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八話
しおりを挟む話してしまった、だが後悔などしていない。
一昨日の夜勤後、桐島さんとの関係性は変わる事は無く、彼女は黙って話を聞いてくれた。
それだけで私は十分であった、理解し、問題を解決してくれるのでなく、私の人となりを知った上で関わってくれる、それはとてもありがたい事。
だが、一つだけ言われた事はある、それは黒井さんとの関係についてである。
私自身が思っているよりも黒井さんは温かい人であり、宮原さんを嫌う事はない、なので想いを伝える事に臆病になる必要はありません、と。
それはつまり、第三者から見てもあたしが黒井さんに好意を持っているとバレたわけで、あたし自身も彼に対しての想いが好意であると気付かされた。
「告白、かぁ…」
なんて、似合わない言葉を口ずさむ。
もちろん本気ではない、ただ形としてそういう言葉で想いを伝えるかもしれない、そう思ったのだ。
休日の昼間からスケッチブック片手に、恋心に悩む、こんな未来を誰が予想出来ただろうか。
「うーむ…」
街の風景を描き進めながら、考えをまとめる。
そうして時間が経つと、部屋のインターホンが鳴った。
「……来たか」
『おつでーす!姉さんおはー』
インターホン越しから聞きなれた声、軽やかに挨拶をする声の主は桐島さんである。
「今日はわざわざごめんね、あがってあがって」
「いえいえ~、姉さんの部屋に上がれるなんて嬉しいですよー」
そうである、休憩中に話をした後、本格的に相談に乗ってくれるということで休日が被った今日、家に来てくれたのである。
「あ、これ!駅前で美味しいって噂のケーキ買ってきたんで食べましょ!」
「え、わざわざ買ってきたの!?ごめんねありがと」
「いやいやー、気にしないでください、甘い物は大事ですから!」
悪戯な笑みで返してくれる桐島さんに感謝しつつ、買ってもらったケーキを受け取る。
戸棚の奥にしまった小皿を取り出し、お茶を用意する。
「きりちゃんは紅茶?コーヒー?緑茶の方がいいかな?」
「あ、でしたら姉さんと一緒の物いいですよ」
「了解、紅茶にするねー」
桐島さんの気遣いを受け取り、電気ケトルに水を入れて沸かし始める。
その間にケーキをお皿に盛り付け、紅茶のティーバッグを用意する。
黙々と準備をしていると、その様子を伺いに隣に桐島さんが覗いてきた。
「何か手伝います?」
「お客様なんだから、ゆっくりしててよ、けどありがと」
「はーい、大人しく待ってまーす」
諦めたように子猫の様に戻る桐島さん。
その挙動の一つ一つが可愛らしく女の子としての魅力を思い知らされる。
自分と比べても何も良い事など無いのに、細かい事を気にして落ち込む癖はいくつになっても治らない、どうにかしたいものである。
「……よし」
部屋にある一番オシャレなお皿とカップを用意して、ケーキと紅茶を用意する。
「おまたせー、はいどーぞ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「きりちゃんが買って来てくれたんだから、ありがとうはこっちの方だよ」
「いやいや~、姉さんが用意してくれたからこそですよー」
とりあえず一呼吸、お互いに紅茶とケーキを味わい一時の間、その合間を見計らう様に桐島さんが話しかける。
「あれからどうです?気持ちの整理できました?」
「どうだろ…、話したことで楽にはなったけど、自分と向き合えているかは微妙かも」
「姉さん真面目だからなぁ…、難しく考え過ぎな節がありますからねぇ」
「自分でもそう思う、余計な事考えて辛くなってる時あるかも」
思い当たる事が多くて嫌になる、無意味な思慮を重ねてはネガティブになってしまう。
「まぁ、そこが宮原姉さんの美徳でもありますけどね…」
