

 「……」
 「……」

 無言、田中を見送った私達はしばし言葉を発さない、それは次に起こる行動が分かり切っていたから。

 「では…私達も帰りましょうか」
 「あ、ハイ」

 予想できた言葉に、頭を頷かせて反応する。

 「段々と明るくなってきたとはいえまだ暗いですね、それに冷えます」
 「そうですね…風邪ひかないようにしないと」

 なんてことだ、帰りの道中に気を使って話しかけてくれるのに肝心の私が話を広げられない、コミュ症か。

 「――それにしても黒井さん今日凄かったですね!!初めてとは思えない働きぶりでした!」

 下手な話題の切り替えで誤魔化す、なんて稚拙なのだろう。

   「それに関しては改めて宮原さんのおかげです、一日教えて頂きありがとうございます」  
 「イヤイヤ、本当に黒井さん要領よくて何でも出来ていましたよ、やっぱり有名なメーカーに勤めているだけありますね!」
 「あぁ…、それこそ大した事なんてしていませんよ、思っている以上に退屈な仕事です」

 本業の話をした途端、軽く俯いてつまらなさそうに言葉を紡ぐ。
 決して怒っているわけではないし嫌そうな感じではない、興味が無いように見える、自分の仕事に。

 「けど…、私には立派に見えます、黒井さんが思っている以上に誇れる事ですよ」
 「そんな風に言われると参りますね…、初めて言われました」

 しまった、つい思ったことをぽつり、と言ってしまった、冷静に考えたら上から目線な言葉だ。

 「す、すみません!生意気な事を言ってしまいました…」
 
 咄嗟に謝る、その様はさながら事務職時代にやらかして部長に謝るようだった。

   「え?いやいや!?何も謝る事なんて無いですよ!?」
 「ですが失礼な事を言ってしまいました…」
 「………宮原さんは私に対して畏まりすぎですよ、もっと気楽に、対等に接してください」

 おぉぉー…、生まれて初めて上司と思える人と会えた瞬間を感じた。

 「宮原さんはとても真面目です、私が見てきた中で一番と言って良いほどに、ですから固く距離を置くのは分かりますが、もう少しだけ柔らかく生きてみても咎められませんよ」
 
 図星、だったのであろう。
 
 前職に就いてから今に至るまで、私は人との距離感において必要以上に丁寧に畏まって接していた、それを意識的に行うことで無駄な人間関係のトラブルを防ぎ、円滑な職場環境を築きたかった。
 今の職場においては皆良い人ばかりで、それは意味を成さずに砕けた接し方をする人たちの方が多い、田中とかが良い例だ。

   「あ、ぁ、はい…」

 そして見抜かれた拍子で返事に詰まりながら喉を引き絞る。

 「すみません、私の方が偉そうになってしまいましたね…、ですがもっと気楽でいて欲しいのは事実ですから」
 「…はい、ありがとうございます、ぁ、いや…、ありがとう…」

 勇気を出して、ありがとう、と言ってみた。
 
 「その喋り方の方が似合っていますよ、今後もそれでお願い致します」
 「は、はい…、あ、うん…」

 本来、敬語とか丁寧語とかビジネス用語とか意味の分からない言葉の使い方は苦手であり嫌いなのだ、だが社会を生きていく上で自然に使う事を強要され、本来の人間性が矯正されていく。
 しかし、目の前の彼はそれを汲み取り、不格好な私に形を与えてくれた。

 「黒井さん…ありがとう、もっと自然にできるよう頑張る、だから黒井さんも気楽に接してくださいね」
 「私は既に気楽にしていますから、お気になさらないでください、恥ずかしながらこの話し方が楽になってしまいまして…」

 ばつが悪そうに苦笑いで微笑む、目つきの悪い視線とぎこちない微笑みが相反
しているようで少し可笑しい。
 思わず笑いが堪えられなくて、口元が綻ぶ。
 咄嗟に口元を覆うが黒井さんはその様子を見ていたようで、驚いた様子でこちらを見ていた。

 「あ、……ごめん、なさい、じゃなくてごめん、つい可笑しくて」
 「い、いえ、お気になさらず…」
 「…黒井さん?何かあった?」
 「い、いえ、お気になさらず…」

 おや?黒井さんの様子がおかしい。
 自分の言葉が失礼なら謝りたかったが、その先の会話を遮るようにマンションの外灯が私たちを照らす。
 
 「着きましたね、宮原さん今日はありがとうございました」
 「…こちらこそ、送ってくれてありがとう」

 慌てるように言葉を切り出して、ぎこちなく部屋まで向かう黒井さん。
 私はそれをどうしようもない気持ちで見送り、重い部屋のドアを閉ざして今日を終わらせる――。

                     ****

 私にとって、人間関係とは作業の効率化でしかなく、それ以上も以下もない。
 
 故に関わる人たちには敬意と無心、その二つを忘れず振る舞い、接する、それが最適解であり最重要。
   ……で、あったのだが、この職場はどうにもそれが意味を成さない。

 「―――ッ」

 決して間違ってはいない、いないのだが今までの人生経験が無駄になっているようで少し悔しくなり拳を握る。
 条件と環境が適していたコンビニの夜勤だったが、人間関係や業務内容以外でこんな気持ちになるなんて想定外であった。
 電話対応から面接、当日の段取りを組んでくれたオーナーを始め、働いていたバイトの方々まで良い人達ばかりである、動揺と困惑が今になって押し寄せ不安になる。
 
   そして、極めつけは――宮原さんだ。

 彼女は非情に真面目である、必要以上に委縮し、人を敬い、他人の気持ちを一番に優先させる自己犠牲の塊のような人間、それが率直な第一印象である。
 年下だろうが年上だろうが関係なく、その人にとって一番接してほしい人物像を探り当て、それを演じ、相手に合わせる、器用でいながら歪な形を保った人格をしていた。
 だからだろうか、無心であったこの心が不意に、要らぬ助言をしてしまったのだ。
自分に似た影を感じて、こうなって欲しくなくて、せめて人らしく年相応に笑っていてほしくて。

 「………俺は、」

 私は、何者でもない。

 「……俺は」

 私は、何も、要らない。

 「―――」

 呼吸は整い、動揺も無い、全ては意味を成さず、冷静に応えるのみ。
 部屋のドアを背に、自分でも分かる程に慌ててしまった顔つきを戻し、明日の仕事の準備をする。
 例え一瞬であったとしても気持ちが揺らぎ、心が溶け行く感覚があったとしてもそれに意味は無いのだから。

 あの時見た柔らかな笑顔は、彼女にとっては些細な行動の一つである、だが同時に自分の感情を表現するための笑顔であったことは、青年にとって大きな動揺を誘った。
 
 その感情の振れ幅を理解するには、彼にはまだ時間が必要だった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた

ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」 三十二歳、独身同士。 幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。 付き合ってもないのに。 夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。 断る理由が、ない。 こうして、交際0日で結婚することが決まった。 「とりあえず同棲すっか」 軽いノリで決まってゆく未来。 ゆるっとだらっと流れていく物語。 ※本編は全7話。 ※スパダリは一人もいません笑

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...