毒舌教師、悩みを聞く気ゼロ。だけど的確すぎて誰も逆らえない

彩乃

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やさしい毒は、静かに侵食する

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 その男は“転校生”として現れた。
 名前は百目木 静馬(どうめき しずま)。

 知的で上品、常に微笑みを浮かべる青年。
 だが――その目だけは、笑っていなかった。

 

 灰谷が初めて彼と話したのは、昼休みの図書室だった。

「君、面白いね。感情を“学習している最中”って感じがする。
 人間って、そんなふうに作り変えられるの?」

 

 言葉の端々が、妙に鋭い。
 だが、まるでそれを隠すように、声はやわらかかった。

「……なぜ、そう思ったんですか?」

「簡単だよ。
 “感情に染まりたての人間”って、目の奥がまだ透明なんだ。
 まだ“濁らせる経験”をしていない証拠だよね」

 

 灰谷は、その瞬間――違和感を覚える。
 だが、言葉としては正しすぎて、否定しきれない。

 

 数日後。
 静馬は、灰谷と再び会う。

「感情って、楽しいよね。
 操作できれば、誰でも操縦できる。
 特に、“学びかけの人”は脆くて反応がダイレクトだ」

「……それは、他人を道具にする考え方では?」

「ううん。
 感情を持つ人間が、自分を武器にも防具にもできないなら、
 それは“ただの弱点”でしかないと思うけど?」

 

 灰谷の脳内に、久賀と烏丸の言葉が交錯する。
 “使いこなす”“自分を救いたいだけ”“それはバグ”――

 

 その夜。灰谷は悪夢を見る。
 自分が無表情のまま、誰かの涙を見下ろしている夢。
 「理解してるだけで、何もできないまま」の自分。

 

 翌朝。
 静馬は灰谷に“ある提案”をする。

「ねえ、ひとつ実験してみない?
 君が本当に“感情を得た”のか、試してみよう。
 このクラスで一番“傷つけてはいけない”子に、
 意図的に距離を置いてみて――どうなるか、観察してみようよ」

 

 その対象は――南雲莉沙だった。

「君が“何も言わずに離れるだけ”で、彼女は不安定になる。
 それでも“君が揺れない”なら、本物の感情じゃないんだ。
 ただの観察者のフリにすぎない」

 

 灰谷の心が、軋む。

 静馬の言葉は、どこかで**“自分が感じていたこと”に似ていた。**
 “わかっているつもりでも、何も変えられないのではないか”という疑念。

 

 その夜、灰谷はついに莉沙に声をかけるのをやめた。
 目が合っても、ただ静かに通り過ぎる。
 それが、どれほど彼女を傷つけているかを知りながら。

 

 ――そして、彼の中で何かが破裂する。

 

「……俺は……感情を、理解しただけの偽物なのか……」

 

 初めて、灰谷は言葉にならない声で呻いた。
 涙でも、怒りでもない。混乱と自己嫌悪の塊。

 まさにその瞬間、背後から久賀の声が響いた。

「――バーカ。
 お前のやってんのは、“理解”じゃなくて“崩壊”だよ」

 

 久賀は静馬の襟首をつかんで、舌打ちする。

「灰谷を“使って”何がしたかった?
 優しい声でナイフ突き立てて、“自分は観察者です”みたいな顔してんじゃねぇよ」

 

 静馬はただ笑った。

「君も、“人の感情”を操ってばかりの人間じゃないか」

「そうだよ。
 でもな――俺は、“自分の手で抱える覚悟”がある。
 お前みたいに、ただ“試すだけの臆病者”じゃねぇ」

 

 久賀の一喝に、灰谷は黙ってうつむく。
 やがて、絞り出すように呟いた。

 

「……僕、誰かを壊しかけたんですね。
 自分の“正しさ”を証明するために……」

 

 その言葉こそが、灰谷の“最初の自責”だった。
 そしてそれは、人間になるための、痛みの第一歩だった。
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