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Episode 2.0 [ふつう]

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 アンドロイドも夢を見るのかな。
 夢を見るんだとしたら、いまがその夢なのかな。
 ――過去の記憶領域を参照した、疑似人格を満足させるための映像データなのはわかっている。
「ますたー! ますたーっ!」
 元気そうに口ずさむのは自分の声で、愛しき彼はそっと優しくわたしを撫でる。
 何も知らなかった頃の、新品時代の甘い記憶。

 もし、わたしが不良品じゃなかったら、こんな幸せが続いたのかな。

    *

 いい匂いがする。心地よい音がする。
 肉の焼ける匂い。野菜を切る音。
「んぁ……?」
 呻き声を出して薄く目を開けると。
「おき、ましたか……? おはよう、ございます」
 鈴の鳴るような、蚊の鳴くようなそんなちっさな声。その声の主は。
「……誰?」
「えっとぉ……きのう、たすけてもらったじゃないですか」
 いち、にー、さん。ぽかん。
「ああ、そういえば助けたな」
 そういえば、昨日ボロボロのアンドロイドを拾ったな。そうだ。そうとしか考えられない。というかそれ以外だったらまずい。
「おんがえしで、ごはん、つくってました」
 言葉を節ごとに区切って言う、どこか幼さのあるしゃべり方。甲高い声。そしてその容姿は――幼いには幼いが、その声音から想像されるよりかは少々年長に見える。
 声や口調、あとおそらく精神……いや、アンドロイドに精神なんてものがあるかどうかは知らんが、おそらく小学校低学年くらいの大人しい子供のそれだ。
 けど、体は中学生並み。成長しきってはいないけど、そこまで小さくもない。
 ……そういう趣味の人が作ったんだろうな。あるいは、そういう変態の……想像しただけで気持ち悪くなってきた。
 人権がないからって……まあ、扱いで言えばラブドールとかと一緒だからな……。
 何とも言えない、苦虫を噛み潰したみたいな顔だったんだろう。きっと、普通の人から見れば何ともないような表情の変化に、しかしアンドロイドの彼女は、急に悲しそうな顔をして。
「……ごめいわく、でした、か? ……ごめん、なさい」
「や、そんなことは――」
 否定した。けれど、彼女は。
「ごめん、なさい。ごめんなさいっ! ……こわ……だいじょうぶ、ですから……」
 流すはずのない涙を浮かべたように見え。
 水音が聞こえた。
「――ひていしないで……すてないで……ください……。なんでも、しますからぁ……」
 広がっていく水たまり。
 おもらししていることは明白だった。
 いや、排水機能、というべきか。内部機器を冷やすための冷却水を人間に似せて排泄するようにする機能。
 昨日、夜更かしして調べた公式のカタログ曰く、一部のメーカーでは標準搭載までされている便利な機能。しかし。
「……ちゃんとトイレでできるはず、って書いてあったはずなんだけどな」
 普通であれば、冷却水は水道水を経口摂取して、使い終わったそれを内部のタンクに溜め、トイレに行って排泄するといったもの。
 そこまで思い至って、目の前のアンドロイドの様子を見る。
 トイレ、という言葉にあからさまにびくりと驚いた彼女。きっと疑似人格AIによる自立思考や自己修復機能まで備えられているのであろう高級モデルのそれは、しかしまだ人工皮膚の傷は癒えておらず、その人工皮膚で隠せているはずの膝の球体関節もすこし露出している。
 ……きっと「普通」じゃなかったからこうなってるんだろうな。
 不良品、という言葉が頭をよぎった。
 彼女のこの怯えよう。ゴミ捨て場に傷だらけで捨てられていたこと。辻褄が合ってしまう。
 そりゃ不良品は捨てられて当然だわな。役に立たないものは捨てられて当然だ。
 私はため息を吐いて。

「ま、捨てやしねぇよ」

 軽く、彼女の心を落ち着けるように、なるべく気にしないように言い放った。
 少し漏らすくらい、どうってことはないし。それに。
 いま穿いてる、夜の失敗をたっぷりと吸収した下着をズボンの上から触って、微笑した。
「ほんと、ですか……?」
 わずかに安堵したような声に、私はまた息を吐いて。
「ああ。行くあてもないんだろ? ……いやになったら出てってもいいし、好きなだけ居ていいよ」
 食費も少しの電気代くらいしかかかんねぇし……って、私らしくねーな。

 ……自分とあの子を重ね合わせて、同情するなんて。ほんと、私らしくない。

「なんで、ですか?」
「ああ、それはな」

 しょうがねぇか。
「こっち来な」
 笑う私に、訝しげに近寄る彼女。
 そして私は、布団をめくった。

「私、おねしょが治ってないんだ」

 布団に描かれた歪な世界地図。
 幾重にも重なった輪郭たち。それは「失敗」の跡。
 ズボンの下のふくらみは、今晩の「失敗」の痕跡に他ならない。
「理由はわかんない。生まれてこの方、ずっとそうだからさ」
 普通はきっと、恥じるべきものだ。知ってる。誰より一番わかってる。
 けど、彼女の眼球カメラレンズに刻まれた私の姿は、きっとそんなに悪いものではないのだろう。
 見開いた眼の奥に、彼女はなにを思ったのだろうか。
 ただ、私ができるのは。
「仲良くやろうぜ、ポンコツちゃん」
 居場所を与えてあげることだけだ。
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