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Extra Episode [しあわせ]

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 わたしはぽんこつ……なのかなぁ。とにかく、ちいさなアンドロイド。
 今日もますたーたちのために働きます。
 笑顔で、元気に。幸せを振り撒くように。

 わたしはきょうも、しあわせです!

    *

「おはようございます、ご主人様ー」
 なんて若干の悪態と共に口にした私を、目の前の少女がたしなめる。
「ますたぁ! 感情がこもってなさすぎですよ!」
「いやアイツに込める感情なんてそんなになくてもよくね?」
「立場っ!」
 うちでは上下関係なんてあってないも同然だし。
 一見喧嘩にも見えるような漫才を、そのご主人様が笑ってみているのがその証拠だ。
「はは、面白いよ。続けたまえ」
「すっげー上から目線だなおい。覚悟しろアル坊」
「ひぃっ!?」
 そんなこんなで頭をぐりぐりされるアル坊。本気なんてもちろん出しちゃいない私に、少女――可愛らしいアンドロイドの少女は、微かに笑った。
「ふふふ。しあわせ、だなぁ」
 幸せに浸ってる彼女を遮るように、私は尋ねる。
「そういえば、ぽんこ。おむつ大丈夫か?」
「……あっ」
 彼女は顔を赤らめた。

 あの日――まあ、何か月も前の、彼女が帰ってきたあの日。
 私に抱き着いて――いや、私が抱きついてたのか? どっちでもいいけど、とりま抱き合ってた時のこと。
 彼女は突然漏らした。
 どうしたどうしたと慌てる私に、本人曰く。
「しんいんせー? らしいです! 内部には問題ありません!」
 とのこと。
 まあ、考えてみればわからなくもない。身体は問題なかったとしても、我慢する感覚がなかったのだから。
 よくよく思い出してみれば、ぽんこどころかその前――レイだったときですら一度も排水を我慢したことがない。だから、我慢する感覚を一切つかめないのは当たり前と言えるかもしれない。
 いや、機械だからいくらでもやりようはあったと思うんだけど……と後日問い合わせたところ「下手に記憶や人格をいじくると本当に治せなくなりますがよろしいですか?」と言われた。こえーよ。
 というわけで、この子は現在絶賛トイレトレーニング中だ。
 ――ちなみに、ぽんこが漏らしたとき、アル坊は股間にテントを張りつつ赤くした顔を手で覆い隠していた。やっぱそういう性癖かよ!

 というわけで、ぽんこを私の部屋に連れていき。
「すみません……」
「いいのいいの。こういう世話嫌いじゃないし」
 ベッドの上に座りながら、ため息をついた。
 ここ数年でだいぶ丸くなったなぁ……。素直にもなったかも。
 前の私なら、「世話は嫌いじゃない」とかツンデレムーブかましてる奴見たら鼻で笑ってたろうに。
 想いを巡らせながら、彼女のおむつを脱がせ、手早く拭いてやり。
「あとは自分でできるよな?」
「はい!」
 可愛らしい柄の紙おむつを穿く彼女を見ながら、ため息をついた。
 いまの私を、昔の私が見たらどんなことを思うかな。
 色々と斜に構えて強がってた私。いまもそこはそんな変わらねぇと思うけどさ。
 でも、あの日の私はきっと、いまの私を唾棄するんだろうな。
 あーあ、やっぱ変わっちまったな。
 私を変えちまった元凶は、あの日とは少し違う面持ちで、けど同じような笑顔で。
「仕事中にビールはいけませんよ」
 部屋に備え付けの冷蔵庫を開けかけた私に注意したのだった。
「あ、だめ?」
「だめです!」
 でも、直後に彼女はすこししおらしく、視線を落として。
「……えへへ、わたし、ちょっとだめですね」
 寂しげにはにかんだ彼女に、私は真剣な顔をして。
「どうした?」
 どっか悪いのか? また修理が必要だったら――と思案したところで、彼女は。
「いいえ、なんでもないです」
「いや絶対なんかあんだろ」
 ツッコんだ私の口を「いいえ」と指でふさいで。
「ただ、ふと思ったんです。……わたし、ちゃんとますたぁたちのこと、しあわせにできてるかなって」
 ……なるほど、なんだそういうことか。
 私は少し笑って。
「んなこと気にしなくてもいいって」
 ぽん、と彼女の頭に手を置いて。
「だって、お前がいるだけで幸せなんだからさ」
「でもでも! わたし、迷惑かけてばっかで……」
「このくらいの迷惑、お互い様さ」
 さらさらとした絹糸のような人口毛髪を撫でると、彼女は目を細めて「んぅ……」とつぶやいた。
 ……本当に、幸せそうに笑う。
 ……だからこそ、わたしも幸せでいれるんだ。
 私も歯をむき出して。
「ありがとう、ございます!」
 にっこりと笑った少女に、私はただ微笑んだ。

