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36.オブライエン家の息子
今日は朝からマーロウ家は慌ただしかった。
オブライエン伯爵が妻と子息を伴って挨拶にやってくるのだ。
アリエルが新たな婚約者となってから、暫くの間、伯爵家から何の音沙汰もなかった。アリエルは、すぐにでもエドガーが会いに来てくれると思っていたのに、一向に来てくれる気配がなく、とてもヤキモキしていた。最初のうちこそ、例の姉から奪ったリボンについて、どう言い訳しようかと考えていたが、一向に現れない婚約者に、会えない苛立ちの方が強くなり、リボンのことはすっかりと忘れてしまった。
一ヶ月ほど放置されていたが、つい先日、ようやく訪問の連絡が来たのだ。アリエルはやっと会える喜びで舞い上がり、自分の悪行を思い出すことはなかった。
そんな有頂天の中、迎え入れたオブライエン伯爵夫妻が連れてきた息子がエドガーでないと知った時、彼女の中で暫く時が止まった。頭が真っ白になり、何がどうなっているのか理解できなかった。
父も母も同様に非常に驚いていた。特に父は、アリエルがエドガーを気に入っていたことを知っていたので、オブライエン伯爵に猛抗議した。しかし、オブライエン伯爵はもともと「我が家の次男」との婚約だと一向に引かない。さらには、アリエルと母親の出自についてまで話が及び、マーロウ子爵は歯ぎしりするほど腹が立ったが、言い返すことが出来なかった。
「養子とは言え、新しい息子のエリオットは元子爵家の出自。しかも―――まあ、こういう言い方は何ですが―――同じ子爵家でありながらもマーロウ家よりも古く格式のある家の息子です。それに引き換え、貴方様のお嬢様は? ラリエット嬢は嫡女だったが、アリエル嬢は?」
そう言われては、悔しくても口を噤むしかなかった。
せめて、エドガーの養子縁組先を聞き出そうとしたが、
「何故お聞きになる? 縁も無くなった者のことなど」
ピシャリと断られてしまった。その上、ゾッとするような冷たい目を向けられた。
「それとも、そこまでエリオットにご不満が? 我がオブライエンの大切な息子がそんなにもご不満ですかな? それならばこの縁談は白紙に戻してもよろしいのですぞ? 息子にはもっと良い縁談を探すのみ。我が家に入ってくれた恩に報いたいですからな」
オブライエン伯爵はそう言い放つと席を立った。伯爵夫人も養子のエリオットもそれに習い、席を立った。慌てたマーロウ子爵も彼らを諫めようと慌てて立ち上がった。
伯爵はゆっくりマーロウ子爵に近づくと、耳元でそっと囁いた。
「ラリエット嬢に贈ったドレスを引き裂いたのは誰だが知っておりますぞ。我が家のビジネスに与えた損害を考えたことはお有りか?」
低く怒気の籠った声に、マーロウ子爵は震え上がった。
最終的には、損害賠償免除と引き換えにアリエルの婚約者は養子のエリオットということに落ち着いた。
表向きはそうであったが、結局のところ、マーロウ子爵はオブライエン伯爵家との繋がりを断つのは惜しかったのだ。それだけではない。アリエルには伯爵から指摘された出自が一生付きまとうことにやっと気が付いたのだ。市井で囲っていた愛人の娘と言う出自が・・・。その上、その娘には貴族令嬢としての教育は施していない。エリオットとの婚約を白紙に戻したら、次に新しく貴族の令息を見つけるのは難しいかもしれない。子爵家の跡取りという甘い蜜は、下級貴族にしか通用しないだろう。
そして、何よりも驚いたことに、アリエル自身がエリオットを気に入ったのだ。エドガーでなければ嫌だと泣きわめくだろうと案じていた父にとって、これは嬉しい誤算であった。
エリオットは、どこか中性的な美男子であったエドガーよりも、ずっと野性的で背も高く、身体も逞しかった。それでいて、貴族令息らしく礼儀正しい態度に、惚れやすいアリエルは一発で虜になってしまったのだ。
しかし、このエリオットという男、実は市井に恋人を囲っていた。しかも、一人じゃなく数人も。それでいて、自分が平民に落ちるのを嫌がり、爵位に噛り付いていた。恋人を捨てるわけでもなく、それどころか養うために、そして、自分の名誉のため、是が非でも金のある貴族との婚姻を望んでいるような男だった。
当然、エドガーはそんな彼の野望を知った上で、実父に紹介した。そして、父は、そこまで野心があるならば、金のために傾きかけているマーロウ家を立て直せという条件を付けて、エリオットを養子に迎え入れ、そして、マーロウ家に送り出したのだ。
また、伯爵はエリオットにマーロウ家の領地運営に多少の援助をする事も約束していた。しかし、それはあくまでも上手くいくことを条件に。もしも、破綻するようであれば、実子ではないエリオットはすぐに切り捨てられる。エリオットもそれは重々承知だ。
婚姻し、婿入りした途端、野心家の彼はあっという間にマーロウ家の実権を握ることになるだろう。現当主などすぐに隅に追いやられるはずだ。
アリエルが彼の本性を知った時には、既に、屋敷は愛人に占拠されている事だろう。