「そう言ってくれてありがと、少し救われるわ」
「お世辞じゃないですからね!変に深読みしないでくださいね!」
念を押されて力説される。
疑っていた訳でもないし、嘘とも思わないが相当苦い顔をしていたのだろう、以降は気を付けなければ。
「こんな風に、自分の気持ちにも疑心暗鬼になって、黒井さんに対しての感情も疑ってるのかな…、あたしは」
「こればっかりは、時間をかけて向き合ってくしかないですよ、過去の経験を考えれば黒井さんに限らず人を信じる行為自体が億劫にもなりますし」
「わぁ…桐島さんがすごいまともな事言ってて尊敬しちゃう…」
「確かに私普段は適当ですけど、姉さんの事に関してはいつだって真面目ですよ!」
「それなんだけど、なんでこんなに親身になってくれるの?あたしきりちゃんになにかしたっけ?」
「あ~、聞いちゃいます?それ?」
ふと、自然と思いついた疑問を彼女に投げかけると桐島さんは困ったように視線を下げた。
「え、もしかしてあたし何かしちゃった?」
「いやいや~、何といいますか…少し気恥ずかしくて…」
「気恥ずかしい…?」
桐島さんは頬を赤らめて照れ笑いする、何か事情があるのだろう。
「大したことじゃないんです、中学時代に私宮原姉さんの絵を見た事あるんです」
「はぇ!?」
予想外の返答に思わず変な声が出る。
確かに学生時代に描いた物が、賞を取って人の目に触れる事はあったが、まさか社会人になってからその話題に触れるとは思わなかった。
「実は私絵が好きでよく描いてたんです、といっても本格的に活動していたわけでもなく、ただダラダラ絵を描く、そんな感じです」
「あたしが言うのもあれだけど、い、意外だ…」
「ですよね、だからちょっと恥ずかしいです」
いつもの悪戯な微笑みで返す桐島さん。
恐らくこの独白はあたしが桐島さんに語ったように、彼女もまたその返答のように語ってくれたのだろう。
お互いの胸の内を知ることが、互いの距離を縮めるように。
「確かに意外だけど、恥ずかしいなんて事はないよ、誰だって似合わない趣味や特技はあるし、それをとやかく言う人は少ないよ」
「そうですかねぇ、えへへ…」
「けど、絵を見た事とあたしによくしてくれる事に何か関係ある?」
そこである、ある程度の話は聞けたが核心には至っていない。
「それが大ありなんですよ、宮原姉さんの絵を覚えてて、まさかその人が同じ職場で働いているなんて思わないじゃないですか!」
「まぁ、確かに?」
「で、一緒に働きだしてから絵を描く事が懐かしくて、あたしまた描き始めてるんです、拙い絵ですけど」
「良い事じゃない、何事も続けるのは偉い事よ」
「ありがとうございます、また絵を描き始めた事の恩返しじゃないですけど、私にできる事があれば協力したいんです」
なるほど…、桐島さんの絵に対する思い入れがどれほどかは分からないが、昔熱中した事が再度できるというのはありがたい事なのだろう。
私に寄り添ってくれる理由を訊き、なんとなく気恥ずかしくもなりながら納得する。
「とにかく!私は宮原姉さんに感謝してるんです!その気持ちを少しでも返していきたいんですよ」
「そっかぁ…、理由はわかった」
「納得して頂きました?でしたら話をどんどん進めますよ~!」
ぱん、と手を打ち話を切り替える桐島さん。
やはり恥ずかしかったのか、彼女の頬が赤く染まっている。
「まず、姉さんは黒井さんにいつ告白します?」
「っつ!?!?」
不意の右ストレート、直球にも程がある質問だった。
「いやっ!そういうのは段階があってッ!そんな、いきなりなんて…!」
「甘いですよッ!そんなんじゃ夕勤の女子高生に取られちゃいますよ!」
「えぇ…」
年齢差と人柄を考えたら黒井さんが未成年の子に手を出すとは考えられないが、今は黙っていよう。
「恋とは速攻!展開の速さが重要なんですよ!」
「そうかなぁ…」
