グレーゾーンGray Zone

佐武ろく

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「一色 神速・T・スカリ』

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「最初はただ優しくて話しやすい人だなって感じだったんですけど……」

 穏やかな口調で話す吉川は懐古とほんのり赤く染まった微笑みを浮かべていた。

「私はあの瞬間――何気ないはずのあの笑みで一目惚れっていうか好きになっちゃったんですよね」

 そう言った口が遅れて気恥ずかしそうに緩む。堪え切れないとどこか幸せそうに。

「まだ彼には言った事ないんで、これも神速さんの言う秘密ってやつですね。実は初めて会ったその日の――ドラマにすら出来ないような何気ない会話で見せた、なんてことない笑顔に私は恋をした」

 独り言のように呟いた彼女の地面に落ちた視線はここではないどこかを見つめていた。それはきっと脳裏に浮かぶ人で、あの日と同じ今の人なんだろう。何かを尋ねる必要すらない程にその表情は彼女の感情を言い表していた。

「心の底から愛してるですね」

 スカリの寄り添うような声に吉川はそっと顔を上げると視線を合わせた。

「なんかこういうのって失敗する典型的なフラグかもしれないですけど。今回の事が私の勘違いだったら――この気持ちを改めてちゃんと伝えようと思います。これからもずっと一緒にいたいって」
「きっと幸せになれると思いますよ」
「ありがとうございます」

 そうお礼を言って立ち上がった吉川は改めるようにスカリの方を向いた。

「ではこれから用事があるので、私はこれで」
「報告の準備が整い次第、連絡させてもらいますね」
「よろしくお願いします」

 最後に軽く頭を下げた吉川は背を向けるとそのまま公園を後にした。
 そんな後姿を座ったまま見送ったスカリは、掌を自分へ向けた手へ視線を落とした。

「人は誰にでも秘密がある。大きさも違えば、時にそれは誰かを守り優しく幸せなモノで――時にそれは全てを破壊する時限爆弾」

 言葉の後、右手は筒状になりながら右目の前へ。穴を通して片目が向こう側を見つめた。

「さぁ、君の秘密は一体何かな? ――秘密探偵、開錠《かいじょう》解田《ときた》」

 フッ、と嘲笑するように鼻で笑うと手は下がり背凭れに沿いながら視線は上空を向いた。

「あのドラマあんまりだったなぁ。俳優はカッコ良かったのに」

 残念と溜息を零したスカリは数秒だけ動きを止めた後、勢いよく立ち上がった。

「そろそろか」

 そう呟くと歩き出し公園を後にした。
 それから時間は過ぎ、焦らす様にずっと不機嫌そうだった空からは大量の雨粒が降り注いでいた。コンビニで傘とパンに飲み物を買ったスカリは、土砂降りの中とある建物の屋上に。最早、空から地上へ無数の線が伸びているようにも見える雨を足元を犠牲にしながら傘一本で凌ぐ。
 そんな彼女の見下ろす視線先には横一本の歩道のない狭い道が伸びていた。パンをかじりながらぼーっと見つめていたのは一軒の街中華。いつからそこで街の変化を見届けて来たのか、地元民に愛されながらここまでやってきたと言うようなお店だった。
 するとそのお店の前へ一台の車が停車。黒塗りの高級車から降りてくる人はおらず、ただじっと中から出て来る人を待っているといった様子。

「始まっちゃうのか」

 丁度パンを食べ終えたスカリは袋にゴミを入れポケットへ押し込んだ。
 そしてお店のドアが開くと、ぷっくりお腹の出た男性が姿を現した。何故かアロハシャツを着た男性の首元と手首では、金のアクセサリーが光り手には傘が握られている。男性は傘を差したまま車とお店との間で立ち止まると開きっ放しのドアを振り返った。
 一方で男性が外へ出て来ると、それを待っていたと近くにあった狭い路地からビニール傘を差した別の男の姿が……。
 それは真壁だった。彼は路地から現れると男性の一直線上で足を止めた。距離を空け立ち止まった真壁に男性は横目を向け、遅れて体も向かせる。雨音の轟音の中、黙ったまま向かい合う二人。
 すると真壁はビニール袋を横へと捨て雨粒に身を晒した。あっという間にずぶ濡れとなりながらもそのまま手を背中へ。
 そして真壁は取り出した銃を真っすぐ男性へと突き付けた。突然の出来事に一瞬遅れながらも男性は顎に蓄えられた肉を揺らし一驚に喫する。眉を顰め、鋭い眼光で男性を睨み付けるも真壁は直ぐには引き金を引かなかった。ほんの数秒、一枚絵のように全員の動きが止まる。
 だが口は向けたままの銃を軽く握り直した真壁の指には徐々に覚悟が込められていった。

「ご馳走様でした」

 すると引き金より先に雨音に紛れた女性の声が微かに響いたその後――ドアから一人の女性が出て来た。

「お父さんさっきの――」

 他所を向いた男性を見た彼女は、言葉を中途半端に止めると不思議そうにその視線を追い真壁の方を向いた。
 それはその場で居合わせるはずのない二人。吉川と真壁だった。
 雨を貫き出会った二人の視線。弾指の間、思考すらも止まってしまった二人だったが――ほぼ同時に驚愕と動揺で表情が揺れ動く。今にも溢れ返る疑問を口にしたいだろうが、どっちも声を出す事は疎か口すら動いていない。それに加え真壁の銃を持つ手は微かに震えている。

「親父っ!」

 すると吉川より遅れてお店から出て来たスーツの男は、真壁を見るや否や雨を押し返す程の声を上げながら男性の前へと駆けた。
 そして盾のように間へ割り込んだ男は素早く銃を抜く。流れるように銃口を真壁へ向けると躊躇なく指へ力が込められていった。
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