初恋、花送り

木瓜

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初恋、花送り

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 「本日は、ご多用の中、故人・荻原小夜の通夜式に参列頂きまして、心よりお礼申し上げます。故人もさぞかし喜んでいることと存じます。尚、明日の葬儀は、12時より執り行う予定です。
つきましては、ささやかではございますが、別室にお食事の席を設けております。お都合のよろしい方は、是非故人の思い出話など、お聞かせ願えればと存じます。
本日は、誠にありがとうございました」







「ちょ…、ちょっと待って…!」

後ろの方で、私を呼び止める声が聞こえた。

「はあ、はあ、やっと追いついた…」

六十代ぐらいの女性が、息を切らしながら、私の元に駆け寄る。

「小夜先輩のお母さん…。お久しぶりです」

その女性は、私の高校時代、同じ華道部の先輩だった、萩原小夜のお母さんだった。

「っはあ…。ほんと、久しぶりねぇ。もう、二十年ぶりぐらい?」

私も、今年でもう三十八歳。

萩原小夜のお母さんと良く顔を合わせていたのは、高校を卒業するまでだから、確かに、あれから既に、二十年以上が経っている事になる。

「そうですね。もうそのぐらいになります」

「今日はありがとうね。まさか、杉田君が来てくれるなんて、思わなかったわ」

「当然ですよ。高校以来、連絡はとっていませんでしたが、今でも小夜先輩は、私の尊敬する先輩ですから」

花が好きで、華道部に所属していた彼女は、花言葉などを含めた知識から、花を活ける技術まで、その全てに卓越しており、尊敬の念は、未だ消えずに、私の中で残っている。

「久しぶりに、小夜先輩から連絡が来た時は驚きましたけど、久しぶりの再会が、棺桶の中になるなんて…」

一週間程前、急に私の自宅宛に、郵便物が届いた。

差出人は、萩原小夜。

肝心の郵便物は、イベリスの花束に、小さなメッセージカード。

そこには、一言

『あなたの好きな花を、送ります』

とだけ。

ちなみに、私はイベリスの花が好きだなんて話を、彼女とした記憶もないし、そもそも、イベリスの花を好きでもない。

久しぶりに、高校時代の先輩から送られてきた物の不可解さに、私は、凡そ二十年の時を経て、萩原小夜に連絡をとることにした。

しかし…

「虫の知らせ、だったのかしらねぇ…」

小夜は、二ヶ月程前から、体調の不調を訴えるようになったらしい。

医者からは、疲労によるものだと言われたらしいが、それからしばらくして、息を引き取った。

死因は脳梗塞。

自宅で眠ったまま、目を覚ます事はなかった。

そんな小夜が、私にイベリスの花を送ったのは、その亡くなる前日の事だった。

「変わってないですね、先輩は。高校の時のまんまでした」

「やーね、そんな訳ないでしょ。
あの子だって、もう四十だったんだから。
ほんと、結婚もしないまま、行っちゃうなんて…」

「小夜先輩、結婚してなかったんですか?」

「そうよ。高校卒業してから、ずっと恋人もいなかったみたいだし。
もてない訳じゃ、なかったと思うんだけどねぇ」

小夜の母親の言う通り、彼女は寧ろ異性の目を惹く方で、もてない、なんて事は決してない。

高校の時だって、華道部のマドンナとまで言われていて、私だって、密かに想いを寄せていた時期もあったぐらいだ。

最も、私では到底釣り合わないと悟って、その想いは、早々に諦めたのだが。

「杉田君は?結婚してないの?」

「残念ながら。中々良縁に恵まれなくて…」

縁談の機会は、何度かあった。

しかし、その全てを、私は悉く断っていた。

「そうなの…。何だか寂しいわねぇ…」

一人、連れ添う人もなく旅だった小夜。

私も、いずれ一人で、旅立つ事になるのだろうか。

「あ、そう言えば。
杉田君、何で金木犀なんかお供えしたの?」

小夜の母親が、思い出したように私に尋ねる。

焼香を終えた後で、彼女の棺に、金木犀を供えに行った事を言っているのだろう。

「ああ、高校の時、部活で小夜先輩が言ってたんですよ。
『好きな花は金木犀』だって」

小夜の高校生活最後の日に、『互いに花を活けて、贈りあおう』と言う話が、私と小夜の元で挙がった。

その時、私に好きな花を尋ねられて、小夜が答えたのが、金木犀だった。

「偶々思い出したんです。だから、先輩の棺には、絶対に金木犀を供えようと」

「変ねぇ…。あの子、金木犀は嫌いだったはずだけど」

「…え?」

「いつだったかね、あの子にお見合いの話が来た時、相手の人が金木犀の花を贈ってくれた事があったのよ。
けど、あの子、その時きっぱりと言ったの。
『金木犀は好きじゃないので』って」

そんな馬鹿な。

あの時の事は、しっかりと覚えている。

何せ、互いに花を贈りあおうって約束をしていたのに、彼女は家の事情で、急遽その土地を離れる事になり、約束を果たす事が出来なかったのだから。

苦い思い出として、今でも刻み付いている。

思い違いな、訳がない。

「そんなはずはないです。先輩は、確かに金木犀が好きだと言っていました」

「ほんとよ。だから、私はてっきり、小夜と杉田君は仲違いしていて、嫌がらせで金木犀を供えたのだとばっかり…」

一体、どういう事なんだ。

あの日、小夜が、私に嘘をついていたとでも言うのだろうか。

「あ…」

そこまで考えて、私は、ある事を、思い出した。

ー小夜は、花言葉などを含めた知識から、花を活ける技術まで、その全てにおいて卓越しておりー

「ああ、そんな、そんな事って…」

私の眼から、止めどなく、涙が溢れる。

それは、二十数年に渡って、秘め続けて来た想いが、堰を切って、溢れ出た瞬間だった。

「杉田君…?大丈夫?」

小夜の母親が、心配そうな表情で、私の背中を優しく撫でる。

「…何で」

ー何で、あなたは、逝ってしまったんですか。

涙が、溢れて止まらない。

それはもう、私の意思ではどうしようもなくて。

ー何で、あの時も、今も、さよならの一言も、言わせてくれないんですか。

「あなたって人は…
あなたって人は、最後まで…」


ーイベリス。その花言葉は、初恋の思い出を示し

ー金木犀。その花言葉は、初恋を表す。




『雅俊君、私、あなたに貰うなら、金木犀の花が良いわ』




砂糖菓子のような甘さと

優しくも、秋の存在を確かに感じさせる、二つの香りが、

もう二度と、聴くことの出来ない、あの人の声と共に、

私の心の中で、

今も尚、揺蕩っている。
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