喪女に悪役令嬢は無理がある!

夢呼

文字の大きさ
48 / 105

48.薔薇

しおりを挟む
セオドアが薔薇を差し出す相手はいつもオリビアだ。
オフィーリアに差し出されたことは一度もない。

オフィーリアは目を伏せた。
以前にグレイ侯爵邸で催されたお茶会で、薔薇の花束を持ったセオドアの姿がぼんやりと脳裏に浮かんできた。

あれは自分と婚約が決まったばかりの時だ。同世代の高位貴族令息令嬢を集めて催された気軽な催しだった。
早めに着いたオフィーリアは、パーティー用に華やかに飾られた庭園で、挨拶をしようとセオドアを探していた。
いくら探してもいないので、少し奥の方まで足を向けた。進んで行くと美しく薔薇が咲き誇っている花園に辿り着いた。そこで自ら薔薇を摘んでいる婚約者を見つけた。

色などを吟味しながら何本も摘んでいる。自分の手が汚れようとも多少傷付こうとも気にせずに素手で摘んでいる。
オフィーリアは彼の真剣な姿に声を掛けるのを止め、物陰に隠れた。

セオドアは両手いっぱいになるまで摘み終えると、傍に控えていたメイドに託し、花束にするように言いつけてその場を去って行った。

セオドアはオフィーリアに気が付かなかったようだ。
オフィーリアはホッと胸を撫で下ろした。と同時に今度はドキドキと高鳴りだした。

きっとあれは自分のために摘んだ花束だ。
婚約者の私のために摘んでくれたのだ。
驚かすために内緒で用意しているのであれば、知らないふりをした方がいい。

婚約が決まってもラガン侯爵家と繋がりを持ちたい貴族は多く、未だにオフィーリアには引き合い多い。
家同士が決めたこととは言え、オフィーリアは自分の婚約者であることを周知させると同時に、若い男どもを牽制するために、皆が見ている前で花束を渡すつもりなのだろう。どうせちょっとしたパフォーマンスだ。

しかし、例えそうだとしても、オフィーリアは構わなかった。

既に彼に淡く恋心を抱いていたのだ。パフォーマンスだって構わない。
皆の前で花束を受け取る自分の姿をうっとりと想像した。

しかし、その想像は想像で終わった。
お茶会が始まってからいつまで経ってもセオドアは自分に花束を渡す気配はない。気が付いたらお開きの時間だ。
怪訝に思っていると、お茶会の終わりに本来なら招かれざる客の姿が目に入った。
オリビアだった。庭の隅の方で一人の子爵令息と談笑している。
その腕には立派な薔薇の花束を抱えられていた。


☆彡


学院に入学してからも、彼がオリビアに薔薇を贈るところを見かけることがあった。

偶然、街で二人が一緒にいるところを見かけてしまった時。その時も、オリビアは小さな薔薇の花束を手にしていた。恐らくセオドアに買ってもらったのだろう。
オリビアが風邪を引いて学院を休んでしまった時は、女子寮まで見舞いの花束を届けに来た。男子禁制のため寮母に託しているところに運悪く行き会ってしまった。その時、矢を射るように自分を睨みつけたセオドアの視線は明らかに憎悪を表していた。
先日などは、事もあろうに学院の庭園に咲いた薔薇を摘み、素手で棘を払った後、オリビアの髪に飾っていた。

それ以来、薔薇は嫌いだ。

元々、派手で豪華な薔薇の花よりも、チューリップやエーデルワイスのような可愛い花々の方が好みだったが、益々薔薇が苦手になった。

「オフィーリア、道具を片付けよう」

セオドアに声を掛けられ、ハッと我に返った。

「そうですわね」

気が付くとうっすらと涙が溜まっていたオフィーリアは慌てて目じりを拭いた。
幸いセオドアはこっちを向いていない。

「どんな花が咲くんだろうな」

そんなことを言いながら空になった箱にシャベルを入れた。

(薔薇以外なら何でもいいわ)

折角のセオドアとの共同作業。しかも初めての共同作業だったのだ。オリビアを思い起こさせるもので汚されたくない。

(でも、オリビア様とだったら、きっともっと楽しい作業になったのでしょうね)

黙々と作業をこなしていた自分達とは違い、彼女とだったらおしゃべりしながら楽しく苗植えをしたのだろう。
勝手に二人が楽しそうに苗を植えている姿を想像し、また視界が霞んできた。

「どうした? オフィーリア?」

黙り込んでしまったオフィーリアを不思議に思ったのか、セオドアが箱を持って近づいてきた。

「何でもありませんわ! さっさと片付けてしまいましょう!」

ツンっとそっぽを向いて誤魔化した。
そこに、タイミングよく用務員の斉藤がやって来た。様子を見に来たようだ。

「終わったかな? いや~、綺麗に植わっているね、さすが山田さん! 君には安心して任せられるなぁ!」

笑いながらオフィーリアに話しかける。

「君も手伝いありがとう!」

そう言ってセオドアの肩をポンポンと叩いた。

「他のところも見てくるかな。倉庫に片付けたら上がっていいからね。ご苦労様!」

斉藤はご機嫌に立ち去って行った。

「「・・・」」

二人は呆けた状態で斉藤の後ろ姿を見送った。

「申し訳ありませんわ、セオドア様! ほとんどセオドア様の功績だというのに、わたくしが褒められるなんて!」

我に返ったオフィーリアは慌ててセオドアに謝った。

「いや・・・、別にいい・・・」

複雑そうなセオドアの顔。
申し訳なさ過ぎて、さっきの切ない気持ちも涙も吹き飛んでしまった。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【完結】義妹(ヒロイン)の邪魔をすることに致します

凛 伊緒
恋愛
伯爵令嬢へレア・セルティラス、15歳の彼女には1つ下の妹が出来た。その妹は義妹であり、伯爵家現当主たる父が養子にした元平民だったのだ。 自分は『ヒロイン』だと言い出し、王族や有力者などに近付く義妹。さらにはへレアが尊敬している公爵令嬢メリーア・シェルラートを『悪役令嬢』と呼ぶ始末。 このままではメリーアが義妹に陥れられると知ったへレアは、計画の全てを阻止していく── ─義妹が異なる世界からの転生者だと知った、元から『乙女ゲーム』の世界にいる人物側の物語─

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
『完璧な王太子』アトレインの婚約者パメラは、自分が小説の悪役令嬢に転生していると気づく。 このままでは破滅まっしぐら。アトレインとは破局する。でも最推しは別にいる! それは、悪役教授ネクロセフ。 顔が良くて、知性紳士で、献身的で愛情深い人物だ。 「アトレイン殿下とは円満に別れて、推し活して幸せになります!」 ……のはずが。 「夢小説とは何だ?」 「殿下、私の夢小説を読まないでください!」 完璧を演じ続けてきた王太子×悪役を押し付けられた推し活令嬢。 破滅回避から始まる、魔法学園・溺愛・逆転ラブコメディ! 小説家になろうでも同時更新しています(https://ncode.syosetu.com/n5963lh/)。

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

処理中です...