自分の母と同じような立場の女性たちに、嘲笑われながら生活する彼女を同情する者は誰もいない。そんな未来がアリエルには待っていた。
オブライエン伯爵が妻と子息を伴って挨拶にやってくるのだ。
アリエルが新たな婚約者となってから、暫くの間、伯爵家から何の音沙汰もなかった。アリエルは、すぐにでもエドガーが会いに来てくれると思っていたのに、一向に来てくれる気配がなく、とてもヤキモキしていた。最初のうちこそ、例の姉から奪ったリボンについて、どう言い訳しようかと考えていたが、一向に現れない婚約者に、会えない苛立ちの方が強くなり、リボンのことはすっかりと忘れてしまった。
一ヶ月ほど放置されていたが、つい先日、ようやく訪問の連絡が来たのだ。アリエルはやっと会える喜びで舞い上がり、自分の悪行を思い出すことはなかった。
そんな有頂天の中、迎え入れたオブライエン伯爵夫妻が連れてきた息子がエドガーでないと知った時、彼女の中で暫く時が止まった。頭が真っ白になり、何がどうなっているのか理解できなかった。
父も母も同様に非常に驚いていた。特に父は、アリエルがエドガーを気に入っていたことを知っていたので、オブライエン伯爵に猛抗議した。しかし、オブライエン伯爵はもともと「我が家の次男」との婚約だと一向に引かない。さらには、アリエルと母親の出自についてまで話が及び、マーロウ子爵は歯ぎしりするほど腹が立ったが、言い返すことが出来なかった。
「養子とは言え、新しい息子のエリオットは元子爵家の出自。しかも―――まあ、こういう言い方は何ですが―――同じ子爵家でありながらもマーロウ家よりも古く格式のある家の息子です。それに引き換え、貴方様のお嬢様は? ラリエット嬢は嫡女だったが、アリエル嬢は?」
そう言われては、悔しくても口を噤むしかなかった。
せめて、エドガーの養子縁組先を聞き出そうとしたが、
「何故お聞きになる? 縁も無くなった者のことなど」
ピシャリと断られてしまった。その上、ゾッとするような冷たい目を向けられた。
「それとも、そこまでエリオットにご不満が? 我がオブライエンの大切な息子がそんなにもご不満ですかな? それならばこの縁談は白紙に戻してもよろしいのですぞ? 息子にはもっと良い縁談を探すのみ。我が家に入ってくれた恩に報いたいですからな」
オブライエン伯爵はそう言い放つと席を立った。伯爵夫人も養子のエリオットもそれに習い、席を立った。慌てたマーロウ子爵も彼らを諫めようと慌てて立ち上がった。
伯爵はゆっくりマーロウ子爵に近づくと、耳元でそっと囁いた。
「ラリエット嬢に贈ったドレスを引き裂いたのは誰だが知っておりますぞ。我が家のビジネスに与えた損害を考えたことはお有りか?」
低く怒気の籠った声に、マーロウ子爵は震え上がった。
最終的には、損害賠償免除と引き換えにアリエルの婚約者は養子のエリオットということに落ち着いた。
表向きはそうであったが、結局のところ、マーロウ子爵はオブライエン伯爵家との繋がりを断つのは惜しかったのだ。それだけではない。アリエルには伯爵から指摘された出自が一生付きまとうことにやっと気が付いたのだ。市井で囲っていた愛人の娘と言う出自が・・・。その上、その娘には貴族令嬢としての教育は施していない。エリオットとの婚約を白紙に戻したら、次に新しく貴族の令息を見つけるのは難しいかもしれない。子爵家の跡取りという甘い蜜は、下級貴族にしか通用しないだろう。
そして、何よりも驚いたことに、アリエル自身がエリオットを気に入ったのだ。エドガーでなければ嫌だと泣きわめくだろうと案じていた父にとって、これは嬉しい誤算であった。
エリオットは、どこか中性的な美男子であったエドガーよりも、ずっと野性的で背も高く、身体も逞しかった。それでいて、貴族令息らしく礼儀正しい態度に、惚れやすいアリエルは一発で虜になってしまったのだ。
しかし、このエリオットという男、実は市井に恋人を囲っていた。しかも、一人じゃなく数人も。それでいて、自分が平民に落ちるのを嫌がり、爵位に噛り付いていた。恋人を捨てるわけでもなく、それどころか養うために、そして、自分の名誉のため、是が非でも金のある貴族との婚姻を望んでいるような男だった。
当然、エドガーはそんな彼の野望を知った上で、実父に紹介した。そして、父は、そこまで野心があるならば、金のために傾きかけているマーロウ家を立て直せという条件を付けて、エリオットを養子に迎え入れ、そして、マーロウ家に送り出したのだ。
また、伯爵はエリオットにマーロウ家の領地運営に多少の援助をする事も約束していた。しかし、それはあくまでも上手くいくことを条件に。もしも、破綻するようであれば、実子ではないエリオットはすぐに切り捨てられる。エリオットもそれは重々承知だ。
婚姻し、婿入りした途端、野心家の彼はあっという間にマーロウ家の実権を握ることになるだろう。現当主などすぐに隅に追いやられるはずだ。
アリエルが彼の本性を知った時には、既に、屋敷は愛人に占拠されている事だろう。
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