その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第40話「ウゴルス号白兵戦」

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 暗闇の霧を抜け出したホワイトラビット号の甲板では、崩壊しつつある敵船団を見てアクセルが驚きの声を上げていた。

「おいおい、ほとんど終わってんじゃねぇか!」

 まだアクセル船団との戦闘中だったが、同士討ちを始めたところを包囲されたのだ。混乱した船団は抵抗らしい抵抗も出来ずに沈んでいく。

「さすがはアクセル兄の快速船団だね! こんなに速く回り込んでくるとは思わなかったよ」
「がっははは、船足あし自慢ばっかりだからな」

 シャルルに褒められてアクセルは豪快に笑い飛ばす。しかし、シャルルが見せた神業とも言える操船に比べれば、アクセル船団の動きは一流の船乗り止まりだった。

 自由自在に船を操るその腕前には、船団長であるアクセルも恐ろしいと感じるほどである。

「可愛いシャルルに妙な二つ名が付いてると思ってたが……キラーラビットとはよく言ったもんだな」
「どうしたの?」
「いいや、何でもないぜ。後はあいつらに任せとけば大丈夫だろう。俺たちは……」

 勝敗は決したと判断したアクセルの言葉だったが、マスト上の見張り台から飛んできた報告によって掻き消される。

「お頭ぁ、抜けてきたにゃ! 後方から一隻接近中にゃ~」

 報告を受けたシャルルが船尾方向に視線を向けると、船団の中で一際大きかった船が混乱していた船団から抜け出して追い掛けてきていた。敵の弾か味方の弾かはわからないが、いくらか被弾しているようで船体から煙が上っている。

「敵の旗艦かな? 周りの船が盾になって損害が少なかったみたいね」
「まったくしつけぇ野郎だ。一隻なら突っ込んで切り込むか?」

 そう問い掛けられたシャルルは、改めて自分の姿を見て大きく溜め息をついた。大急ぎで出港したため、先程と同じくドレスに船長服を羽織ったままなのだ。しかもベルトも忘れているため、腰にはカニィナーレも帯びていない。

「この格好じゃ、白兵戦は出来ないし……どうしようかな?」
「姫さん、それじゃ舵を代わってくれよ。たまには俺が先駆けで行くぜっ!」

 どこか嬉しそうなハンサムが提案すると、黒猫たちもカトラスを掲げてやる気十分である。しかし、アクセルが鼻で笑ってハンサムを指差す。

「大人しく舵を握ってろよ、黒豹。先駆けは俺が行くぜ。シャルルに格好良いところを見せるチャンスは譲れねぇからな」
「ハッ、船団長なんだからドシッと構えてろよ。シスコン坊ちゃん」

 煽られたら煽り返す。それこそが海賊だとでも言わんばかりに、ハンサムが歯を向き出しにして挑発すると二人の間で緊張が走る。そのやり取りにシャルルは呆れた様子で肩を竦めた。

「海戦中に喧嘩しないでよ。今回は二人に任せるから船首に向かって」
「よし、それじゃ何人倒せるかで勝負するか?」
「おぅ構わねぇぜ、勝つのは俺だがなっ!」

 アクセルの提案にハンサムが力強く頷く。シャルルが舵を代わると、彼らは肩を並べて船首の方へ歩いていく。それと代わるようにマギがシャルルに近付いて小声で尋ねてきた。

「いいの~? 私が魔法で焼き払ったほうが早いけど~?」
「アクセル兄もハンサムもやる気満々だし、今止めると面倒そうだからいいよ」

 諦観が籠もった表情で首を横に振るシャルルだったが、気を取り直して見張り台に問いかける。

「後方の船はまだ追って来てる?」
「徐々に近付いてきてるにゃ~」

 被弾している船が、全速のホワイトラビット号に追いつけるわけはない。わざと減速して引きつけているのだ。シャルルは一度深呼吸すると舵を握り締める。そして号令を出しながら舵を回し始めた。

「取舵一杯! 正面から行くよっ!」
「ニャー!」

 左旋回を開始したホワイトラビット号は百八十度回頭して、海賊船ウゴルス号に船首を向けるのだった。

◇◇◆◇◇

 ホワイトラビット号を追跡中の海賊船ウゴルス号 ――

 眼前で急旋回を開始したホワイトラビット号に、見張りが驚きながら報告を入れる。

「白い奴が回頭した。こっちに向かってくるぜっ!」
「何だとぉ!? どこまでも虚仮にしやがって!」

 怒鳴り散らすヴコールの周りには、斬り殺された船乗りが倒れている。先程の混乱を納めるため、命令に従わなかった船乗りを斬り殺していたのだ。

 恐怖心を煽られたことで乗組員クルーもヴコールの命令には逆らえなくなり、何とか乱戦を抜け出してホワイトラビット号を追いかけることが出来たのである。

「どうしやすか?」
「あぁ!? 突っ込むに決まってんだろぉ! あんな小さい船にビビって避ける海賊がいるわけねぇ!」

 比較的小さなホワイトラビット号よりウゴルス号の方が二回りほど大きい。しかし、それほど体格差があっても船を正面からぶつけ合うなど愚か者がすることだ。

 航行不能になるかもしれないし、そうでなくとも船への損害は計り知れないからだ。それにせっかく大砲を積んでいるのだから、そもそも白兵戦に付き合う必要などまったくないのである。