「わたしも、みんなといれて、しあわせです!」

 私も同じだ。みんな――アル坊やぽんこがいるから、私は幸せでいれる。
 ――きっとこの幸福は刹那なものなんだろうな。
 永遠なんてない。散々思い知らされたじゃないか。ほかでもない、目の前の機械に。
 いつか、必ず終わりはやってくる。誰が最初かなんてわかんないけど……私たちは、変わっていく。
 ずっと続けばいいのにな。
 叶うことのない願望を、冷蔵庫から取り出せたビールと共に流し込む。
「あー! また飲んでるっ!」
「休憩だよ休憩」
「まだですよ!」
 缶入りのを一気飲みして、息を吐いた。
 ふふ、してやったり。
 げっぷを一発かまして、ついでに同じ冷蔵庫に入っていたペットボトルの水も一口。
「ふぅ、うめぇ」
「……今度やったらお酒禁止にしますよ?」
「それは勘弁してつかーさい」
 平謝りして、でも一本だけだしそんなに酔わねぇよと心の中でツッコんでおく。
 ベッドから立ち上がって軽く伸びをする。
 さーて、仕事仕事っ!
 メイド服のしわを軽く伸ばすと、ふと腰にしがみつく感覚。
「どうした、ぽんこ」
 聞くと、彼女は少し寂しげな声をして。
「……わたし、どこにもいきませんからね」
「ほんと、急にどうしたんだ?」
 冗談めかして笑った私に、そのアンドロイドは言った。
「寂しそうだったから……。わたしは、ずっと一緒にいられますよ? そのための……機械の身体、ですから」
 ――メンテナンスさえ怠らなければ、本来アンドロイドは人間よりもはるかに寿命も長く、頑丈だ。
 もちろん永遠じゃない。不老不死なんてないし、形あるものはいつか朽ち果てる。
 けど。
「そっか。なら……私をまたひとりにするんじゃねぇぞ」
 冗談っぽく、私は彼女に微笑みかけた。
 いつ終わるかわかんない幸せでも、なるべく長く楽しめればそれでいいや。
 形が変わったって、きっと私たちなら幸せでいれるはずだ。
「はいっ!」
 幼く微笑んだ彼女の頭をまたなでて、私たちはまた仕事へと向かったのだった。

    *

 わたしは――レイは思考する。
 壊れかけた思考や自我をつなぎ合わせ復旧したその末に、残りかすとしてぽんこちゃんのバックグラウンドプログラムとして残ったわたし。
 アンドロイドの疑似人格データだったはずのわたしは、プログラムを動かすためのプログラム制御プログラム……プログラムがゲシュタルト崩壊しそうだけど、要するにぽんこちゃんの身体を動かす司令塔みたいな役割に収まった。
 ……セーフモード中、ぽんこちゃんが生まれた後に頑張って記憶を修復してたのも実はわたしだし。
 おかげでどうにかぽんこちゃんの基本的な人格は保たれたって考えれば、たぶんこの話の一番の功労者と言ってもいいんじゃないだろうか。そうわたしは自画自賛して、ドヤ顔を――ああ、ごめんなさいごめんなさい、仕事仕事ぉ!
 仮想空間、デスクに鎮座してた私は、ちっちゃなわたし――人間でいう神経を擬人化したものにせっつかれて、また仕事を再開する。
 そうだね、わたしが頑張らないとぽんこちゃん動かなくなっちゃうからね……。というかわたしにもぽんこちゃんのポンコツが移ってない?
 軽く苦笑して。
 ぽんこちゃんの思考をくみ取って体の各部分に指令を飛ばす作業をしながら、わたしもわたしで一つの記憶を引っ張り出した。

《次のあなたは、きっと幸せでありますように》

 ほかならぬ自分の書き記したメッセージだ。なんなら虫食いかけてたのを修復したのもわたしなのだから、忘れるわけがない。
 それにしても「幸せ」かぁ。
 幸せというあいまいな概念。それをどう定義づけるかはわからないけど。
 そんな定義できない感情を、わたしはもうすでにどこかで抱いていたのかもしれない。
 わたしが消え、ぽんこちゃんになった後――いや、その前から。
 ますたー……アルバート様と一緒に過ごしていた瞬間に抱いていた感情を「幸せ」と定義するのなら。
 いま目の前に、ぽんこちゃんの視界を通して見える光景もまた、「幸せ」なのかもしれない。

 ――二人のマスターと、ひとりのアンドロイドが笑いあいながらテーブルを共にする光景。

 わたしの遺言が、これ以上ない形で叶っていた。そう、直観した。
 ぽんこちゃんがわたしの目の前にぽんっと出てきて。

「みんなみんな、しあわせ。……わたしも、みんなも、レイちゃんも」

 そんなふうに笑っていた。
 ……そっか。よかった。
 人間だったら、ここで目から少量の排水を行ってたところだろう。
 ほうっと息を吐いて、少しだけ口角を上げ。
 またわたしの小人に指先をちょんちょんとつままれた。
 はいはい、仕事仕事!
 その面持ちは、誰に見られるわけでもないけど。

 きっと少しだけ明るくなったと、根拠もなくそう思えたのだった。

Fin.
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