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四話
しおりを挟む目が覚める、カーテンから差し込む光は薄暗く、今が何時であるのかわからなくなる。
「―――……」
寝ぼけた思考で携帯を覗く、アラームが鳴る五分前に起きてしまって損した気分になりながら、仕事の支度を始める。
意識が徐々に覚醒して、それに比例するように行動も早くなる。
手慣れたように身支度を整えると、今日の仕事内容を思い出して憂鬱になる、いや、仕事そのものよりも黒井さんと仕事をする事実に緊張する。
桐島さんに黒井さんの事を訊かれて以降、妙に意識をしてしまう。
単純に異性としての興味、ではなく自分の黒井さんに対する感情がわからなくなり、結果として明確な答えがでない、とゆう心情である…、多分。
「めんど…」
ぽつり、と思ったことを呟く。
決して恋愛的な気持ちではないが、落としどころのない気持ちというのは非情に面倒である、それが職場の人間に対しての気持ちであるなら尚更、故に面倒。
「……」
しかしながら黒井さんも黒井さんである、自分の気持ちではあるがこんなに面倒な事になっているのは、黒井さんの労働環境が一つの原因なのである。
少なくともコンビニ夜勤での労働時間と環境は、適正な時間と優良な環境である、しかしそうであっても、本職の労働環境と就業時間は恐らく真っ黒であろう。
本人は無理をしている気も、辛そうにしている素振りも見せない、それが余計私の気持ちを落ち着かせなくさせる。
――恐らく、似ているのだ、昔の私と。
事務職時代、私は過酷な労働環境を経験した。
それは労働時間、人間関係、業務内容、それら全てを含めた上での過酷さ。
黒井さんが同じような状況であるかは分からない、だが心配はするし、それに対して悩んでいるなら力にもなりたい。
だが悩んでいる様には見えないし、仮に精神的な負担が大きかったらオーナーがそれを察して雇う事はしないだろう。
つまり今のこの状況は手詰まりなのである、私がいくら思い悩もうが状況は変わらないし、変える意味も無い。
「行くかぁ」
つまらない思考を捨てて玄関のドアを開ける、と同時にドアの開閉が重なる音がした。
「「あ」」
声が漏れる、前にも同じような事があったがまだ面識は無かった。
「おはようございます、宮原さん」
「おはようございます…」
先ほどまで黒井さんの事を考えていたと思うと気恥ずかしい、軽く俯いて挨拶をしてしまった。
「出勤時間が同じですから、こんな事もありますよね」
黒井さんが申し訳なさそうに言う、確かに部屋が隣同士で、同じ場所に同じ時間向かうとしたらこんな事もある、 むしろ今まで通勤が重ならないのは直前まで黒井さんが仕事をしていたためであろう。
その証拠といわんばかりに黒井さんが私服を着ている、スーツ姿しか見た事ないから新鮮だ。
「あ、そうですよね、今日は運が良かったのかも…」
自分で言って後悔する、こんな言い方では黒井さんと一緒に通勤したい、みたいではないか、いや別に一緒に行きたくない訳ではないが、桐島さんに茶化された手前気恥ずかしくなる。
「せっかくですから一緒に行きましょうか、外ももう暗いですし」
「ありがとうございます…、お願いします…」
隣を歩く、少し緊張して前髪を整えてしまう。
一瞬だけ黒井さんを横目で見ると、普段のイメージとは違い明るい印象を受けた。
「今日私服なんですね、初めて見ました」
「え?あぁ、これですか、普段スーツしか着ていませんでしたから可笑しいですよね」
「あぁぁ!ごめんなさい!決して変とか似合ってないとか、そんな意味じゃないので!むしろカッコイイですよ!?」
完全に動揺した、ネガティブな方に発言を受け止めてしまったのなら謝るべきなのだが、カッコイイは余計だ、決してカッコよくない訳ではないが、桐島さんに茶化された手前気恥ずかしくなる。
あれ?全部桐島さんに指摘された事ばかりじゃないか?
「宮原さんは優しいですよね、こんな些細な事でも真剣に考えてフォローして下さる、本当に人の気持ちを第一に考えている」
「いや、それは当り前の事ですし…、優しくなんて無いですよ」
「仮に当り前の事でも、実際に行動できる人は少ないです、私の服装は自分で見てもオシャレと言えませんし、それをカッコイイなんて言って下さるなんて優しいから言える事ですよ」
この人は肯定しかしないのだろうか?
