隣の部屋の社畜さん

作間 直矢 

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七話 語り

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 とりとめのない話だ、ただの身の上話、不幸自慢にも聴こえるかもしれないあたしの過去、だから誰かに話す事も、それを悟られることも無いように生きてきた。
 
 ――昔、学生時代、好きだった絵で賞をとるなど似合わない才能を持ち合わせ、自分自身も絵が好きだったから絵に関わる人生を歩むと思っていた。

 だが、そうならなかったのはあたしの家庭に問題があった。

 『お母さん…どうして…』

 母は酷く、冷たい人だった。

 『私も忙しいの、話かけないで』

 父が不慮の事故で亡くなってから母は仕事に打ち込み、精一杯あたしを育ててくれた。
 反面、愛情や親愛などが氷のように凍てつき、それらを感じる事は無くなった。

 冷え切った家庭でそれを忘れるように書き綴った絵は、皮肉にも評価され、一つの道筋となった。
 進路を決める際、推薦を受けていた美術系の大学を受けようと母に相談しようとした、問題はそこで起きた。

 『少しでいいから…お願い…』

 『――ッ』

 覚えている、睨みながら振り返った母はとても印象的で、網膜に焼き付いている。

 『これ…』

 恐る恐るスケッチブックを差し出す。
 これには理由があり、母はあたしが絵で評価されていることはおろか、今に至るまで絵を描いている事を知ってすらいなかった。
 故に恐怖する、どんな反応をするか分からず、固まる。

 『―――……』

 手に取ったスケッチブックをパラパラとめくり、虚ろな眼で眺めている。
 怒っているとも、呆れているとも、もしかしたら感心しているとも見えていたその光景を固唾をのみ待つ。

 『貴方は…』

 スケッチブックを閉じ、あたしに向き合った母はこう言い放った。

 『こんな、意味の無い…、つまらない物を見せるために呼んだの?』

 ――褒めて欲しかった、認めて欲しかった、それだけだった。

 そしてどうだろう、多くの人に認められ賞までとったあたしの絵は、たった一人の母にさえ響かない、こんな絵に価値はない、そう感じてしまったのだ。

 それからの学生時代は時を止めたような変わらない日々だった。
 絵を描く事を辞め、手堅い仕事に就けるように勉強をして、当たり障りのない人間関係を築き、感情を殺した。

 母との関係性もあり、大学には行かず、バイトで貯めたお金を切り崩して自立した。
 
 就職した事務の仕事を淡々とこなし、戦力として働きだせる頃には長い就業時間に縛られ、職場の冷え切った人間関係に慣れたあたしの人間性は完全に黒く染まっていた。

 就職して数年、ついに精神面も肉体面も限界を超えたらしく、仕事中に倒れた。
 目が覚めると点滴に繋がれて知らない病室で寝ていた、そこで仕事を辞めようと思った。

 退院後にすぐに退職し、やる事も無かったので母の知り合いである叔母様のお仕事のお手伝いをした、それがキャバ嬢である。
 といっても、基本は裏方で仕事をさせてもらい、人がいないときだけフォローで接客をしていた、しかし、人間性を欠いていたあたしではフォローが精々であり、それ以上の事は出来なかった。

 結果として、自らの容姿を活かしきれずにこの仕事を終えた時には、歪んだ価値観と恋愛観が出来てしまった。

 今、黒井さんに対してのこの感情を恋と呼ぶには、あまりにも今までの自分の経験が邪魔をして恋と呼べない、だから慎重にもなってしまう。

 一通りの話を語り終えた彼女の瞳には、暗く、影のような虚ろがちらつく。
 だが、ひたむきに前を見るその眼差しには確かに明るい灯も宿っていた――。
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