あさおねっ ~朝起きたらおねしょ幼女になっていた件~

沼米 さくら

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なのかめ ~そして、ふたりは。

If You Love me……

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「ねーね、だいすき!」
 少女は俺にぎゅっと抱きつき、しかし抱きつかれた俺の小さな体はそれを受け止めきることはできない。
「もう、やめてよるりちゃん……」
 と言いながら、「お姉ちゃん」の俺は押し倒されながらも彼女の頭を撫でた。
「えへへ~」
 目の前で幼げに笑う、中学生のはずだった少女。俺の妹だった、お姉ちゃん。それでいて、いまはまた妹で……ややこしいな。
 幼児退行してしまった目の前の彼女をどうやって元に戻そうかを、俺は必死に考えていた。おままごとで「お姉ちゃん」の役を与えられ、それを見事に演じながら。
 ……この状況下で、おままごとをするのが楽しいと感じる自分がいる。
 俺の精神もおかしくなっているのか……と軽い疑心暗鬼に陥りかけた。落ち着け、頭が幼女になりかかってるのは前からだろ。
 時々記憶が飛んでたりする頭を必死に働かせながら、俺は考えた。

 そんな最中のことである。
「これ、なあに?」
 瑠璃はおままごとセットの中から手鏡を取り出して言った。
「鏡だけど……」
「じゃあ、このなかにいるおねーちゃんはだあれ?」
 鏡の中に映し出されたもの。それは当然、瑠璃の顔で。しかし。
「……なに言ってるの? これ、るりの顔だよ?」
 珊瑚ちゃんが言うと、瑠璃は――
「うそだッ!」
 ――豹変した。
「わたし、さんさい、だもん! ……こんな、おねーちゃんなんかじゃ、ない……もん……っ!」
 その瞳からは、涙。
 ……自分の姿すらわからなくなっているのだろうか。
 しかし、これはチャンスかもしれない。そう思ってしまった俺は、彼女にとっての悪魔だったのだろうか。少し後になって後悔することになる。
「ねえ、るり……本当は三歳のじゃなくって十四歳のお姉ちゃんなんだよ」
「そんなわけない! うそだうそだ!」
「おい、やめておけ。いま刺激するのは――」
 九条先生の制止の声が、一瞬聞こえたような気がした。しかし、もうその時には口を開いていて、息を吸い込んでいて――。

「嘘じゃない! いい加減、現実を見ろよ! 瑠璃っ!」

 俺は怒鳴った。怒鳴ってしまった。
「嘘だッッ!! こんなの嘘! 全部全部! やだ! 現実なんて見たくない!! 見たくないよっ!! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だァっっ!!」
 目の前の少女は、瑠璃の声で痛々しく悲鳴を上げた。
「落ち着くんだ日向!」
「そうよ、落ち着いて! 暴れないでよ瑠璃ちゃん!」
 九条先生と翡翠さんが取り押さえようと動くが「うるさい!」
 火事場の馬鹿力とでもいうのか、普段ではありえないような膂力で以て、二人を引きはがす。
 そして、彼女は荒く息をついて――
「嫌ァァァァァッッ!!」
 その手に持ったもの、すなわち手鏡を、思いきり上に掲げて……地面にたたきつけた。
 瞬間的に加速したそれは、その勢いのままにフローリングへとぶつかって――音を立てて砕け散る。
 バラバラに散らばった欠片。それを、瑠璃は足で踏みつぶす。
「あは、はははっ、ははははははっ。きえろ、きえろ! まぼろし、うそッ! 鏡に映ったわたしなんて、消えてしまえ!!!」
 足から血が出て、ガラス片は赤く染まる。しかし、その気の狂った少女は、痛みさえも感じないのか、執拗に鏡の破片を踏み砕いた。
 そんな状況の中、俺はなにを言うこともできなかった。
 茫然自失。悲鳴と鏡の割れる音とともに、跪いていたのである。
 壊れた。否、壊した。俺が、瑠璃を。
 まるでガラスのように。まるで目の前で割られている鏡のように。
 そして、俺にはこれを止めて直す力はない。覆水盆に返らず。時間を戻すことが叶うはずもない。この世界に魔法なんてないのだ。
 取り返しのつかないことになった。元に戻ることはなくなったのだ。そう俺は確信したのである。
 頭の中に浮かぶ「ゲームオーバー」の文字列。
 俺はただ、茫然と、目の前の壊れた少女を見るしかできなかった。

 やがて、しばらくの時間が過ぎて。
「……おままごと、しよっか」
 瑠璃は、こちらに笑いかけた。
 血まみれの足に細かく砕けた鏡の欠片が所々に刺さっていて、痛々しく見える。
 周囲もまた悲惨だった。
 飛び散った血液が辺りを赤く染めて、赤い破片が散乱している。突き飛ばされて横転したテーブルに九条先生が寄り掛かり、翡翠さんはすぐそばのフローリングに倒れていて。
 そして、珊瑚ちゃんは、膝をつきながらも、瑠璃の手を握り、その笑顔を見上げながら言った。
「……ねぇ、もう『元に戻ってる』んだよね、るり」
 俺は目を見開いた。
「なにいってるの、
「ほら、やっぱり。……やっと、わかってくれた」
 珊瑚ちゃんの頬を、一筋の雫が伝う。
「……わかんないよ。るり、なんにもわかんない」
 呟く瑠璃の目からは、光なんて消えていた。光の消えた目で、涙を流していた。
「わかんなくてもいい。でも、起きてくれて、戻ってきてくれて、とっても嬉しい。……心配したんだから」
 涙を流し抱きしめあう二人。瑠璃はつぶやいた。
「ごめん、なさい」
「……大好きだよ。るり」
 すすり泣き、静かに告白の声。けれども、聞こえた返答の言葉に、その少女の涙の意味は変わってしまったのである。

「もしわたしが好きなのなら――わたしを、殺して」
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