 そんな冷静な判断が出来ないほど、キャプテンヴコールはキレてしまっていた。必勝を期して臨んだ奇襲が、あっさりと打破された挙げ句にすでに壊滅状態である。自棄になるのも無理がなかった。

「あの船なら、乗ってる海兵の数もたかが知れている。こっちに乗り込ませて囲んじまえ!」
「おぉぉ!」

 キャプテンヴコールの鼓舞に、船乗りたちも大声を張り上げて気持ちを上げていく。同士討ちによって船の損傷も激しく船足あしも出ない。このままではどうやっても逃げれないと悟ってのヤケクソである。

「来たぞっ!? 取舵っ!」

 正面から突っ込んできたホワイトラビット号だったが衝突前に舵を切った。ウゴルス号はぶつけるために左に舵を切ったが、ホワイトラビット号はすぐに舵を逆側に切る。反応が遅れたウゴルス号の右舷側に滑りこむように並ぶホワイトラビット号。

 衝突に備えていた海賊たちは身を強張らせており、そこに向かってホワイトラビット号から放たれた矢の雨が飛んできた。黒猫たちによる援護射撃である。

 その混乱の隙を縫ってカギ爪ロープを使って乗り込んで来たのは、赤い船長服を身に包み剣を握ったアクセルと、巨大な槍を肩に担いだハンサムだった。

「俺が左、お前が右でいいな? 黒豹」
「あぁ、構わねぇよ」

 ハンサムの了承と同じくアクセルが駆け出す。ハンサムも遅れることなく走り出すと、混乱していた海賊を突き立てて、その海賊をそのまま海に投げ捨てた。

 アクセルは巨漢に似合わない素早い剣技と、手も足も飛んでくる海賊殺法である。剣を躱しても太い脚で蹴られれば即死、運が良くて行動不能である。並の海賊ではとても対応できず、次々とやられていく。

 ハンサムは船乗りにしては珍しく巨大な槍を使う。刺突はもちろんのこと、力任せに振り回して吹き飛ばしたり、叩き潰したりするのが主な戦い方だ。

「オラッ!」

 腰に構えた槍を振り回すと海賊が構えたカトラスをへし折り、海賊の体を斬り裂きながら穂先がマストに突き刺さってしまう。それをチャンスと見た海賊たちはハンサムを取り囲む。

「へへへ、船で槍を振り回すなんて馬鹿な野郎だぜ」
「ぶっ殺してやるっ!」

 それを横目で見ていたアクセルが、鼻で笑うと馬鹿にするように尋ねる。

「おいおい、助けてやろうか?」
「いらねぇよ! フンッ!」

 ハンサムが力任せに槍を振り回すと、マストを引き裂きながら海賊たちを薙ぎ払った。吹き飛ばされた海賊たちは次々と海に叩き落されていく。

「今ので十人だな、俺の勝ちだろ?」
「ハッ、まだまだ! こっちも十だ!」

 アクセルはそう言いながら、向かってきた海賊を二人を立て続けに斬り倒す。その二人を見ていたヴコールは顔を引きつかせながら叫ぶ。

「おらぁ、何やってんだ! 相手はたった二人だぞ!? さっさとぶっ殺せ!」
「そ……そんなこと言ってもよぉ」

 実際に戦って確かな実力差を感じた海賊たちは、すでに戦意を失いつつあった。動きを止めた手下たちを横目に、アクセルは剣をヴコールに突きつける。

「お前……確かヴコールだったか。めんどくせぇ、船長同士で一騎打ちといこうじゃねぇか? テメェが勝ったら、この船だけは見逃してやるぜ?」
「あんた、今回は船長じゃねぇだろ……」

 ボソリと呟くハンサムをアクセルが睨みつける。手下に隠れて奥に引っ込んでいたヴコールが、手下たちを押しのけて前に出ると腰の剣を引き抜いてアクセルと対峙した。

「その話、本当だろうな?」
「あぁ、もちろんだ。俺が死んだら黒豹が責任持ってくれる」
「おいっ!」

 ハンサムは文句を言うが、アクセルは目配せしただけで取り合うつもりはないようだ。ハンサムも仕方ないといった様子で溜め息をつくと、槍を肩に担いで少し後ろに下がる。

「よし、その勝負受けたぜっ!」

 ヴコールはそう叫びながら、足元に落ちていたナイフをアクセルに向かって蹴り飛ばした。そして、バランスを崩したアクセルに向かって斬りかかる。

「死ねぇ!」

 ヴコールが振り下ろした剣が、アクセルを捉えたように見えたが、その刃はガスッという音を立てて甲板に突き刺さった。

「なっ!?」
「悪くないが……遅ぇんだよ」

 最小限の動きで躱したアクセルは、そのまま勝利を決める一閃を振り抜いたのだった。
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