なんて錯覚に陥りそうになりながら歩みを進める、それは照れて顔が赤くなっているのを、少しでも隠せるように歩きたいため。
「と、とにかく…!黒井さんはかっこいいです、この話はこれでお終いです!!」
「え、はい、すみません…」
話の流れを日本刀でぶった斬るかの如く強引に切る、これ以上話せばさらにややこしくなるのは明白だ。
徐々に見えてくる職場の明かりが妙に安心する、いつもは気が滅入る明かりなのに不思議な気持ちだ。
「「おはようございます」」
事務所に同時に入り、挨拶をする。
「あぁ、おはよう楓君、黒井君」
オーナーが涼しい顔で出迎える、相変わらず美人である、何故この職に就いているのかがわからないぐらいに。
「楓君、いきなりだけど今日の夜勤終わりに、買い物を頼まれてくれないかな?」
「買い物ですか?それは構いませんが…」
「ごめんね、店舗で使う日用品が間に合わなくて、このリストに載っている物を買って来てほしい」
申し訳なさそうにメモ用紙を渡され、それを眺める。
リストには店舗で使っていた劣化の激しかった物や、あると便利な日用品が載っていた。
こういった細かいところに気付き、目を向けてくれる事がオーナーの美点である。
「それで、買い物なのだけど、もちろん残業として扱うし、ついでに朝食も兼ねて外食もしてきていいよ、領収書だけ忘れずにね」
「え、そんな悪いですよ!普通に買い物してすぐ帰りますから!」
「まぁまぁ、経費みたいなものだから気にしないでほしい、それに、黒井くんにも買い物を手伝って欲しいし」
「…私も、ですか?」
「そ、荷物を運んで欲しいのと、一応業務としてお願いしているからね、二人で行動してほしい」
なるほど、確かにその通りだと思うし、理に適っている、私の感情と気持ちが整ってない事を除いて。
「まぁ、楓くんも黒井くんも業務時間外の事だから強制はしないし、緊急の用件ではないから問題はないよ、どうする?」
――断る理由はない、単純なメリットの方が大きいし、私自身オーナーには日頃からお世話になっているから、少しでも役に立ちたい。
だが、桐島さんに投げかけられた言葉や、自分が黒井さんに対しての向き合い方、それが分からない時に彼と一緒にいるのが少し怖かった。
「私は、宮原さんさえよければ構いません」
先に口を開けたのは黒井さん、性格的に断る事は無いと思っていたので予想できる返答だった。
対して私は考えてしまっている、この間が黒井さんに、オーナーに対して失礼だとわかっていても思考する。
「―――ッ」
息を呑む、何も難しい事なんてないのに。
「わ、わたしも…、大丈夫です、ぜひお願いします…」
喉を引き絞り言う、私にとっては大きな決断である。
確かに行き場の無い感情は怖い、だが、だからといってそのままにするのも気持ち悪い、ならばきちんと向き合うべきだろう、それが今この時なんだ、きっと。
「よし、ならば決まりだね、よろしく頼む二人とも」
涼しい笑顔を向けられる、作り笑いではないそれは、私にとってはそれだけで嬉しかった。
「では、今日の夜勤も無理をしないで、私は先に失礼するよ」
「はい、お疲れ様ですオーナー」
「お疲れ様です」
オーナーを見送り、何事もなかったように仕事の準備を始める、髪を束ね結ぼうとした時、黒井さんが声を掛けた。
「宮原さん…、仕事終わりの買い物ですが…、私といる事が苦痛であるならば無理に付き合う事はないですよ」
――まただ、また気を使わせてしまった。
知っていた、黒井さんは最初から自分よりも誰かを尊重し大切にする、それなのに彼からそんな言葉を言わせるなんて、自分はなんて卑怯なのだろう。
「私はっ!!」
声がうわずる、けど関係ない、自分が決断した考えを伝えるだけ。
「私は!……私は黒井さんと買い物に行きたいです!決して気を遣うとか、そんなんじゃないです!!」
黒井さんは目を丸くしている、当然だ、誤解されないように素直な気持ち伝えようとして大きな声を出したのだから。
「だから、よろしくお願いします…」
これ以上言葉が出ず、諦めるように俯く。
「私も――」
表情が見えない黒井さんの声が、今までよりも優しく投げかけられた。
「私も、宮原さんと買い物行きたかったです、今日はよろしくお願いしますね」
顔を上げて黒井さんを見据える、そこには初めて見た笑顔があって、機械的な表情しか見えなかった笑顔とは違う、確かな人の温かさがあった――。
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