疑問に思いながらも真剣に語る桐島さんの言葉を受けとめる。
あれやこれやと今後の対策が議論される中、時間も良い感じに進んでいく、すると不意に部屋のインターホンが鳴った。
「――なんだろ?宅配なんて頼んでないんだけどなぁ」
「変な勧誘だったら私追い払うの得意ですよ!やばかったら呼んでください」
「きりちゃん頼もしいわね…」
彼女の勇ましさに若干の不安を感じながら、インターホンのモニターに向かう。
「はーい」
『あ、お疲れ様です、黒井です』
―――思考が、停止する。
黒井さんの話をこれでもか、と話していた矢先に渦中の彼が部屋を訪れるとは何事か、頭の中がパンクしそうになりながらもモニター越しに返事をする。
「く、黒井さん!?どうしたのこんな時間に!」
「黒井さん!?!?」
名前の響きが桐島さんにも伝わり、紅茶を啜っていた桐島さんにも動揺が走っている。
そういえば隣の部屋に黒井さんが住んでいる事を伝えていなかったなぁ、と今更になって重要な情報が抜けていることを思い出した。
『突然申し訳ありません、今少しお時間大丈夫でしょうか?』
「あ、はい!今行くからちょっとまってて!」
モニターの画面を切り、動揺しながら助けを求める。
「ど、どどどどうしよきりちゃん!?黒井さん来ちゃった!?」
「何故!?私もどうすればいいかさっぱりですよ!?」
「ごめんッ…!今更なんだけど黒井さんが隣の部屋に住んでることを伝え忘れてたの!ほんっっとうにごめんッつ!!」
「お隣さん!?めっちゃ最重要情報じゃないですか!?」
「とにかくごめんッ!?とりあえず一緒に来て!?」
「えぇえ??私も出るんですか!?」
半ば強引に桐島さんを引っ張りながら玄関のドアを開ける。
がちゃり、とドアを開け黒井さんを迎えると、スーツ姿にビジネスバックを携え、片手に白い袋を抱えて立っていた。
「お疲れ様です黒井さん…」
「お疲れ様です宮原さん、いきなり訪ねてしまい申し訳ありませんでした」
「いやいや…全然大丈夫、それに、ほら!桐島さんとも一緒だったから!」
「あ、ど~も黒井さん」
扉を大きく開き、縮こまっている桐島さんを黒井さんにも見えるようにする。
突然の事態に桐島さんの表情がひきつっている気がしたが、それ以上に私自身も表情が固まっている様な気がするので見なかった事にした。
「桐島さんもご一緒だったのですね、お二人の時間を割いてしまいすみません…この前のシチューのお礼にデザートを買ってきたので良かったら食べて頂きたくて…、ご迷惑でしたか?」
「いやいや!!そんな事ないから!わざわざありがとう!美味しく頂くよ!!」
「安心しました、ある程度種類も揃えましたのでよかったら桐島さんも食べてください」
「私にまでわざわざありがと黒井さん、ご馳走様です」
「では、これで失礼しますのでまた明日出勤の際はよろしくお願い致します、お疲れ様でした」
「うん、また明日ね!お疲れ様」
バタン、とドアが閉まり、隣の部屋からもドアの開閉音が鳴るのを確認する。
「――――……」
「――――……」
沈黙、突然の混乱から急速な鎮静、お互いに物事の理解がまとまりつつある中、重い様な軽いような空気を呑み、口を開ける。
「………あたし、黒井さんの事好きだわ」
「………知ってます、シチュー作っちゃうぐらい好きなんですもんね」
痛いところを突かれ顔が赤くなる、だがもはやあれほど醜態をさらしてしまった以上、恥なんて事は何もない。
「明日デート誘って、その時告白する」
「はい…いいと思います、絶対うまくいきますよ」
思いがけない事態はありつつも、次に向き合う気持ちは定まりつつある。
人との関わり、好きな人との関わり、様々な関係性を築きながら宮原楓という人間は、確かに少しずつその気持ちと向かい合っていた――。
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