喪女に悪役令嬢は無理がある!

夢呼

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80.胸の高鳴り

翌朝、本当なら今日も学院は休みなのだが、オフィーリアは学院にやって来た。
理由は校舎の裏の花壇の水やりだ。
椿が学院にたくさんある花壇の一つに水をやっている話は聞いていた。

「思った以上に大きい花壇を選んだのね、椿様って」

昨日の夜の10時。オフィーリアは壁に掛かった鏡の前で待っていたのだが、鏡は向こうの世界を映すことはなかった。きっともう鏡越しで椿と話すことはないだろう。できることなら、最後にお互い自分自身の姿でお喋りをしてみたかった。
微かな希望を抱いて遅くまで鏡の前で佇んでいたが、一向に変化のない鏡に、とうとう諦めた。
ベッドに入った途端、無性に寂しくなり、シーツを頭から被った。椿との会話を思い出し感傷に浸っている時、花壇の世話の話を思い出したのだ。
二人の共通点を見つけた気がして嬉しくなり、明日からその仕事を自分が引き継ごうと決めた。

椿が世話をしていた花壇は、オフィーリアが向こうで世話をしていた中庭の花壇の倍以上ある。
まあ、水やりくらいならこのくらい当然か。肥料を撒くわけでもないし・・・。苗を植えるとなるとなかなか大変そうだ。
たった数日しか体験していないのに、フムフムと経験者目線で花壇を眺めた。

慣れない手つきで花壇に水をやる。自分が撒いた水で草花が濡れる。その濡れた雫が太陽の日の光を反射し、キラキラ光るのが美しい。渇いた土も水をしみ込んだ箇所の色が変わるのが当たり前なのに面白い。チョロチョロと水で文字を書いてみる。全然上手く書けず、さらに上から水をかけ、文字を消す。
そんな一人遊びのように水を撒いていた。

「おはよう。オフィーリア」

「え?」

声を掛けられ驚いて振り向くと、そこにセオドアが立っていた。

「まあ、セオドア様。おはようございます。どうされたのですか? 休日なのに」

不思議そうに自分を見るオフィーリアにセオドアはふっと笑った。

「オフィーリアだって休日なのに。花壇に水やりなんて、こっちでも美化委員?」

「ふふふ、そうですわ! 椿様が始めた事ですけど、折角ですから卒業まで続けようと思いまして」

「そうか。俺もやろうかな」

「まあ! およしなさいな! お洋服が汚れてしまうかもしれませんわよ?」

優しく笑うオフィーリアの顔が眩しい。セオドアは思わず顔を背けた。朝日が眩しいのだ。きっとそうだ。
セオドアはコホンっと軽く咳ばらいをして、オフィーリアに向き直った。

「・・・オフィーリアはいつも一緒にいる友達・・・ダリア嬢たちにもう会ったのか?」

「いいえ。実はまだなんですよ! 昨日は三人にお会いする前に晩餐の時間になってしまって、もう自由時間は終わってしまったので。今朝もまだ誰にも会ってませんの。ふふふ、会うのが楽しみですわ!」

「・・・っ!」

楽しそうに笑う顔に光線が走った気がして、またまた顔を背けた。朝日が目に直撃したか? 眩し過ぎるだろ!

「?? どうしました? セオドア様?」

「い、いや! なんでもない! あ、朝日が・・・ちょっと眩しくて・・・!」

「朝日?」

片手で顔を覆っているセオドアにオフィーリアは首を傾げる。太陽を背にしている彼がどうして眩しいのだろう?

「あの、大丈夫ですか? セオドア様」

顔を覆うだけでなく胸まで押さえているセオドアにオフィーリアは心配になってきた。
セオドアはハッとしたように顔を上げてオフィーリアを見た。

「いいや! 何でもない! ハハハハ!」

顔を合わせたと思ったらプイっとすぐに背け、シャツの襟元を掴むと、熱そうにバフバフと胸に空気を送り込んだ。

「えっと、俺はもう行くよ! あ、そうだ! えっと、水やりをするときは必ず庭師に声をかけるんだ。分かった?」

セオドアはフンっとふんぞり返ってオフィーリアを指差した。だが、顔はこちらを向いていない。

「?? ・・・はい。もちろん、勝手に道具には触わっていな・・・」
「彼らの目の届くところで作業をするように!!」
「え? でも、彼らもお仕事が・・・」
「じゃあ、また明日!!」

そして、オフィーリアの言葉を待たず、一方的に捲し立てるように話すと、そそくさとその場を去って行ってしまった。
突然、落ち着きを無くして去って行く彼の後ろ姿をオフィーリアはポカンと見送った。

「??? 何しにいらしたのかしら・・・?」


☆彡


「はあ~~・・・」

セオドアは共用サロンの一角のソファに腰かけ、頭を抱えていた。
朝早いせいで生徒はほとんどいない。静かなサロンの片隅で花壇での自分を思い返し一人悶々としていた。

さっきのオフィーリアはへの態度はあまりにも不審過ぎる。でも、どうしてか、急にオフィーリアの顔が眩しく見えて、心臓が音を立て始めたのだ。あれでも必死に抑えてあの場を後にしたのだ。
一体どうしたと言うのか・・・?。

一体どうしたかだって―――?

セオドアは髪の毛をクシャクシャッと掻いた。

そんなことは分かっている。
オフィーリアが綺麗だったからだ。可愛かったからだ。その可憐な笑顔にドキリとしたからだ。

そうだ、彼女はもともと美しい。だから、綺麗と思っても何らおかしいことではない。可憐に見えても当然だ。
女優のように美しい人を見たら、ドキリと胸が高鳴るなんてよくあることではないか!

いいや・・・、違う。本当は分かっている。
このドキドキする胸の鼓動が、単純に美しい女性を見ただけで高鳴っているわけではないことくらい・・・。
だが、それを認めるわけにはいかないのだ。なぜなら、彼女はもう婚約者ではない。友人だ。友人の一人なのだ!
それなのに、もし認めてしまったら・・・。

「はあ~~~・・・」

セオドアはもう一度大きく溜息をつくと、だらしなくソファの背にもたれ、天井を見上げた。

「おはようございます。セオドア様」

一人の女性に声を掛けられ、慌てて居ずまいを正した。

「すみません、お待ちになりましたか?」

声を掛けてきた女子生徒。それはダリアだった。
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